第五話 ダリアス問屋とクラウド先生2
エルヴィンが、私の手を取って立ち上がらせてくれた。
「お前な……!」
その男にエルヴィンが食って掛かろうとすると、奥からダリアスの店主が大慌てで出てきた。
「申し訳ありません。このクラウド先生は、当店の一番のお得意様でして。お許しください」
ダリアスは、満面の笑みを浮かべながら言った。謝っているとは思えないのだが。
「ああ、気にしなくていい。ダリアス屋!」
「お気遣いありがとうございます、クラウド先生!」
クラウドが気持ちよさそうに笑い声を立てている。
お前らは越後屋とお代官様かっ!
「クラウド先生ということは、あんたもラボラトリーを運営しているのか?」
エルヴィンが怪訝そうにクラウドに尋ねた。クラウドは茶色の髪を掻き上げる。
「ああ、そうだ! 私のラボラトリーは王都で一番だ! 王都一安くて、品質も良い! 私の調合で最高に治りが早い! どうだ、素晴らしいだろ!」
「うん。素晴らしく高慢だよね! 人を突き飛ばしてから、謝り腐らない辺りがね!」
「そうか! そうか! ワーッハハハハハッ!」
くそぅ……。高慢の意味が分かってるのかな、このクラウド先生は……。
「クラウド先生、このエルヴィン先生も最近王都でラボラトリーを開かれたそうですよ」
「ハーッハッハッハッハ!」
大笑いされてエルヴィンが顔をしかめた。
芽々も腹を立てていた。
どことなく、嫌な人だなぁ……。
「何がそんなに可笑しい?」
うぉっ!? ついに、エルヴィンがブチ切れた!?
「いやぁ、無駄な努力だと思ってな!」
「無駄な努力だと……?」
クラウドは大笑いしたために涙腺が緩んだらしい。浮かんだ涙を指の腹でぬぐっている。
「ああ、無駄な努力だな! エルヴィン先生がここを訪れたということは、現在流行っている風邪の魔法薬を安く売ろうという魂胆だろう?」
「だったら何だ?」
「エルヴィン先生は、風邪薬の材料はここに書かれてある値段で買ったんだろうな?」
「まだ、交渉中だが」
一触即発の空気をものともせずに、クラウドはフフンと嗤った。
「無駄な努力はしない方が良い。ダリアス屋は、他の客にはここに書いている売値で取り引きしているが、私には『半値』で売ってくれるからな!」
私は大岩を食らったような衝撃を覚えた。
「な、なんだって~!?」
「このダリアス問屋で買い付けたら、エルヴィン先生は『六〇〇ティア以上』の値を付けなければならない。でも、私がエルヴィン先生の仕入れ値の『六〇〇ティア』の値を付けたとしても、私は『五〇パーセント』の利益が出る!」
「クッ……!」 エルヴィンが歯噛みした。
「君の負けだよ、エルヴィン君!」
私はエルヴィンの代わりによろめいた。
「が~んッッッ! こんなクソ男に負けた……!?」
ブラックホールに吸い込まれていくようなこの敗北感はなんだろう!
だが、クラウドはフッと笑った。
「いや、負けてないとすれば、こんなに美しいお嬢さんを手に入れたことだな。まったくもって君が羨ましいよ」
クラウドは熱を帯びた目で芽々を見ていた。
「あ、あれ? もしかして、良い人なの? クソ男なんて言って悪かったかも……」
流石は、烏羽玉先生の乙女小説だ。こんな所にもフラグが。
芽々は動揺しながら、後ろを振り返る。
「……ッ!?」
すると、エルヴィンが犬のフンを踏んだような目で芽々を見ていた。
なに、その全てを物語るような目はッ!
「ダリアスさん」
そして、エルヴィンはダリアスを振り返った。
「はい、エルヴィン先生」
「俺には材料を安く売ってくれないんですよね?」
「う~ん。クラウド様は大量に購入してくださいますからね。一〇〇〇〇個以上買ってくださるなら構いませんが」
「そんなに売れるかッッッ! そんなに購入したらいくら乾燥しているとはいえ古くなっちまう!」
繁盛して無いようで、ダリアス問屋は大量に売ってぼろ儲けしていたらしい。
エルヴィンは「チッ」と、舌打ちした。これ以上交渉しても無駄だと思ったらしい。
私の手を取って歩き出した。
「行くぞ、芽々!」
「う、うん……!」
芽々とエルヴィンは、大人しくダリアス問屋を後にした。
また、振り出しか。もう一度、作戦を練らないといけないなぁ……。