第十七話 王子たちを治す特効薬
一週間後のことだ。
芽々とエルヴィンは、ドロップ宮殿に来てドロティア王妃の面会の順番待ちをしていた。
「あっ!」
列に並んでいた芽々たちは、丁度通りかかった知った顔を見つけた。声をかけるより早く、彼は芽々たちに気づいた。
「やあ、芽々さん、お久しぶりですね! もしかして、芽々さんは王妃様にご用があるのですか?」
親しげに芽々に話しかけてきたのは、ダリアス問屋でエルヴィンと敵対したクラウド先生だった。
「うん、そうだよ!」
笑顔で答える芽々の横で、エルヴィンが怒っている。
「俺は無視か!」
「訊いてあげよう! エルヴィン君はどうしてここにいるのかな!」
「王妃様に国王様と王子様の病気を治す特効薬の製作を任せられているからだ!」
クラウドの『ついで扱い』にエルヴィンがイラついている。
「偶然ですね、私もですよ! 王妃様にご用があるなら、私も傍観させていただくよ!」
「構わねぇけど、吠え面かくなよ!」
エルヴィンとクラウドの火花が散った。
そして、待たされること三十分。ようやく私たちの面会の時間になった。
「ごきげんよう、クラウド先生。エルヴィン先生、芽々さん。今日は、どんなご用件で? 魔法薬管理師のアリエンさんに用があるのではないのかしら?」
「じ、実は……」
ドロティア王妃には、芽々がヘマをしたことを伏せている。
すでに、魔法薬管理師のアリエンにノーア社長に吹っ掛けた代金で弁償していた。それは、解決済みということなのである。
芽々は、エルヴィンと顔を見合わせて頷いた。
「私たちは、国王様とクリストファー様の病気の特効薬を作ってまいりました!」
クラウドとドロティア王妃は芽々の宣言に目を丸くしている。
「な、なんだって!?」
「それは本当ですか!?」
頷いて芽々は答えた。
「国王様とクリストファー様は、すでにエルヴィンが作った魔法薬をお飲みになられております!」
「後は、経過を待つだけですが……」と、エルヴィン。
その時、お付きの女がやってきた。喜び勇んでお付きの女は一礼した。
「王妃様、お喜びください! 国王様とクリストファー様はご快復されたそうです!」
お付きの女も嬉しいらしく、全身から喜びがあふれ出していた。
「まさか……!?」信じられないと、クラウドが首を横に振っている。
ドロティア王妃は、悪夢から目覚めたように感謝して、「嗚呼、よかった」と涙声になった。
「エルヴィン先生、芽々さん、よくやりました! では、私は、国王様とクリストファーの元にお見舞いに行くとしましょう!」
ドロティア王妃は、喜びを抑えられない様子で慌ただしく自室から出て行った。お付きの者たちも嬉しそうに彼女の後に従った。
ドロティア王妃の部屋を出た後。芽々とエルヴィンはハイタッチして喜んだ。
「やったね、エルヴィン!」
「ああ、やったな!」
「ちょっと待ってくれ!」
大喜びしている芽々たちに、クラウドが悔しそうに声をかけてきた。
「私でも作れなかったというのに! エルヴィン君と芽々さんは、どうやって魔法薬を作ったっていうんだ!?」
クラウドはまだ信じられないらしい。芽々は、エルヴィンと目を見交わしてにんまりと笑った。
「エルヴィンはね、魔法薬管理師のアリエンさんの、『クルーエル大臣の仕業かもしれない』というセリフを聞いて、国王様とクリストファー様にクルーエル大臣が毒を盛ったのかもしれないって考えたの!」
「えっ、クルーエル大臣が……!?」
そして、ノーア社長の魔法薬の材料に必要とされた材料と、クルーエル大臣が保管庫から持ち出した材料が、偶然にも一致した。
エルヴィンは頷いた。
「ああ、それで、クルーエル大臣が国王様たちに毒を盛っていると仮定する。すると、クルーエル大臣が保管庫から持ち出した材料は、『解毒剤』の材料ではないかと気付いたんだ」
「なんで、『解毒剤』だと?」
「クルーエル大臣が、私たちの邪魔をして解毒剤の材料をすべて持ち出したんじゃないかと思ったの!」
「な、なるほど……」
つまり、ノーア社長の材料と一致しているということは、ノーア社長が求めている魔法薬も、『解毒剤』の類ではないかと推測できた。ノーア社長に確かめたところ、やはりそれは『解毒剤』だった。だから、クルーエル大臣が持ち出した材料で作った薬が『解毒剤』になると証明できたわけだ。
芽々はそれを伏せて、説明を続ける。
「それでね、クルーエル大臣が特効薬の材料を保管庫からすべて持ち出したとすると、その材料で作った解毒剤が、国王様とクリストファー様を治すための特効薬になるって思ったわけ! そんで、アリエンさんにクルーエル大臣が持ち出した魔法薬の材料を聞き出したの! あとは、エルヴィンがね!」
そして、クルーエル大臣が持ち出した材料の成分が含まれている希少な魔法薬をアリエンに貰ってからエルヴィンが成分を抽出したのだ。そして――。
「材料の分量は、俺の長年の経験による目分量で当たっていたというわけだ!」
実はそれは違う。ノーア社長の社長の事を伏せているので言わないが、ノーア社長の調合レシピで、国王陛下たちの『解毒剤』を作ったというわけだ。
打ちのめされたように、クラウドが俯いている。あ、あれ? 納得したのかな?
すると、クラウドはクックックと笑い始めた。
「……良いだろう、エルヴィン君、芽々さん! 君たちを、私のライバルに認定してあげよう! ありがたく思うがいい! ではね、芽々さん、エルヴィン君! ワーッハハハハハハハッッッ!」
クラウドはドロップ宮殿の中だというのに大笑いしながら、去っていった。
「全然ありがたくない……!」
エルヴィンが疲れ切った顔になっている。
「あはは……エルヴィン、お疲れ様~!」
「ああ、芽々もお疲れだな! そろそろ、帰ろうか?」
「うん!」
そして、晴れ晴れしい気分で私たちは岐路に着いたのだった。
*……*……*……*……*……*……**……*……*……*……*……*……*
その事件の数日後――。
エルヴィンラボラトリーは、ノーア社長が無料で提供してくれた風邪薬の材料のお蔭で大繁盛していた。クラウドに勝ったことは言うまでもない。
芽々は、電卓を叩いて感嘆の声を上げた。
「おお! 風邪薬の売り上げ目標を三倍もクリア! エルヴィン、滅茶苦茶黒字だよ~っ!」
「食パン一枚からの卒業だな! 今夜のご飯は、奮発しよう! 勿論、芽々に給料も出すからな!」
「やったぁ!」
芽々は、クルーエル大臣は、大逆罪で処刑されるのだと予想していた。そうなれば、芽々のクルーエル大臣との約束も帳消しになる。けれども、そうはならなかった。
クルーエル大臣は、何故か罪に問われることはなかったのである。
それどころか、その一カ月後のことだ。また、国王様がお倒れになったのだ。
そして、芽々の根本的な問題も、全然解決していなかったのだが――。
まあ、なんとかなるでしょ!
その日の夜、エルヴィンお手製のお肉たっぷりのビーフシチューを頬張って、芽々は幸せに浸るのだった。
◆◇◆◇◆ 第二章完結! 第三章に続きます! ◆◇◆◇◆