第八話 謎の客VSティーモ大臣
今日は、冬だけど日差しの温い良い天気だ。今日も表のドアにかかっている「CLOSE」の札を「OPEN」に回す。
札が曲がっていないか見ていると、足音が芽々の前で止まった。振り返ると、旅人の格好をした釣り目のお兄さんが周りを見渡していた。
「あれ? こないだのお客さん!」
「よう!」
お客さんはやっとこちらを向いて軽く手を上げた。
お客さんのその後が気になっていたが、意外と元気そうで安心した。
「こないだの魔法薬って効いた? エルヴィンが自信がないって言ってたんだけど……」
「良くも悪くもならなかった。でも、タダだしな」
「ご、ごめんね~」
芽々は何となく申し訳なくなって旅人のお客さんの前で手を合わせた。
でも、そのお客さんは怒ってはいなかった。それどころか、ニッと笑って何かを差し出してきた。
「今日はお願いがあって来たんだ。これを預かってくれ」
トートバッグくらいの布の袋だった。受け取ると、かさりと乾いた音がした。
「これって……?」
何だろう。アヤシイ。芽々は中を確認しようとした。
「ラーヴ……!」
聞き覚えのある女の声がして顔を上げると、金髪の長いストレートの大臣が髪を逆立てて足元から怒気をみなぎらせていた。
「げっ!? ティーモ大臣!?」
ラーヴというのはこのお客さんの名前らしい。ティーモ大臣はガーディアンを大勢引きつれていた。
芽々は、ギョッとした。
痴話喧嘩に、権力を行使した挙句ガーディアンまで出動させたのか!? ティーモ大臣は一体何を考えているんだ!?
「ティーモ大臣、ちょっと待ってください! ずっと付き合っていたってことは愛していたってことでしょ! もう、ラーヴさんを解放してあげてください!」
芽々の必死の説得も効き目がない。ティーモ大臣の青い瞳に睨まれて、ラーヴは瞬間凍結して粉々に砕けてしまいそうになっている。
そのまま、ティーモ大臣は芽々に冷めた視線を向けてきたので、怖気立ってしまった。
「何を言っているんですか。私とラーヴは最初から付き合っていません……!」
「えっ……?」
付き合ってなかったの?
「このラーヴは、オーガスト様を毒殺しようとした罪人です……!」
ティーモ大臣の言葉が芽々の脳に浸透するまでに時間を要した。
「は? ハアッ!?」
ラーヴさんがオーガスト王子を毒殺しようとした罪人!?
「で、でも、この人、魔術薬をティーモ大臣に飲まされたって!?」
「魔術薬は罪人を逃げれなくするために飲ませる魔法薬のことです。ラーヴは脱走した罪人なのです……!」
えええ!? エルヴィンが言ってた『わけあり』ってこの事だったのか!?
ラーヴが舌打ちした。
「来い!」
「ちょ、ちょっと!?」
ラーヴは、芽々の腕を取って走り出した。
芽々は状況を上手く呑み込めず、ただ街中を走って行く。
後ろから、馬に乗ったガーディアンが走ってくる。
ラーヴは芽々の手を引いたまま、曲がり角を右折した。
「ラーヴ! そいつを貸せ!」
馬車の御者台に乗っているこないだのお客さんその二が叫んだ。
この間のお客さんはみんな脱走犯か……!
「よし、来た!」
ラーヴは、芽々を馬車に押し込んだ。
しかし、芽々とラーヴの乗った馬車は走り出さない。
「何をやっているんだ、早く出せ!」
ラーヴは状況が把握できていないようだが、芽々もだった。
後ろで、御者台のお客さんその二が声を張り上げた。
「残念だったな! 俺もガーディアンだ!」
「なんだって!?」
もしかして、こないだの彼はラボラトリーで張り込みをしていたのか!?
馬に乗ったガーディアンたちにラーヴの退路は完全に断たれてしまった。
「確保ぉッッ!!」
あっという間にラーヴは取り押さえられた。
「ご協力感謝するぞ」
フームス隊長がそう言って、賑やかな喧騒を連れて帰って行った。
芽々は、馬車に送ってもらってエルヴィンラボラトリーの前まで帰ってきた。ドアをくぐったあと、芽々は腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。
「は、はぁ」
「芽々? どうした?」
何も知らないエルヴィンがやってきて、芽々を不思議そうに見ている。芽々は風にさらわれてあっという間に世界一周をしてきたような気分だった。
芽々の手には、ラーヴから託された布袋があった。
「あっ、これ……!」
芽々は、ハッと我に返って、布袋の中を確かめた。
その中には乾燥した薬草と、一通の手紙が入っていた。