第十話 鳥になる薬と烏羽玉先生の奥さんと狂言2
烏羽玉先生が唸った。
『恐らく、私の患者さんかもしれませんね。私はこういう職業なものですから』
「ハァ!? 患者さんって!?」
何百何千人も居たっておかしくない。その中から一人を特定するなんて、困難を極めている。
「私、その女の人に言われて、『荷馬車屋』の『ノーア社長』に会いに行ったんだよ!」
「ノーア社長?」
「そう!」
エルヴィンが尋ねたので、芽々は頷いた。
「でも、ノーア社長は曲者で、逆に千人分の魔法薬を作ってくれたら、不磨の森の材料を永久にタダで分けてくれるって言うから頷いちゃって。でも、ドロップ宮殿でしか手に入らない魔法薬らしくて」
しどろもどろになる芽々を、エルヴィンが怒った。
「お前な! 口約束だけだったら、すっとぼけたら逃げることができたかもしれないんだぞ!」
「ええっ、そうなの!?」
『それをしっかり、契約書を交わしてきたというわけですか』
「ご、ごめんなさい! でも、エルヴィンが王室付きの調合師になったって言うのなら、材料は何とかなるんじゃないかな!」
「ああ、不幸中の幸いだな」
「しかも、できないと違約金を払わなければならなくなったっていうね……!」
「なんだって!?」
『相手に都合のいい契約書ですね、コレは』
「だよね……」
芽々は烏羽玉先生と一緒に契約書を見ていたが、エルヴィンに没収された。
エルヴィンは額を見て、目を丸くした後、芽々にジト目を向けてきた。
「ご、ゴメン! エルヴィン、ゴメン!」
平謝りする芽々に、エルヴィンはため息を吐いた。
「……言い値で買うって言ったんだから、ノーア社長に少々吹っ掛けても大丈夫だろ」
おお! 前向きな回答だ!
「うん! そ、それでね、材料なんだけど……」
調合レシピの容姿を取り出した芽々に、エルヴィンが制止した。
「ちょっと待て、その千人は何の病気なんだ?」
「それがね、調合レシピは分かるけど何の病気かは分からないっていうの! 変でしょ?」
「確かに変だな……」
芽々は、エルヴィンにノーア社長から貰った調合レシピを取り出した。
「これが、そうなんだけど……烏羽玉先生にならこれが何の病気の調合レシピか分かる?」
私は、烏羽玉先生に調合レシピを見せた。だが、烏羽玉先生は、首を横に振った。
『いえ、その女の方が私の小説を書きかえているんでしょうね。サッパリです』
「そっかぁ……」
烏羽玉先生にならわかると思ったけど無理なのか。烏羽玉先生の小説を書きかえることができるその女の人って一体何者なんだろう。
「見せてくれ」
「あ、うん」
エルヴィンが芽々から調合レシピを受け取った。エルヴィンは眉を寄せている。
「……なんだ、この魔法薬のレシピは……? 普通の病の魔法薬のレシピじゃないな。しかも珍しい調合だ」
「いやいや、ドロップ宮殿でしか手に入らない材料の時点で珍しいでしょ!」
「フッ、俺は、珍しい調合でもかなり詳しいんだがな」
エルヴィンに勝ち誇った眼で笑われた。
クッ、調合師め!
『本当ですね。私の小説に無いレシピです。材料は一つ当たり、『玉虫色ウツバメの巣、二グラ』に『金ルコンの根、一グラ』に『虹色の光石、五グラ』確かに、ドロップ宮殿でしか手に入らない材料でしょうね』
「玉虫色ウツバメの巣なら、あるぞ」
「えっ!? ホント!?」
エルヴィンがネコ型ロボットに見えてきた。エルヴィンはずっと紙袋を提げていたが、そこから大ビンを二つ取り出した。
「おおおお! これが玉虫色ウツバメの巣!」
虹色の飴細工のようなものが瓶にぎっしり詰まっている。芽々はエルヴィンから受け取って、物珍しくビンを掲げて見ていた。
こんなに大量にあったら、貴重なのかと疑ってしまうぐらいだ。
「研究に使うから、ドロティア王妃から頂いてきた。一〇〇〇グラのビンが二ビンあるから、二〇〇〇グラあるだろ」
「やったぁ! 千人分の材料一つクリアだね!」
『千人分ですから、あとは、『金ルコンの根、一〇〇〇グラ』と『虹色の光石、五〇〇〇グラ』ですね』
烏羽玉先生は、楽しそうに笑っている。傍観者は楽でいいな。
「ん。明日、ドロップ宮殿に行くから、研究材料として貰ってきてやるよ」
「よっしゃあ!」
「よっしゃあ、じゃねえ! 芽々は反省しろ!」
「ハイっ! 反省してますっ!」
とにかく、私は猿のように反省した。
そして、エルヴィンに頼み込んで、私も一緒にくっついてドロップ宮殿に赴くことになったのだった。