第十四話 ノーア社長の正体
ノーア社長との約束の期日までまだ日があるが、運送屋の『荷馬車屋』の本社まで芽々とエルヴィンは訪れていた。
「行くぞ!」
「おう!」
ドアを開けて、芽々は受付に片肘を付いた。
「エルヴィンラボラトリーの芽々ですっ! ノーア社長にお取次ぎ願おうかっ!」
乗り込んできた感丸出しの芽々に動じることもなく、受付嬢は笑顔で席を立った。暫くすると、強面の縦じまのスーツを着たお兄さんを受付嬢が連れてきた。
「こちらへどうぞ」
お兄さんは笑顔で、芽々たちを案内する。芽々とエルヴィンは一緒にお兄さんにくっついて行った。
レトロな社長室という感じを受けた。縦じまのスーツを着た二人のお兄さんが、扉の前に応援団長のように突っ立っている。
芽々の額から冷や汗が滴った。
「ノーア社長、失礼します。エルヴィンラボラトリーの芽々さんがいらっしゃいました」
「こちらにどうぞ」
ノーア社長は、高そうな黒い皮のソファに座るように愛想よく勧めてきた。
一見いい人に見えるノーア社長だが、油断ならない人物だ。
芽々は警戒しながら、エルヴィンたちと一緒にソファに着席した。
「おや、こちらは?」
「芽々の師匠のエルヴィンです」
芽々の隣で、エルヴィンがお辞儀した。
「お噂のお師匠様ですか! これは面白い。さて今日は、違約金を支払いにおいでたのかな?」
「いえ、魔法薬の納品に参りましたが、何か問題がございますか?」
エルヴィンがそう言うと、ノーア社長は大喜びした。
「問題など全くない! さあ、早く魔法薬をこちらへ!」
ノーア社長は手を差し出したが、魔法薬が入った袋をエルヴィンはサッと避けた。
「ノーア社長は言い値で買い取ると仰いましたよね?」
「ああ! 男に二言はない!」
ノーア社長は、もどかしそうに答えた。
芽々は、頷いて請求書を出した。
「それでは、こちらをお支払いください」
ノーア社長は、請求書に書かれていた丸を数えてから声を上げた。
「一億ティア!?」
「魔法薬を作るのに苦労したんですから、びた一文まけませんからね!」
キッパリと言い切った芽々を前に、ノーア社長はため息を吐いてソファにもたれた。
「それはそれは……」
「それから、はっきりさせておきたいことがあります!」
「なにかね?」
芽々は、頷いた。
「この魔法薬は『特殊な毒』の『解毒剤』だと気付きましたけど、違いますか?」
「……それが何か?」
ノーア社長がしらっと答えた。
やっぱり、思った通りだ!
ノーア社長が、魔法薬のレシピは分かるけれど、病名が分からないというのは、その千人が毒にやられていたことを隠していたからだ。何故、隠すのか。
「変ですよね? どうして、『千人分』の『高価な解毒剤』が必要になったのか? 毒を浴びるなんて、早々ない事です。大それたことでもしなければ――」
ノーア社長が面白そうに、クッと笑った。
「それは、つまり……?」
「つまり、貴方『たち』が、ヤバい事を仕出かしたからです!」
静まり返った社長室の中で、芽々はおどけて見せた。
「……なーんちゃって!」
「ご名答!」
「いやいや! ご名答って嘘でしょ? ノリツッコミが上手いんだからぁ!」
「いや本当だ! 大正解!」
「ハァ!? あ、当たってたの~!? その千人って『守護者』が任務でそうなったんじゃないの~!?」
「ああ」
社長室が再び静まりかえった。
ギャグのつもりで言ったのに、まさか当たっていたとは。
芽々の額から冷や汗がしたたり落ちる。
「芽々……!」
エルヴィンが、やらかした芽々を目で咎めている。
「ご、ゴメン!」
「まあ、良いでしょう。バレたのは仕方ありません」
ノーア社長の慈悲深い言葉に芽々はホッと脱力した。
「でも、貴方たちの命はないかな?」
「っ!?」
ノーア社長の言葉に、芽々は戦慄する。
「さあ、君たちは用済みだ。死んでもらおうか?」
ノーア社長は笑顔で言った。
気がつくと、扉の前に居た縦じまスーツの二人は、芽々とエルヴィンに銃口を突き付けていた。思わず、芽々たちは両手を上げる。
ど、どうするんだ!? もしかして、これって、バッドエンドなの!?