第九話 食事の記録と特効薬
「ただいま!」
芽々は、夕方になってやっとエルヴィンラボラトリーに到着した。玄関を開けるとドアチャイムの音がした。
「ああ、芽々、おかえり!」
エルヴィンが忙しそうに奥から出てきた。帰りが遅かったので心配かけたのかもしれない。
「それで、材料はもらえたのか?」
「うん、一応、これだけしかなかったんだけど……!」
芽々は手に提げた袋をテーブルの上に置いた。エルヴィンは消沈した顔になった。
「そうか……で、そのファイルは……?」
「ふっふっふ、『ドロップ宮殿の皆の食事の記録』だよ!」
楽しそうに話しだした芽々にエルヴィンは苦笑している。材料が切れて死ぬかもというときなので、とても笑える状況じゃないからかもしれないが。
「食事の記録?」
でも、優しいのでエルヴィンは聞いてくれた。
「それでね、こっちが……ついさっき倒れた『クルーエル大臣』の『食事の記録』!」
「はぁ!? クルーエル大臣が倒れたのか!?」
「うん、ちまたで『流行っている疫病』にかかってね。私が何を言いたいか分かる?」
「フン、もったいぶってないで早く言えよ!」
エルヴィンはムカついた顔で笑った。多分、芽々だけ分かっていることに苛ついたのだろう。でも、芽々だけが分かっていることに希望を見出して笑ったのかもしれない。
芽々は頷いた。
「うん。でね? エルヴィンなら気付いてるでしょ? このドロップ宮殿ではあの疫病にかかる者が『全然いなかった』ってことに!」
エルヴィンは首をひねって考えて、合点がいったようにポンと手を叩いた。
「あ! そうか! それなのに何故か、『クルーエル大臣だけ発症した』ってことだな?」
「そう! で、ドロップ宮殿で『最近摂られている食事』の中に『特効薬』になる物があるとみたんだな、これが!」
「なるほど! 芽々は目の付け所が違うな!」
「へっへっへ!」
あとで、お給金を倍にしてもらお……!
芽々の企みに気づかずに、エルヴィンは本当に嬉しそうな顔になった。
「言いたいことは分かった。『ドロップ宮殿の皆が食べている』のに『クルーエル大臣だけ食べてない』食べ物を探せば良いってことだな!」
「そして『庶民が食べてないモノ』をってことだよ!」
「芽々、すごいじゃないか!」
へっへっへ。エルヴィンに褒められると本気で嬉しいなぁ……!
「それでね、ドロップ宮殿で食べられていて、クルーエル大臣だけ食べてないモノっていうのが……これです!」
芽々は、アリエンに分けてもらった材料の入った袋をエルヴィンに手渡した。エルヴィンは怪訝そうに中をのぞいて、吃驚している。
「えっ……? これって、『メロメロティ』!?」
前に、クリストファー王子に頂いた、水玉模様の皮のウリ科の植物だ。
メロメロティには物凄い薬効効果がある。と、アリエンが言っていた。
「ドロップ宮殿では、デザートで毎日のように皆に出されていたけど、クルーエル大臣だけがメロメロティが嫌いらしくて食べなかったんだって!」
その記録からこれを割り出したというわけだ。
エルヴィンが、納得したように頷いた。
「じゃあ、これを食べれば『特効薬代わり』になるってことか!」
「うん、しっかり食べた私とエルヴィンもあの疫病にかかってないでしょ? でも、これだけしかなくて……。あとは、お手上げ……!」
ドロップ宮殿にはメロメロティも入って来なくなっていたのだ。一応、持ち帰って考えるということになった。だってここには、エルヴィンがいるから……!
エルヴィンが、ニヤリと笑った。
「大丈夫だ! 任せろ!」
「えっ!? 何とかなるの!?」
猫型ロボットも吃驚だ!
やっぱり、エルヴィンは天才調合師なんだ……!
芽々は、師匠を尊敬のまなざしで見た。
そして、メロメロティを持ち帰った自分の判断にホッと胸を撫で下ろすのだった。




