第六話 調合師たちの危機
翌日、ブランダ先生が手土産を手にエルヴィンラボラトリーを訪れた。ブランダ先生は物凄く機嫌が良くて、終始テンションが高かった。
「エルヴィン、私ね、王妃様から直々に魔法薬の製作を頼まれたの!」
「ああ、知ってる。おめでとう!」
「ブランダ先生、おめでとう~!」
「ありがとう、エルヴィン、芽々ちゃん!」
芽々がお茶を出す用意をしていると、ブランダ先生とエルヴィンは盛り上がっていた。
買ってきたばかりのお茶菓子を持っていくと、エルヴィンが研究をすることを話したところだった。
「……王妃様の病状を主治医から聞いたんだけど、『四角蜘蛛の感染症』に病状が似てたわ。『高熱』が出ていて、『嘔吐に下痢を繰り返す』と言っていたもの」
んん……? アレ……? ちょっと待てよ……?
「確か、今流行している疫病は、『高熱が出て発疹』ができるんですよね?」
「じゃあ、王妃様の病状と都民の病状は違うってことなのか?」と、エルヴィンも気づいた。
「そうかもね!」と、ブランダ先生。
ってことは……アレ? もしかすると……?
「四角蜘蛛の感染症だとしたら、魔法薬製作めどはついているの! 完璧に作って、王妃様を治して見せるわ!」
芽々の思考を遮って、ブランダ先生は嬉しそうに話した。
「おお! ブランダ先生は流石ですね!」
ブランダ先生が優しそうな目をして芽々に微笑んだ。
「……このチャンスをくれた芽々ちゃんには感謝してもしきれないわ」
げっ!?
「ちょちょちょっと! ブランダ先生!?」
「芽々が何かしたのか」
「別に~何もしてないわよ~。芽々ちゃんは良い子だもの~」
「ほ~ぉ?」
エルヴィンが、滅茶苦茶訝しんでこちらを見ている。
芽々は空笑いした。そして、ブランダ先生を横目で窺う。
ブランダ先生は悪びれた様子もなく、芽々にウインクしている。
人選を間違った……! ブランダ先生はめっちゃ口が軽いと見た……!
この様子だと、クリストファー王子にもバレバレだろうな!
その時、ドアチャイムの音が忙しげに鳴った。芽々が席を立ってドアを開けた。
「速達です」
郵便屋さんは、忙しそうに封筒を芽々に渡した。
「ご苦労様です!」
「芽々、だれから?」
「クラウド……!」
芽々は苦笑した。
また、エルヴィンに宣戦布告なのか~?
芽々は、開封して文面に目を通す。
「えっ!?」
「どうした、芽々?」
「クラウドがあの疫病で倒れたって……!」
「えっ!?」
あの元気の化身が倒れるんだから、この疫病はとんでもない。ちょっと半端なく怖くなってきた……。
「知り合い?」物珍しそうにブランダ先生が尋ねてきた。
「まあ、そんなところです」と、芽々はエルヴィンに手紙を渡した。
『エルヴィン君、芽々さん! 私は研究半ばで倒れてしまったが、君たちは是非ともこの疫病の特効薬を作って私たちを助けてくれ。私が見込んだ君たちならできるはずだ。頼んだよ!』
文面に目を通したエルヴィンの顔色が変わった。
「ブランダ、研究の邪魔になるから、そろそろ帰ってくれないかな」
「分かったわ。芽々ちゃんも頑張って」
「はい!」
ブランダ先生は、すぐに帰ってくれた。
それから、エルヴィンの研究が始まった。
そして、あっという間に一週間が過ぎて行った。
この一週間というもの、四六時中エルヴィンは研究を頑張っていた。お蔭でラボラトリーにはいろんな魔法薬の試作品が並んでいる。
芽々も傍らで手伝いながら、雑務をこなしていた。
ちらりと時計を見る。今は朝の九時だ。
そろそろ、荷馬車屋が材料を届けてくれる手筈なんだけど……!
十分遅れで、ドアチャイムの音が鳴った。
「こんにちは! 荷馬車屋です!」
「あ、こんにちは~! いつもありがとうございます……!」
荷馬車屋のおっちゃんだったが、うかない顔をしている。
「アレ? 材料は……?」
今日に限っては、荷馬車屋のおっちゃんは荷物を持っていなかったのだ。
「すみません。実は、材料の在庫がすべて切れてしまって、今日は持ってこれなかったんです……現在、動ける従業員も私一人だけなんですよね……」
「えっ!? ま、まじで……!? じゃあ、研究は出来ないってことですか!?」
こ、困ったぞ? 不磨の森に行けないから、いつか材料が入ってこなくなるって分かってはいたけど……。もう在庫が無くなるだなんて……。
研究をしていたエルヴィンにも聞こえていたらしい。店の玄関のほうに歩いてきた。
「ドロップ宮殿のアリエンに言って、材料を分けてもらうか……?」
「流石、エルヴィンだね。魔法薬管理師のアリエンなら、何とかしてくれそうな気がする!」
芽々は力強く頷いた。
「私、受け取ってくるよ! 荷馬車屋さん、ドロップ宮殿まで乗せて行ってもらえますか!」
「喜んで!」
「芽々、頼んだぞ!」
「うん、任せて!」
芽々は荷馬車に乗り込んだ。おっちゃんも御者台に乗り込んで、後ろを振り返った。
「芽々さん。暇だろうから、そこにある新聞でも読んでいてください」
「ありがとうございます!」
荷馬車の中に雑然と新聞が置かれてある。芽々はそれを手に取った。
九月十二日か。確かに今日の日付だ。
なんか、この新聞の一面にでかでかと載っている似顔絵……誰かに似ているような……?
「えっ!?」
もしかして、これってブランダ先生の似顔絵!?
「どうされました?」
「いや、なんでもないです……!」
心臓がバクバクしている。
芽々は、新聞の一面の記事を読んで愕然となった。
ブランダ先生が調合のミスでドロティア王妃を意識不明にさせて捕まった、ということが一面につらつらと記述されてある。ドロティア王妃は延命の薬を飲んで命を繋いだけど、意識が戻らないそうだ。
も、もしかして、ブランダ先生って処刑の危機に陥っているの!?
いや、待てよ……? もしかしてこれって、クルーエル大臣の陰謀かも……!
そうだとしたら、こうなる運命だったのは、私の方だったんじゃないか? だって、クリストファー王子の魔法薬を作ったのは本当は私だったんだから! クルーエル大臣は、クリストファー王子を治したことになっているブランダ先生が邪魔だったんだ。
ってことは、ブランダ先生は私の身代わりになったってこと……!?
「ヤバい! なんとかしなきゃ……!」
芽々の気だけが馳せる。
「芽々さん、どうしました?」
「もっと急いでもらえますか!」
「よし来た!」
荷馬車屋の馬車は、速度を一気に増した。馬の蹄の音が元気に耳に届く。
そして――。
「着きましたぜ~」
おっちゃんは、二時間で着くところを一時間でドロップ宮殿に到着させるという荒業をやってのけた。
「あ、ありがと、ございます……クッ……!」
しかし、荷馬車から芽々が降りたときには、ジェットコースターに延々と乗せられたような感じがして、ヨレヨレのフラフラになっていたのだった。