5、皐月5月 その1 ある休日
「ほらほらみんなー早くー」
そういって先に走っていく恋。5月の最初の土曜日。俗にいうゴールデンウィークの最初の日。私はなぜか、とある大型ショッピングモールにいた。
ことの発端は5月1日のことだった。ホームルームで先生が言ったことのせいで私はここに来ることになったのだ。
「さて、去年に引き続き今年もキャンプが計画されているわけなのだが」
という海藤先生の言葉にみんながざわめきだす。去年に引き続きということは、去年も同じようなことをやったということだ。
「まあだいたい去年と同じような感じだ。とりあえずプリント配るぞー」
と配られたプリントにはキャンプの予定が書かれていた。日時は5月21日から23日。2泊3日だ。そのほかにも持ち物など細かいことが書かれている。
「あれ、零ちゃん。今年は私服OKなのー?」
と恋が聞く。プリントの中段部分に服装について書かれており、そこには動きやすい服装と書かれていた。
「さんざんお前らが文句言った結果だろー。制服だと動きづらいーって言ったのはどこの誰だー?」
「私ですねー」
恋が笑顔で答える。確かにキャンプに女子の制服は合わない。この学校は体操着の指定がないので、学校行事でどこかに行く場合は制服が基本なのだ。
「一応妥協案として、校章バッヂをつけてもらうが、それ以外は自由にしていいぞー」
と先生は小さなバッヂを私たちに見せた。そこには、晴光学院の高等部の校章が描かれていた。そして、それを私たちに配った。
「なくすなよー、1個500円だからなー」
そういって先生は、これで終わりとばかりに教室を出て行った。そして、授業までの空き時間に恋がこう言った。
「今週末にみんなで買い物に行こう」
と。
経緯はこんなところだ。しかし、今現在周りを見ると人がほとんどいない。いや、ほとんどというか全くと言ってもいいくらいだった。
「らいらちゃん、どうしたのきょろきょろして」
里羅が気になったようで声をかけてくる。
「人いないなーって思って…」
そういうと、里羅は納得したように言った。
「ああ、今日はここ、貸切だよ。恋の特権でね」
「そうよー、好きなようにしていいからねー」
と恋が遠くから声をかける。あとあと里羅から詳しい話を聞いたところでは、恋は砂野コンサルティングという「揺籠から墓場まで」をコンセプトにした会社の社長令嬢ということらしい。恋自身もいくつかブランドをプロデュースしており、自分の会社も持っているらしい。
「あいかわらず、恋はすごいわぁ…」
「よくこんなことするよな…」
柚樹と都も感心したようなあきれたような声をあげた。そんな柚樹はボーダーのTシャツに青いパーカー、そして、デニムのパンツ、都はYシャツに黒のベスト、黒のパンツルックだった。後ろのほうで歩いているみっさんは、黒のシャツにグレーのカーディガン、濃い色のデニムのパンツだった。
「久しぶりにみんなででかけるねぇー」
「そうねー。なんだかんだ春休み中は忙しかったものね」
と夜宵と里羅。夜宵は黒いカットソーに黒いジャケット、デニムのパンツルックでなんともボーイッシュだ。里羅は逆にリボンブラウスにフレアスカートといかにも優等生な女の子っぽい。
「ホント久しぶりー」
「久しぶりねー」
夏希と真澄の松崎姉妹。夏希は淡い水色のカッターシャツに黒いジレ、黒いショートパンツ、逆に真澄はふんわりしたワンピースにグレーのジャケットと大人っぽい印象。
「みんな早く早くー」
そう言って無邪気に手を振っている恋は、白いカットソーに花柄のピンクのミニスカートとガーリーだ。そうやって眺めていると個性がでるなあとしみじみ。私は、白いカットソーに淡いブルーのカーディガン、そして濃い色のロングスカートである。私がロングスカートしか持っていないことをみんなに話したら、恋が張り切ってコーディネートをすると言い出したのだ。
みんなが追いつくとさっそく恋は適当にお店の中に入っていった。それはもううきうきとした足取りで。女性陣はそれに続いていく。男性陣は、お店を見てぎょっとした様子で立ち止まる。そこはランジェリーのお店だったから。
「あー、ごめん。男性陣ちょっと待っててねー。すぐ終わらせるー」
そう言ってひらひらと手を振る恋。まあここで買うのは下着というよりも部屋着に近いもの。そして数十分後、入ったときと同じような足取りで恋が店を出ていく。その両手には紙袋が2,3。
「男性陣、お待たせー。あ、みっさんこれらいらちゃんの持ってあげてー」
そういって、私の買ったものが入ってる紙袋を満に持たせる恋。
「恋っ。いいよ自分で持つよー」
「もうちょっと増えるから持っといてもらっていいのよー。らいらちゃんは門限もあるんだし、みっさんに送らせるから」
「えっ、いいよそんな申し訳ない」
そういって自分のものを受け取ろうとすると、みっさんがひょいと紙袋を持ち上げる。そしてそのままスタスタと歩いて行こうとする。
「み、みっさん。いいよ自分で持つよー」
「まだ買い物あるんだろ。持ってたら大変だから」
そういって、返そうとはしてくれないみっさん。そのうち私もあきらめてきて、素直にもってもらうことにした。気づくと都や柚樹もみんなの荷物を持っている。
