第五話 クリストファー王子のお願い
すぐに芽々とエルヴィンは、その事をドロップ宮殿に速達で注進した。王都ファンティアはその日のうちに不磨の森への通行を禁止し、元気な観光客たちを帰した。
しかし、不磨の森へ行けないことは、材料が手に入りにくくなることを意味している。魔法薬が作れないということは、死へのカウントダウンが始まったようなものだ。それからというもの、都民たちは、戦々恐々として、家にこもることが多くなった。
王都ファンティアの各ラボラトリーでは、『解熱剤』や『風邪薬』・『流感の特効薬』・『雪花麻疹の特効薬』など、次々と都民が試して、魔法薬が品切れになる事態が続いた。
ドロップ宮殿に注進した次の日のことだ。閑散とした王都ファンティアの中を荷馬車が進んでいく。そこに、芽々とエルヴィンは乗車していた。タクシー代わりの馬車は走っていなかったので、荷馬車屋に頼んで乗せてもらったのだ。
付いたのは、ドロップ宮殿だった。エルヴィンと芽々はその中をマスク姿で進んで行った。けれど、そこはまるで別世界のようだった。
芽々はその事に気づいて呆気にとられていたが、すぐにクリストファー王子の部屋に通された。
「おや? 芽々さんとエルヴィン君じゃないですか」
「ごきげんよう、芽々、エルヴィン」
そこには、クリストファー王子も居たが、何故かクルーエル大臣もいた。
「な、なんで、クルーエル大臣がクリストファー様の部屋に!?」
芽々は驚愕していた。
この間、私はクルーエル大臣は敵対したばかりだというのに……!
しかし、クリストファー王子とクルーエル大臣の間には親しげな空気が流れている。
「うむ。今、クルーエル大臣と疫病の事を相談していた所だ」
「えっ!」
芽々はひとりで驚愕していた。クリストファー王子はあんなことがあった後なのに、クルーエル大臣を信用しきっている様子だった。
「そう言うわけなんだよ。芽々さん」
クルーエル大臣は余裕綽々だ。
くっそ~。なんで、クリストファー王子は騙されていることに気づかないんだろう!
「ところで、エルヴィン君と芽々さんは何のご用なんですか?」
クルーエル大臣が尋ねてきたので、クリストファー王子は頷いた。
「疫病の特効薬の製作を直々に頼もうと思って呼んだんだよ」
「私は、エルヴィンと参加するつもりでいますが……」
芽々がいうと、クリストファー王子はえらく感心した様子で目を生き生きとさせた。
「そうか! 流石芽々だ!」
な、なんかえらく私を買ってくれているような……!
「それにしても、ドロップ宮殿は平和ですよね? とても疫病が流行っているとは思えないくらい……」と、エルヴィンが言った。
どうやら、エルヴィンも気づいていたようだ。ドロップ宮殿は平和そのもので、マスクをつけている者もいないのにみんな元気そうだった。これは、何かあるのだろうか。
しかし、クリストファー王子が辛そうに頭を振った。
「いや、母上がお倒れになった」
「えっ……!? ご心痛お察しいたします……!」
ドロティア王妃が倒れた!?
「恐らく疫病が原因だと思うが……」
「……本当ですか?」
疑わしいなぁ。絶対に、クルーエル大臣がかかわってそうな気がする! もしかしたら、今回の疫病騒ぎもクルーエル大臣が原因じゃないのか……?
「母上は、私の病を治したブランダに特効薬の研究を一任したいそうだが、私は芽々が良いと思って呼んだのだ」
芽々はギョッとした。
な、何故に私に!?
というか、こないだの事は、クリストファー王子にバレバレなんだろうか!?
「ほう? クリストファー様は、芽々さんをいたくお気に入りのようですね」
「そうですねぇ。どうしてなんでしょうねぇ?」
エルヴィンまでもが疑わしい目を芽々に向けている。
ああっ、針のむしろっ!
「いや、芽々は素質があるような気がしてな」
クリストファー王子が楽しそうに助け舟を出してきた。芽々は、とんでもないと手を振った。
「そ、そんなことありませんよ! 私もクリストファー様のご病気を治したブランダ先生が適任だと思います!」
「フッ……そうか、では、ブランダにお願いしておこう。芽々も参加してくれるというしな」
「は、はぁ……」
「では、私たちはこれで失礼いたします」
エルヴィンは、どう思ったのか早々に切り上げようとした。
「失礼します」
芽々もそれに従って、一礼した。
クリストファー王子の部屋を出たところで、クルーエル大臣が「芽々さん!」と、呼びとめた。芽々はぎくりとして振り返る。
「芽々さんにお話があるので、エルヴィン君は先に帰ってくれたまえ」
「いやでも……」
ハッ、エルヴィンが巻き込まれる!? ヤバい!
「だ、大丈夫だから、先に帰ってて!」
「……分かった」
クルーエル大臣を睨んで、そのままエルヴィンは帰って行った。
芽々は、クルーエル大臣の部屋のテラスに通された。
風が、芽々とクルーエル大臣の髪の毛を梳いていく。
「芽々さんなら疫病の特効薬を作ってくれると信じているよ」
まるで、善人のようなことを言う。芽々は、笑い捨てて尋ねる。
「もしかして、今回の事はクルーエル大臣が首謀者ですか?」
「何を言っているのか分からないね。どうして、私が国民を陥れる必要があるのか? そんなことをして私に一体何の得があるのかな?」
そ、それはそうだけど。クルーエル大臣は前科があるから……!
「それは何かあるんじゃないですかね! 現に王妃様はお倒れになってますし!」
クルーエル大臣は、面白そうに一笑に付した。
「芽々さんはなんでも私のせいにするクセがあるようだが……」
芽々は、カチンと来て声を張り上げた。
「私! エルヴィンと一緒に特効薬を作ってみせます! それにブランダ先生もついてますし! 絶対に、クルーエル大臣の思い通りにはさせませんから!」
「ほう? おもしろい。是非、私たちを助けてくれたまえ!」
クルーエル大臣は挑発するように言った。
芽々は、一礼するとそのままクルーエル大臣の部屋を後にした。ドロップ宮殿の中で芽々はひとり無言で流れる景色を見つめていた。
クルーエル大臣への怒りだけが芽々の心の中で暴れていた。