第一話 ラブレターの差出人
季節はもう夏だ。
芽々は、冷感作用のあるエルヴィン特製の『冷感剤』の魔法薬を飲んで、涼しく風邪薬の調合の作業をしていた。
もう、春風邪の季節は終わったので風邪薬の売り上げもさっぱりなのだが、月に二十個ぐらいは売れる。今の売れ筋は『冷感剤』だ。段々暑くなってきたので、『冷感剤』の魔法薬が売れ始めているのだ。
芽々は、『風邪薬』や『冷感剤』を作ったりと、エルヴィンと手分けをして調合をしている。今日も、それなりに忙しかった。
その時、ラボラトリーと続いている店内からドアチャイムの音が鳴った。ドアにつけている金属が触れ合って涼しげな音を立てるのだ。
ラボラトリーで風邪薬の調合をしていた芽々は、手を止めて店内の方にやってきた。
「芽々おねえちゃん、こんにちはー!」
「あ、アベリル! 久しぶり~!」
アベリルは、時々このエルヴィンラボラトリーにお使いに来ている。彼女の話によると、ブランダ先生という調合師のお弟子さんらしい。異世界風のTシャツとミニスカートの服を着ている。ツインテールの十歳ぐらいの可愛らしい女の子だ。
しかし、アベリルの横で扇で仰ぎながら暑そうにしている謎の女がいることに芽々は気付いた。
「エルヴィン、居るかしら?」
芽々は、その女の頭の先から足の先までを注視した。
露出度の高い服に、しっかりしたメイク。しかも、巨乳と来た!
なんだ、この美人さんは!?
「い、いますけど……こちらは?」
思わず声が震える。芽々は、完全にこの女の存在感に負けていた。
「私の、お師匠様のブランダ先生ですー!」
「この人が、アベリルのお師匠様!?」
「貴方が、ウワサの芽々ちゃんね! や~ん、カワイイ! エルヴィンもやるわね!」
悪い人ではなさそうだ。悪い人ではなさそうだが……!
その時、トイレに立っていたエルヴィンが戻ってきた。
「ああ、ブランダ! 来てたのか!」
「エルヴィン、おひさ~!」
は~ん? な~んか仲が良さそうですねぇ?
というか、烏羽玉先生よ。これは、乙女小説じゃなかったのかな?
「芽々さんよ。なにかな、その目は?」
どことなく、エルヴィンは面白がっている。
もしかして、日頃の報復なのか!?
「や~ね、芽々ちゃん、私とエルヴィンはそんな関係じゃないわよ! ただの幼馴染みよ~!」
「お、幼馴染み……!」
それは、喜んでいいのか?
なんだか、モヤモヤする……!
「芽々ちゃんは、エルヴィンに弟子入りしたんだよね?」
「あ、はい」
「芽々おねえちゃん、国王様や王子様のご病気を治して早速功績をあげるなんてすごすぎますー!」
「いやぁ……」
アベリルに褒められると弱いんだな、これが……!
「そうそう。風邪薬の売り上げも、王都ファンティア一だし! それも、芽々ちゃんのお蔭って言うじゃない! 弟子入りしたばかりなのに、本当に立派だわね~!」
思ったより、ブランダ先生は良い人だった。
「へへっ、そんなに褒めてくれるなんて照れるじゃないですかぁ!」
素直に喜んでいると、エルヴィンが身を乗り出してきた。
「……俺は褒めてくれないのかな?」
ムッ!
なんで、エルヴィンがブランダ先生に褒められなくちゃなんないんだ?
「アンタは、スゴイのが当たり前だから褒めなくていいでしょ!」
「なんだそれは……!」
何だ、この空気は!? 何だ、この疎外感は!?
「郵便です!」
いきなり、隣に郵便屋さんが突っ立っていたので、芽々はハッとなった。
「あ、いつも暑いのにありがとうございます」
しかし、私の集中力はスゴイ!
郵便屋さんが入ってきたときのドアチャイムの音が聞こえなかったからな……!
「ご苦労様です」
エルヴィンが受け取ると、郵便屋さんは忙しそうに帰って行った。
エルヴィンが裏表を確認しているのは、白い封筒だった。
「あれ……? 芽々にだな……? 差出人の名前は書いてないけどな」
「えっ、誰からだろ? バレちゃいけないことかな? ってことは、もしかしてラブレター!?」
「芽々が、ラブレター? ハッ、絶対ないな!」
頭に来た芽々は、エルヴィンの手から封筒をむしり取った。
「言ったな! ラブレターだったら私にお詫びしろ!」
芽々は、怒りに任せて封筒を開けた。そして、中の便せんに書かれてある文字を読んだ。
「ッ!?」
サアッと血の気が引いていく。手が震える。
芽々宛ての手紙――。それはクルーエル大臣からの呼び出しだった。
「どうした芽々……?」
覗き込んできたエルヴィンに気づいて、芽々は手紙を慌ててちりぢりに破いた。
エルヴィンたちは唖然としている。
「ら、ラブレターだった……!」
「えっ……?」
怪訝そうな顔つきでエルヴィンたちがこちらを見ている。
ラブレターを読んだ態度にはとても思えなかったからか。
破いたのは軽率だったか。けれど、エルヴィンに見られるよりはマシだ。
「芽々……?」
「明日行って断ってくるよ、うん!」
自分の部屋に足早に駆けこんで、芽々は鍵をかけた。
そして、顔を上げる。
芽々は、誰もいない空間に話しかけた。
「……烏羽玉先生、居る?」
『……はい、見ていました』
今日も烏羽玉先生は上半身だけのホログラムだ。
余裕の微笑みを浮かべて烏羽玉先生が顔を出したので、ことのほか芽々は安堵していた。
困った時の烏羽玉先生だよりなのだ。
烏羽玉先生は、芽々が言いたいことをすっかり把握しているようだ。楽しげに笑っている。
『私の知らない展開ですが、手伝って差し上げますよ?』
「うん、お願いします!」
烏羽玉先生の知らない展開ということは、あの謎の女が何か企んでいるかもしれない。
だから、とんでもない何かがあるかも……。
しかし、芽々は不安な気持ちを呑みこんだ。
まあ、烏羽玉先生がついていたら何とかなるでしょ!