「男性陣は基本荷物持ちだから気にせんでええよー」
と柚樹。さすがに慣れているらしく、当たり前のように夏希や真澄から紙袋を受け取っていた。都も恋と夜宵、里羅から荷物を受け取っている。
「さあて、もうちょっと回るよー」
そういってスタスタと恋が歩き出した。それについていくように私たちも歩き出すのであった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、私が帰らなければいけない時間になった。みんなに聞くと、割と自由なようだ。私の家が厳しいのかしら…。名残惜しくも思いながら、当初恋が言った通りみっさんに送ってもらうことになった。私は何度も断ったんだけど、恋と夜宵がそろそろ暗くなるから危ないって…。
「きょ、今日はありがとね、みっさん」
ほとんど会話のない帰り道。普段からあんまりしゃべらないみっさんは、実はちょっと苦手。場の空気がとても重い。
「別にいつものことだし」
「でも、結構買っちゃったし…」
結局私が買ったものはしめて6袋にもなっていた。服ばかりとはいえさすがに重いだろう。
「恋とかならもっと買うからそこまで重くない。一応俺の役割上鍛えてるし」
そう言うみっさんは制服のときとは違って、がっしりした感じに見えた。制服の時はなんというかこう、もっと高校生らしい感じ。
「役割…?」
「…ああ、まあ一応恋のボディーガードみたいなことやってるんだけどな」
すごく意外なことを聞いた。なんとなく無口な理由もわかった気がする。いや、それはもともとか。
「まあ恋の場合、誘拐とかあったところで相手が振り回されそうな気がするけどな」
そう言って苦笑するみっさん。無表情以外の顔を初めて見た気がした。すごくじっと見てたらしく、困ったように言うみっさん。
「あんまり見ないでくれるか。さすがにそう見つめられると困るんだけど」
「あ、ごめんなさい…」
そうしてまた沈黙。そうしてしばらくするとみっさんがこらえきれなくなったように笑った。
「お前面白いな」
「えっ、どこが!?」
「いや、雰囲気的に」
そういってひとしきり笑っているみっさんと一緒に歩いているとすぐに家は見えてきた。大きな日本家屋と道場が併設された家。私の祖父は道場主をしているのだ。
「ああ、やっぱりここだったか」
みっさんは私の家を知っているらしかった。というよりも道場を知っているようだった。
「そうか、だから恋がわざわざ送ってこいなんて言うわけか…」
どうも私の知らないところでなにやら密談が交わされていたらしい。そうして歩いている間に門の前につく。玄関を開けて少し歩くと母屋の玄関。
「ただいまー、おばあちゃん」
いつも通りの帰宅。いつも通りの返答。しかし今日は違った。
「おかえり、らいら。あら、そちらは?」
祖母は後ろにいるみっさんに気付いたようだった。
「ご無沙汰しております。宮東です、宮東満」
「ああ! ちょっと待ってね、おじいさん呼んでくるから」
祖母はすぐ気づいたらしく、祖父を呼びに部屋に戻っていった。するとすぐに祖父も現れる。
「おかえり、らいら。上がって着替えてきなさい。久しぶりだね、満君」
「ご無沙汰しております、お師匠」
私は二人が話しているのをしり目に自分の部屋に戻って着替えた。普段の部屋着は着物である。着替え終わって居間に戻ると、みっさんと祖父で何やら話していた。
「しかし、こんなちっさい子がこんなでかくなるとはな」
祖父が手で高さを示す。その高さは今の私の腰くらいだった。
「おじいちゃん、みっさん、はいお茶」
戻るときに淹れたお茶を二人の前に出す。
「ありがとうな。しかし、お前は覚えてないかの。ほら道場に通ってきては大人に負けず劣らずの覚えのよさを見せた…」
それを聞いて私は思い出した。小学生の時に夏休みにこっちに遊びにきていた時のこと。そのときから私も武術を教わっていたのだった。
「あ! あのときの!」
人一倍遅くまで残って祖父と練習に励んでいた少年。彼がみっさんだった。
「彼女が『清藤』って聞いてすぐわかりました。お師匠のお孫さんだって」
「まあここらじゃ珍しい名前だからな」
そう言って笑いあう二人。長年の師弟関係というものはなかなかにほほえましい。
「で、今はお嬢さんの護衛か」
「はい、そうです。おかげさまで」
「よいよい。さらに励むがよい」
そういってさらに笑みを深める祖父。
「すまないの、遅くなってしまったな」
「いえ、久しぶりにお会いできてうれしかったです」
「らいら、玄関先まで送ってやりなさい」
そう言って二人分の湯飲みを持って立ち上がる祖父。みっさんはすっと立ち上がった。
「あ、じゃあ玄関先まで」
そう言って先導するように歩く私。その後ろから声をかけられる。
「お師匠はお元気そうでなにより」
その声はうれしそうだった。
「まあ今でも元気に武術を教えてるよ。相変わらず厳しいけど」
そう言って苦笑する私。なんとなく懐かしい気持ちになった。
「…ありがとう。ここまででいいよ」
「そう? 今日はありがとうね」
「また休み明けに」
そう言って歩いていくみっさん。私は軽く手を振った。