16、文月7月 その4 夏祭り
夏の暑さも佳境に差し掛かった、7月末。そのちょっとだけ蒸し暑い夜。神社の赤い鳥居の前に数人の男の子たち。いくらか女性の視線を集めている。と、そこに下駄の音をカラカラと鳴らしながら数人の女の子たちが近づいてくる。
「ごめんなさい。おそくなっちゃって」
私がぺこりと頭を下げると、その後ろから恋がのんびりと歩きながら声をかける。
「らいらちゃーん、別にいいのよー。着替えるのに時間かかるのは仕方ないんだしー」
さすがに恋は歩き方が様になっている。その後ろで夜宵と夏希がおぼつかなそうに歩いている。里羅と真澄も慣れない様子だ。
「しかし、なんで男どもはそう情緒がないのかしら」
そういう恋は黒地にピンクの桜模様の浴衣。私は白地に青の水仙の浴衣だった。女子メンバーはみんな恋がデザインした浴衣を着ている。対する男子は、みんな普通の洋服。
「いや、まあめんどうだしな」
都がぽつりと言う。それが聞こえていたのか聞こえていないのか、恋がつぶやく。
「時間があったら男子のもデザインしようと思ったんだけどねぇ…」
どうも時間的に間に合わなかったらしい。そもそも、いろいろな仕事を終わらせたうえでこの浴衣のデザインをしたらしいとさっき着付けをしながら、恋本人から聞いた。今日のお祭りは私の家から近い神社で行われていて、着付けはおばあちゃんがしてくれたものだ。いつの間に覚えたのか、すごくいろいろな帯の結び方をしてくれた。
「しかし、似合ってるのう」
と、柚樹がおじさんくさいことを言い出す。都も黙ってうなずいている。
「柚樹、おっさんくさい」
と、よたよた歩いてきた夏希からバッサリきられる柚樹。その後ろでニコニコと笑う真澄と里羅。夜宵は追いついても一言もしゃべろうとしない。それ以前に下を向いたまま顔を上げようとしない。と、柚樹が何かに気付いたように視線を夜宵に向ける。
「結局それ、つけてきたんやな」
夜宵はめずらしく小ぶりな簪を持ってきていて、それをつけていた。ゆらゆら揺れる金魚のデザインだ。夜宵はさらに顔を俯ける。そんな柚樹と夜宵を見ながら、恋は何かをひらめいたかのように明るくなった。
「なになにどうしたの? なにかあったの!?」
その顔は興味津々といった感じで、周りを見ると、ほかの女子たちも同じような顔をしていた。
「ああ、先週な…」
「柚樹それは言わなくていい」
夜宵が口を開いて、柚樹の言葉を消す。その口調は有無言わせず、ほかの詮索をやめさせた。
「あー、はいはいわかったよ」
柚樹もにやりと笑って、その声にこたえる。
「それじゃあ、とりあえずお参りでもする?」
そういう里羅の言葉で、私たちは動きだした。
地元の小さなお祭りと言っても、そこそこ人は来るもので、左右をいろいろな出店が埋め尽くしていた。右には綿あめ、左には金魚掬い。恋と夜宵は物珍しそうにきょろきょろしていた。
「なにやってんだ恋」
見かねたみっさんが、恋の頭をはたく。恋はそんな中でもさらりとかわして、目をキラキラさせている。
「だって、こんなの初めて!」
そんな恋の様子に私と里羅で笑いあう。夏希はいまだにぞうりに慣れないのかひょこひょことおぼつかなく歩いている。
「おいおい、夏希大丈夫か?」
都が心配するように声をかける。しかし、夏希は聞こえていないのか返事ができないのか黙ったまま下を向いて歩いていた。
「夏希? 少し休む?」
さすがに危ないと思って私も声をかける。と、夏希は顔をあげてうなずいた。ぞうりは相当苦手らしい。私たちは、近くの池のほとりのベンチに陣取り、そこで一休みすることにした。
「まさかここまで苦手だったとはねぇ…」
夏希が申し訳なさそうにつぶやく。足をよく見ると、鼻緒の部分がかすかにすりむいていた。
「さすがにこれは痛いでしょ?」
「らいら、近くにコンビニあったよな?」
都がふと思いついたように、私に聞いてくる。
「うん、鳥居くぐって右行ってすぐ」
「ちょっと待ってろ」
そう言って駆けだす都。夏希はしょぼくれて俯いていた。
「なんかごめんねぇ。私のせいで…」
「やだなぁ。そんなこと言わないの」
恋が後ろからいつものように抱きつく。そしてそのまま夏希の頭を撫でだす。ふと、周りを見渡すと、みっさんの姿が見えない。
「あれ、みっさんは…?」
私のその言葉にそういえばというようにみんなできょろきょろあたりを見渡す。すると、屋台の並ぶ雑踏の中から、みっさんが何かを持ってきて戻ってきた。
「とりあえず事務局行って消毒とガーゼもらってきた」
どうも夏希の状態にいち早く気づいて事務局に行ってくれていたらしかった。そしてそのまま夏希の足元にしゃがみ込むと、傷口にガーゼを当てて消毒を始めた。
「みっさんそんなことまでやらなくていいよっ」
夏希が慌てたように声をあげる。それをお構いなしに黙々と手当をしていくみっさん。そうしていると都が走って戻ってきた。手にはコンビニの袋を持って。
「おーみっさん助かる。消毒液までコンビニになかったんだわ。とりあえずはい絆創膏」
そういってみっさんに手渡す都。みっさんはそれを手際よく貼っていく。
「みっさん、手際いいね…」
さすがに抵抗することをあきらめたのか、ぼんやり眺めていた夏希がつぶやく。その言葉にみっさんは顔をあげて答えた。
「昔っからどっかのお転婆がよく傷を作ってたからな」
そう言って恋のほうをちらりと見る。恋はうっとつまったように言葉をなくす。その姿が面白くて私は笑ってしまった。
「らいらちゃんひどいー」
「ごめんごめん」
そういっている間に絆創膏も貼り終えたみっさんが立ち上がる。
「少しは痛みがひいたと思うけど」
夏希はその言葉を聞いて、そろーっと草履を履くと立って軽く歩いて見せた。
「あ、ほんとだ。少しピリピリするけど楽」
そうやって飛んだり跳ねたりしている夏希を心配そうに見つめる真澄。
「まっちゃん、そんな顔しないでよー」
「だってー」
「まあまあ二人とも、さすがにこれ以上無理しちゃだめだから、はいこれ」
そう言って都が袋から出したのは、大量の花火だった。その色とりどりなものに女性陣は目を輝かせる。
「さすがにここじゃまずいからうちでやる?」
うちなら近いし、と私が言うと、みんなすぐに賛成してくれた。みっさんはすぐ追いつくと言って事務所の方へ駈け出して行った。私たちはみんなで私の家に。
「あらあら、早かったのねぇ」
帰るとおばあちゃんが驚いたように声をあげた。しかし、夏希の足を見て、都の手に持っているものを見て、すぐに納得したように「バケツ持っていくからお庭に行ってなさいな」と言ってくれた。
みんなを引き連れて庭に行くと、いつの間に準備されていたのか、しっかりとみんなが座れるようになっていた。
「らいらちゃんのおばあさまってエスパーか何か…?」
里羅がぽつりとつぶやく。その言葉にバケツを持ってきたおばあちゃんがうふふと笑ってごまかす。
「それじゃあ、おばあちゃんは何かいろいろ見繕ってくるから」
「ありがとう」
そう言って早くも水を用意して花火の外装を開けているみんなの元へ戻った。
私たちの夏休みはまだまだ始まったばかりです。