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天才調合師の魔法薬には事情がある!  作者: 幻想桃瑠
★・・・・・・・★*☆*★【第一章】★*☆*★・・・・・・・★
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第一話 烏丸芽々(からすまる めめ)

 患部の痛みが消えなくて、芽々は顔をしかめた。今日の芽々の病状は最悪を極めている。

 自分だけではどうにもならないので、隣町の大学病院に助けを求めたのは今日の朝のこと。それから、かれこれ三時間も待合室で待ち続けている。


 烏丸芽々は、十八歳のごく普通の女子だ。今までは、元気なのが取り柄だと褒められることが多々あった。しかし、病気が悪化してからは、唯一の取り柄も消えかかっている。ちょうど目に留まった、待合室の窓から見える空に浮かぶ飛行機雲の儚い運命のようだと、芽々は気落ちした。


 冷房が効いているが、内科の待合室には病気に苦しむ人たちが集まっているので、傷をなめ合うような生暖かさがある。しかし、幸い辛そうな芽々の顔も彼らに溶け込んでいる。こんなに辛そうな顔をしていなければ、芽々は元気で可愛いと言われることもあるのに――。


 けれども、今日の病状はどうにもならなかった。


「烏丸芽々さん、診察室Aにお入りください」


 病院のアナウンスが入った。


 芽々は足早に診察室Aに足を踏み入れた。消毒液臭いにおいがして、妙な緊張感を煽っている。看護師がてきぱきと働いていて、内科の若い男の先生はパソコンの電子カルテを見ていた。


「どうぞ、お座りください」


 戸惑って立ち尽くしている芽々に、気付いた内科の先生は愛想の良い笑みを浮かべて椅子を勧めてきた。芽々はその椅子にちょこんと座った。


「今日は、どういう症状で?」


 先生があまりに優しそうに微笑むので、患部の痛みでついうっかり芽々は感極まってしまった。いきなり泣き出した芽々を、先生と看護師は困ったように見ている。


「……どこか痛みますか?」


 先生は、心配そうに芽々の顔を覗き込んだ。

 苦しそうに芽々はうなずいた。


「胸が……!」


 涙を人差し指でぬぐいながら答えたが、泣いたせいで鼻声になった。


「心臓ですか?」

「はい、失恋したんです……!」

「は……?」

「だから、失恋です!」


 先生と看護師は、口を半開きにしてうつろな目で芽々を見ている。

 先生が、コホンと咳払いした。


「この子のカルテ、心療内科に回してくれる?」


 その一言に芽々はブチ切れた。


「何で内科じゃダメなんですか! ちゃんと診てください! 恋の病って言うでしょ! 心臓に原因があるから恋の病が発症するんじゃないんですか!?」

「ハイ! 心療内科の烏羽玉先生が診てくださいますから、とっととそっちに移動してくださいね!」

「クッ!」


 芽々は、大人しく退散して心療内科の方へ歩を運んだ。


 内科は診察室がAからFまであるのに対し、心療内科は一つしか診察室がなかった。しかも、待合室はガラガラに空いていた。それに、おかしなことに心療内科のドアを潜った患者は出てくる気配がない。それなのに、次の人を呼んでいる。単に向こう側に出口があるのだと、芽々は安易に考えていた。


「烏丸芽々さん~」


 呼ばれたので内心舌打ちして、芽々は診察室に入った。内科で何もできないというのに、心療内科で何ができるというのだ。この時の芽々は、この心療内科を完全に舐め腐っていた。


「それで、失恋したというのは本当ですか?」


 カルテを見た烏羽玉先生が尋ねてきたので、芽々は顔を上げた。


「はい……うぇ……!?」


 目線を上げると信じられないオアシスが目の前に広がっていた。先ほどの内科の先生もだったが、それ以上に烏羽玉先生はイケメンだったのだ。彼の優しそうな顔には美しい笑みが浮かんでおり、三つ編みを解いたようなゆるやかな天然パーマからは甘い香りが漂ってくる。


「烏羽玉先生! 私、立ち直れそうです!」


 烏羽玉先生は薔薇の花だ! 私はそれに留まる蝶になる!

 芽々が先生に迫ると、烏羽玉先生はにっこりと微笑んだ。


「私には妻と子供がいますので」

「……」


 薔薇には先客がいた。どうやらオアシスは、砂漠の中の蜃気楼だったようだ。

 芽々は諦めて椅子に座った。

 烏羽玉先生は、にっこりと微笑んだ。


「……それで、失恋したそうですが?」

「そう! 私、こっそりとバイト先に来る、好きなひとを観察して愛でていたのに、そのひと、彼女ができたらしくて……」


 烏羽玉先生は笑顔を張り付けている。事務的な笑顔だ。

 何も言わないので、芽々は嘆息して喋りつづけた。


「もう、この際だから現実とか忘れて、異世界に逃避行したいね!」

「異世界……?」

「そう! 最近、異世界ってネット小説で流行ってるの!」


 芽々のくだらない話題に、烏羽玉先生は笑顔の目をスッと開いた。

 おや? 意外と真剣に聴いてくれるようだ。


「私も、男みたいに超最強のスキル持って、異世界で楽しいことしたいなぁ……そんで、異世界でイケメン見つけて幸せに暮らしたい……はぁ……」


 再び泣き始めた芽々に、烏羽玉先生は電話の内線のボタンを押した。そして、看護師に指示を出しはじめた。


「あのお薬を持って来てくれますか? 例の症状にぴったりの患者さんが来られたから」


 暫くすると、ドアが開いて看護師が入ってきた。看護師がコップ一杯の水と薬を芽々に手渡した。


「ちょっと、このお薬を飲んでみてください。楽になりますから」


 すがる思いで、芽々は薬を喉に流し込んだ。

 すると、潮が引いていくように悲しい気持ちが静まった。


 芽々は首を傾げる。確かに、失恋の痛みは和らいだ気がするけど、薬を飲んだというプラシーボ効果かもしれないし……。まさかこれは本当に、心療内科様々なのか……?


 でも、失恋の痛みが薄らいで楽になったのは確かだ。ここに来てよかったのだ。心療内科だからと馬鹿には出来ないのだ。芽々は、確かに新たな一歩を踏み出していた。これからは、新しい気持ちで生活できるはずだ。


「では、また辛くなったらここを訪れてくださいね?」

「はい……!」


 芽々は、薬の効果のせいか軽くなった気持ちで心療内科のドアから退室した。


「は……?」


 しかし、一瞬で、芽々の笑顔が凍りついた。


 心療内科のドアの外には、何故か森が広がっていたからだ。入ってきたのと同じ出入り口だったはずだ。しかしその森は、当たり前だと言わんばかりに威張って、無限に広がる木々を見せつけている。そよ風が吹いて、木々の葉が揺らいでいる。木々の間から木漏れ日が降り注いでいた。


「どえ!? どえええええええ!?」


 芽々は、思わず二度見した。


「どこ!? ここは!?」


 芽々は、ハッと我に返った。そう言えば、診察室で異世界がどうのこうのって呟いたような。


「ここって、もしかして異世界!? 嘘でしょ!? 何、願い事叶えてくれちゃってんの!?」


 芽々は振り返ってドアを探そうとした。

 しかし、ドアはきれいさっぱり跡形もなく消え腐っていた。


「ちょっとおおおおお!」


 芽々は、狐につままれた思いで一人虚しく森の中で声を上げたのだった。

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