7、皐月5月 その3 キャンプ2日目
翌日、私はいつも通り5時に目が覚めた。隣では恋がまだすやすやと寝息を立てている。いつもなら、やることはたくさんあるのだけど、今日は何にもない。暇を持て余して散歩に行ってみようと外に出ると、冷たい空気とともにあたり一面霧がかかっていた。少し先が見えにくいくらいの濃い霧に足がすくむ。その奥の方からザッザッという足音が近づいてくる。
「…あれ、らいらちゃん?」
足音の正体は、夏希であった。肌寒いくらいの気温なのに、うっすら汗をかいている。
「おはよー。早いんだねぇ」
そういって袖で汗をぬぐう。夏希はジャージにスニーカーというラフな格好だった。
「おはよう。いつもの時間に起きちゃって暇を持て余してね…。そういう夏希も早いね」
そう言うと夏希は笑顔でストレッチをしながら答えてくれた。
「んー、まあ毎朝走るのが日課だからねー。あ、ここらへんこの時期霧が濃いから散歩とかしないほうがいいよ。下手すると迷うからー」
そういう夏希は平然と霧の中を走ってきたようだった。どうも慣れているらしい。さすがに何も見えない恐怖感には勝てず、散歩はあきらめることにした。夏希と一緒にコテージに戻る。夏希はそのまま部屋に戻ってから温泉に行くらしい。ここの温泉は24時間自由に入浴できるそうだ。別れるとき夏希はこう言った。
「恋も朝風呂するだろうから、そろそろ起きてくるんじゃないかなー」
そう言って小走りに去っていった。私も部屋に戻ると、恋が寝ぼけ眼で起き出していた。
「おはよーらいらちゃんー。早いねー」
そういう恋はとても眠そうだ。それでも、のそのそと起き出して、着替えやタオルを出している。
「朝風呂してくるつもりだけど、らいらちゃんどうするー?」
「んー、私も行こうかなー」
そう言って時計を見ると午前6時。まだ朝ご飯の時間には十分に余裕がある。私も行くことにしようと、タオルをカバンから出す。
「夏希もどうせいるでしょー」
恋がのんびりという。去年も同じような感じだったらしい。二人でのんびり歩いて浴場につくと、すでに先客がいるのか、複数のかごが使われていた。
「夏希はまあわかるとして…、あとはだれだろうねぇ」
そう言いつつも着替えて浴場にはいると、そこには夏希のほかに髪の長い子がいた。
「あれま、里羅。おはよー」
いつもと違って三つ編みもしていないし、眼鏡もかけていないのでわかりにくかったが、里羅のようだった。
「ああ、おはよう。恋はまあわかるけど、らいらちゃんも早いんだねぇ」
そういうとのんびりと湯船につかる里羅。夏希もシャワーを浴びている。
「あらぁ、夏希。ちょっと胸おっきくなったんじゃないー?」
その恋の一言に夏希がシャワーを取り落とす。ガタンという音が風呂場中に響いた。夏希は顔を真っ赤にして胸を押さえている。
「な、な…」
絶句している。金縛りにあったように固まっている。と、そこへガラリと戸が開いて、真澄が入ってきた。
「恋、らいらちゃん、里羅ちゃん、おはよー」
のんびりと周りを見回して声をかける。
「おはよー、真澄」
「あれ、恋。なっちゃんどうしたのー」
私は、手短に説明する。真澄は納得したようにうなずいた。
「恋―、あんまりなっちゃんいじめちゃだめだよー。こういう話は弱いんだからー」
そしてのんびりとシャワーを浴び始める。私もそれに続いてシャワーを浴びる。夏希はさすがに金縛りもとけたのかゆっくりとシャワーをもとに戻すと湯船に入っていった。恋もクスリと笑うと同じようにシャワーを浴びて湯船につかった。
「ったく、朝から心臓に悪いことしないでよ…」
夏希が愚痴るようにつぶやく。それに苦笑する里羅。
「まあ恋のいつものことだからねぇ」
「だって、見た感じあからさまサイズ変わってるのよー。いじらないほうがおかしいって」
恋は言い訳がましく言った。真澄は首をかしげる。
「なっちゃん、そんなにサイズ変わったのー?」
そして、まじまじと眺めようとする。夏希はそれを手で制しながらつぶやく。
「なんでわかるのよ…」
恋はにっこり笑って言う。
「まあなんとなーくね、なんとなーく。それよりそこまでサイズ変わった理由はなんなのよー?」
ニヤニヤしながら、夏希にせまる。こうやって見るとエロおやじみたいだ。しかし、美人だから困る。
「なっなんにもないよっ」
そうやって恋から逃げようとする夏希。湯船で逃げようとするからお湯がだんだん波立ってくる。そんなとき里羅がのんびりと声をかけた。
「おとなしくしてないとさすがに怒るわよー」
その一言にぴたりと固まる恋と夏希。そのまま静かに湯船につかると私たちのほうに戻ってきた。
しばらくのんびり浸かって出て着替えまですませると、ちょうど朝ごはんもそろそろの時間。そのまま食堂へ行く前にと里羅は夜宵を起こしに行った。昨晩もあのあと、遅くまで作業をしていたらしい。食堂につくと、都や柚樹、満はすでに席について食べていた。朝ごはんはバイキング形式だった。
朝ごはんを済ませると、今日はハイキング形式のレクリエーションだった。だいたい山登りみたいなものだ。コテージの人に頼んでおにぎりまで準備してもらっていた。
そして、今日の全行程もだいたい終わり、残るは夜の肝試しだけとなった。毎年恒例らしく、先生がものすごく張り切っている。そして各クラスの学級委員長も驚かす側として参加できるため、里羅もすごくうきうきしていた。ほかのみんなもどこかうきうきしている。そんな中私は一人、びくびくしていた。昔から驚かされるのや怖がらせられるのがものすごく苦手で仕方なかったからだ。
「らいらちゃん大丈夫―?」
真澄が私の様子を心配してか、声をかけてくれる。しかし、私は声も出せず頷くばかり。順番としては、私は真ん中あたり。恋と柚樹、みっさんと一緒に回ることになっていた。
「しかし、大丈夫かい? らいらちゃん」
柚樹も声をかけてくれるが、反応があまりできない。そうこうしているうちに私たちの番になった。夜の山は真っ暗ですぐ前も懐中電灯がないと見えない。柚樹とみっさんに懐中電灯を持ってもらって、私は恋の袖をつかみながら慎重に歩いていた。
「まさか、らいらちゃんがここまで怖がりだったとはねー」
恋は余裕そうにひょいひょいと歩いている。2度目の道だから慣れているかもしれない。そんなことを考えていると後ろから足音が近づいてくる。あまりにも怖くて後ろを向けないでいると、今度は前から。飛び出してきたのは白いシーツをかぶった里羅だった。あまりの怖さに私はそのシーツをつかんで一緒に連れて行こうとする。
「らいらちゃん、大丈夫だから、離そう、ねっ」
里羅もさすがにこれには慌てたようで、私をなだめていた。涙目になりながらもシーツを離すと、恋が頭をなでる。
「相当怖いんだねぇ」
しばらくびくびくしながら歩いていたけれど、コテージの明かりが見えてくるとほっとした。しかし、それでもあんまり落ち着かなかったのか、部屋に戻るまで私は恋の服の袖をつかんでいたらしい。
2日目は、最後の最後に散々な思いをしてそのまま布団に入ったのだった。