第十一話 アリエンと魔法薬の材料
翌日、ドロップ宮殿に芽々とエルヴィンは訪れていた。
お付きの人が、芽々とエルヴィンをドロティア王妃の部屋まで案内してくれた。
ドロティア王妃の部屋に通され、少し待たされた。暫くすると、薄緑色のプリンセスドレスで颯爽とドロティア王妃が現れた。
「エルヴィン、お待たせしました。ようこそ、ドロップ宮殿へ」
「王妃様、お久しぶりです」
エルヴィンが一礼している。
エルヴィンの話によると、ドロティア王妃は三十代半ばらしい。しかし、驚いたことに、十代にしか見えなかった。
「王妃様、弟子の芽々です」
その美しさに見とれていると、エルヴィンが小突いてきた。
「あ、王妃様、初めまして、芽々です……! お見知りおきを……!」
芽々は、緊張してお辞儀した。ドロティア王妃は、上品に笑った。
「可愛らしいお嬢さんだこと!」
芽々は、ドロティア王妃にクルーエル大臣とは違う好感を持った。
しかし、この煌びやかな空間は、金粉交じりの空気ををずっと吸い込んでいるような息苦しい感じがする。芽々は、終始落ち着かなかった。
「それで、今日はどんなご用件で?」
ハッとした芽々は、エルヴィンと視線を合わせた。エルヴィンは、王妃に気づかれないように頷いた。そして、ドロティア王妃にエルヴィンは向き直った。
「研究に使う材料を分けて頂こうと思いまして……」
ドロティア王妃は、にっこりと笑った。
「……材料を研究で使って魔法薬になった物は、全てドロップ宮殿に返還していただきますよ。宜しいですね?」
材料を横流しされないように、先に釘を打たれてしまった。当然と言えば当然だ。
「はい、心得ております」
エルヴィンは動揺をおくびにも出さず、素知らぬ顔をして返事をしている。芽々も気づかれないように、ポーカーフェイスを保とうとした。
そんな返事をしつつも、出来上がった魔法薬をしっかりノーア社長に売る算段でいる。それは他に手がないからだ。無論、他の材料を横流しするというアクドイ事は考えていない。
更には、ノーア社長に吹っ掛けた代金を魔法薬の弁償代として、ちゃんとドロップ宮殿に返還するつもりでいる。
でも、それまでは、気づかれてはならない。
幸いなことに、ドロティア王妃は疑わなかったようだ。頷いて、お付きの者に指示を出した。
「アリエンをここへ」
しばらくすると、緑色の瞳をした男の子が連れて来られた。男の子は、クリーム色のボブの髪を揺らしてお辞儀した。
「王妃様、お呼びでしょうか」
男の子の緑の瞳は、緊張しているのかぎこちない。
十歳くらいの少年なのに、ドロップ宮殿で勤めているのか。すごいな。芽々は感心していた。
「アリエンは、ドロップ宮殿の材料を管理しています。こちら、調合師のエルヴィンさんと弟子の芽々さん」
芽々たちは、「どうも」とか「よろしく」などと言葉を交わした。ドロティア王妃は、満足そうにその光景を見て微笑んでいる。
「アリエン、保管庫に案内してさしあげて」
「かしこまりました」
アリエンは、ドロティア王妃にお辞儀をしてから、芽々たちを振り返った。
「ついて来てください」
芽々とエルヴィンは、アリエンの後をついて行く。
ドロップ宮殿の別棟に入る頃には、すっかり芽々の緊張はほぐれていた。
煌びやかな宮殿は眩暈がしそうなほどだ。けれど、一番東の別棟の方はレトロな造りで、華やかさとはかけ離れていた。図書館のような妙に落ち着く空間だ。
芽々は、アリエンの傍まで駆け寄った。そして、親しみを持って話しかける。
「アリエンって、私より年下なのに材料の管理を任されているなんてすごいね!」
友達感覚の芽々を前に、アリエンが激怒した。
「僕は、魔法薬管理師だ! 確かに年下だけど、あんたらより身分が高いんだぞ! その言葉遣いって、まじありえん!」
「えっ!?」
生意気だが、可愛い少年だからか怒りがわいてこない。
恐らく、彼は烏羽玉先生の作ったキャラだな。
冷静に分析していると、エルヴィンが芽々の頭を地面に着きそうなほど下げて来た。
「俺の弟子が、すみません!」
「あ、すみません」
芽々はエルヴィンにされるがままに謝罪した。
アリエンは、チッと舌打ちした。
ドロティア王妃の前とは別人だ。
「ありえん! マジ、ありえん!」
すっかり、アリエンの機嫌を損ねてしまったらしい。すると、エルヴィンが怒った。
「芽々!」
「ご、ごめ~ん……」
幸先が悪いなぁ。大人しくアリエンの後を芽々はついて行く。
保管庫に着くと、アリエンはドアの鍵を開けた。中は薄暗くてヒンヤリしている。材料が痛まないように温度に気を付けているのだろう。
アリエンが保管庫の照明を点けた。保管庫の中が明るく照らされる。
「それで! どの材料をご希望なんだ?」
アリエンの機嫌が直ったらしい。すっかり、お仕事モードに戻っている。
「『金ルコンの根、一〇〇〇グラ』と『虹色の光石、五〇〇〇グラ』って、ありますか?」
エルヴィンがアリエンに敬語を使うのはどことなく違和感があった。
「ああ、あるよ! あんたら、結構熱心に研究するんだね? 他の奴ら、結構手ぇ抜いてるカンジだけど」
アリエンの機嫌は、すっかり良くなったようだ。声が弾んでいる。
「それは、国王様やクリストファー様のご病気を治すためですから」
保管庫のリストを捲りながら、棚の方にアリエンは歩いて行った。芽々とエルヴィンもくっついていく。
「うんうん。良いことだよ。『金ルコンの根』と『虹色の光石』かぁ。この材料をチョイスするなんて、あんたらもクルーエル大臣の仕業だとみたようだね。クルーエル大臣なんてマジありえんから!」
アリエンはハシゴを上がっていく。
その光景をぼんやり見ながら、芽々は首を傾げた。
……なんか、このアリエンさん、変なこと言っているなぁ……。
この材料で、クルーエル大臣の仕業だとみたって、どうして思うんだろう。
「そうか! これは――」
んっ!?
エルヴィンは、分かったのか声を上げている。
ひとりだけ分かるなんてズルいぞ!
「アレ? 確かこの辺にあったと思ったけど?」
今度はアリエンが声を上げた。
アリエンが棚をあさり始めたので、芽々は不安になって訊いた。
「アリエンさん、どうされたんですか?」
「『金ルコンの根』と『虹色の光石』がないんだ! この棚に保管しておいたのに、まじありえん!」
「ええ~っ! ないの~!?」
なかったら、ノーア社長の魔法薬が作れないじゃん! とは声に出して言えないけど!
「『金ルコンの根』と『虹色の光石』のビンですよね!」
焦りに焦った芽々は、アリエンと一緒に棚の中を探そうとした。
その時、保管庫の中に靴音が侵入してきたので、芽々はそちらに視線をやった。
「……『金ルコンの根』と『虹色の光石』は私がすべて研究で使わせていただいているが」
そう言ったのは、芽々の知った顔だった。銀色の髪に青い目という涼やかな印象を再度覚えた。
「く、クルーエル大臣!?」
芽々は、ギョッとなって後ずさりした。そんな芽々たちを探るような目でエルヴィンが傍観している。
「芽々さん、久しぶりだな」
クルーエル大臣は、腹に一物ありそうな顔で笑った。