第六話 虹色の長命薬と冷感剤3
「お初にお目にかかります。エルヴィンです」
「芽々です。お見知りおきを」
翌日の朝の十時頃。ドロップ宮殿のクリストファー王子の部屋を訪れていた。芽々とエルヴィンはクリストファー王子と握手した。
クリストファー王子は、ドロティア王妃に似て美形で、色素の薄い金髪と青い瞳を持っている。歳は二十歳ほどだが、エルヴィンより少し上に見える。優しそうな顔つきだが、病弱なせいかどことなく儚げだ。
「エルヴィンと芽々が、私の病気を治してくれたそうだな。礼を言うぞ」
クリストファー王子は、冬の陽だまりのような笑みを浮かべた。
「もったいないお言葉です。お顔の色が良くて安心いたしました」
「うむ」
「あの……!」
そんなクリストファー王子を見ながら葛藤していたが、ついに芽々は声を上げた。
「どうした、芽々」
クリストファー王子は、優しそうな笑みを芽々に向けた。
エルヴィンが、保護者の顔つきで芽々を見守っている。
「私たちが作った魔法薬は、実は解毒剤だったんですが!」
クルーエル大臣がクリストファー王子の魔法薬を作る邪魔をしていたことを芽々は説明した。それを聴いたクリストファー王子は難しい表情になった。エルヴィンも止めなかったので、構わず芽々は続けた。
「どうして、クリストファー様はクルーエル大臣をお疑いにならないのでしょうか? どう考えてもアヤシイじゃないですか!」
クリストファー王子は、歓喜することも激怒することもなかった。
「芽々。私は、クルーエル大臣のことを信用している。証拠もないのに疑うのは良くない」
「そう……かもしれませんが……!」
エルヴィンが首を横に振ったので、芽々は諦めた。これ以上何を言っても無駄だろう。クリストファー王子は、あの非情なクルーエル大臣を信用しきっているのだから。
「それで、今日は私に何か用があるのか?」
気を取り直したクリストファー王子が愛想の良い笑みを浮かべた。
芽々は心なしか安堵して、ラッピングした小ビンを紙袋から取り出した。
「クルーエル大臣から、滋養強壮の『虹色の長命薬』を届けるように言われたので、調合してまいりました」
しっかりクルーエル大臣の名前で献上してやった。
クリストファー王子は、クルーエル大臣の名前を出すと目を輝かせた。
「おお、そうか! 水を持って来い!」
こ……この対応!
ものすごくクルーエル大臣を信頼しきってるがな……!
「そ、それと、師匠のエルヴィンが作った『冷感剤』もお持ちしました! 暑い季節を涼しく乗り切れる魔法薬です……!」
「おお、それは素晴らしい! 一緒に飲もう!」
しばらくすると、主治医が水を持ってやってきた。
「クリストファー様、お水をどうぞ」
「うむ」
クリストファー王子は、そのまま芽々の魔法薬を飲もうとしている。
エルヴィンが、慌ててその主治医に尋ねた。
「失礼ですが、薬の飲み合わせをお調べにならないのですか?」
「クルーエル大臣からの魔法薬でありますし、『虹色の長命薬』であれば、特に問題はございません」
「そ、そうですか……?」
エルヴィンは、驚いているようだった。
芽々も少しばかり驚いた。こんな雑なやり方で、主治医が務まるのだろうかと。
クリストファー王子は、『虹色の長命薬』を飲み干した。
「クリストファー様、体の不調などはございませんか?」
その段階になって、主治医が怪訝そうに尋ねた。
って、おい……! こんな主治医で大丈夫なのか? 本当に!?
「ああ、大丈夫だ。体の内側から元気になるような感じがする! それに、この『冷感剤』は素晴らしいな! 涼しく快適だ!」
「そうでございますか……」
芽々は、呆気にとられたまま主治医を見ていた。
「流石、クルーエルだな! 芽々にも感謝しているぞ!」
「え、あ、はい……」
★ ★ ★
ひとまず役目を終えて、芽々とエルヴィンはラボラトリーに帰ってきていた。
これで、クルーエル大臣からやっと解放された!
しかも、クリストファー王子は、魔法薬で元気になったし!
言うことないよね~!
「芽々の調合はちゃんとできていたらしいな。安心した」
魔法機で『冷感剤』を調合しながら、穏やかにエルヴィンが笑っている。
「エルヴィン師匠の教え方が良いからです!」
芽々は、小瓶に『冷感剤』のラベルをペタペタと貼っている。
「褒めても何も出んぞ」
魔法機に『ヒヤヒヤ油 一〇滴』と『ミンミンの葉 二〇グラ』を入れて調合すると『冷感剤』が一ビンできる。
芽々が作ると一個分しかできないが、手慣れたエルヴィンが作るとたまに三個分できる。なので、調合はエルヴィンに任せきりなのだ。
「今日は、冷感剤が五〇個売れたから、明日はもっと売れるかもな」
「最近、暑くなってきたからね~!」
「頑張って在庫を作らないとな!」
その時、ドアが開いた。ドアチャイムの涼やかな音と共に複数の足音が入ってきた。
「今日は営業を終了したんですけどぉ」
のんきな芽々だったが、エルヴィンだけは瞠目して状況に慌てている。
「め、芽々……!」
「どうしたの、エルヴィン?」
彼らは異世界風の軍服のような制服を着ている。エルヴィンはこの制服を知っているらしいが。
「お前が芽々という女か」
「はい、ってあんたたち誰?」
営業時間終わってるんだけどなぁ。
「私たちは、ガーディアンだ」
「ええっ!? ガーディアンって!?」
あの、警察みたいな組織の!?
「そ、その、ガーディアンさんが私に何のご用なのでしょうか……!」
「クリストファー様がお倒れになった! クリストファー様に怪しげな薬を献上した罪で連行する!」
クリストファー王子が、お倒れになった!? 嘘でしょ!?
「あ、あれは、クルーエル大臣から頼まれて!」
「嘘をつくな! クルーエル大臣はそんなことは頼んでないと仰っている!」
クッ、そう来たか……!
この状況、どうすればいいかなぁ。処刑だけは嫌なんですけど……!