第十一話 芽々とクリストファー王子
クリストファー王子がご健康になられてからしばらくして。芽々とエルヴィンはドロップ宮殿に呼ばれた。クリストファー王子の銀色の部屋で、芽々たちは一礼していた。
「クリストファー様、お元気になられたようで何よりです」
「ご快復したそうで、安心いたしました」
「エルヴィン、芽々、心配をかけたな」
クリストファー王子は、ご健康そうだった。クリストファー王子のお話によると、主治医と料理人は捕まったが、何故か口を割らないまま釈放されたという。そして、その後に二人とも遺体で発見されたと聞いて、芽々は背筋が寒くなった。
恐らく、クルーエル大臣に口を封じられたのだろう。クルーエル大臣の事をクリストファー王子にすべて暴露してしまいたかったが、無論そんなことはできるはずもない。泣く泣く言葉を呑んで芽々は閉口するのだった。
しかし、その横でエルヴィンが口を開いた。
「恐れながら申し上げます。何種類もの魔法薬を飲むのは、お体に悪いかと」
「そうだな……では、芽々に訊こう」
クリストファー王子は、エルヴィンを通り抜けて芽々に尋ねてきた。
「えっ……?」
あまりの事に、エルヴィンが驚愕して芽々を見ている。
「わ、私?」
吃驚した! なんでいきなり私に……?
「芽々は、どの魔法薬を飲めばいいと思うか?」
どの魔法薬って、種類も数えるほどしかまだ私は知らないのに――。
「え~と、え~と」
こ、困った……! いや、待てよ?
「……ご健康になられたのであれば、お薬はなるべく飲まない方がお体の為かと」
チラリとエルヴィンに目をやると、彼は満足そうに笑った。
しかし、満足そうなのは、クリストファー王子も一緒だ。
「なるほど、流石だな! 芽々がそう言うならそうしよう!」
クリストファー王子は従順な犬のようだった。
「え゛?」
な、なんで、クリストファー王子が、私の意見だけを聞いているの!?
エルヴィンの意見は聞かないの!?
芽々は、唖然とするしかできないでいる。
けれど、クリストファー王子は芽々に好意的な笑みを浮かべている。愛想笑いのようにも見えるけど……。
「芽々、クリストファー様に何かしでかしたのか?」
ま、まさか!?
「な、何も……! してないと思いますが……!」
まさか、ブランダ先生がバラした!? 嘘でしょ!?
しどろもどろでロボットになる芽々を、クリストファー王子は楽しそうに眺めている。
「ああ、何もしてないぞ。丁重に礼をブランダに言っておいてくれ」
ば、バレてない……よね……!
よ、よかった~。
「は、はい、かしこまりました」
芽々は、こっそり安堵しながらクリストファー王子に返事した。
「なかなか愛らしい弟子ではないか。エルヴィンも師匠としてやりがいがあるだろう?」
「は、はぁ……?」
エルヴィンが、変な顔をしてこちらを見ている。芽々の愛想笑いが引きつった。
クリストファー王子にバレてないよね!? ブランダ先生ってもしかして口が軽いのか!?
人選を間違ったんだろうか……。
芽々はひやひやしていたが、クリストファー王子がそれ以上追及してくるということはなかった。
芽々は帰りの馬車の中でぐったりしていた。
目を覚ますと、エルヴィンが尋ねてきた。
「どうなってるんだ? 芽々。クリストファー様に何かしたのか?」
「し、してないよ!」
直接にはしてないが、バレている可能性が……!
ブランダ先生がばらしてなかったら、クリストファー王子は名探偵なのか……!
それなら、クルーエル大臣の事も言い当ててくれと言いたいのだが……!
芽々が難しい顔をして考えていると、御者のおっちゃんが振り返った。
「お客さん、あれってお客さんのお家ですよね? 行列ができてますよ」
「ええっ!?」
芽々とエルヴィンは馬車の窓に張り付いて目を丸くした。
エルヴィンラボラトリーの前には、ラーメン屋の店先かと見間違うほどに行列ができている。
「ヤバい! クリストファー様の宣伝効果だ! きっと、冷感剤をクリストファー様が宣伝してくれたんだよ!」
芽々の喉から嬉しい悲鳴が出そうだった。
ありがとう、クリストファー王子!
「今日は、残業かも知れないぞ!」
「望むところだ!」
馬車から降りると、早速ラボラトリーを開けに芽々たちは向かった。
その日、冷感剤は在庫まですべて売れてしまった。
クリストファー王子のお蔭で、エルヴィンラボラトリーは大繁盛だったのだった。
◆◇◆◇◆ 第三章完結! 第四章に続きます! ◆◇◆◇◆