15、文月7月 その3 夜宵と柚樹と
梅雨も明け、夏の日差しが照りつける街中。多くの雑踏の中で、なぜか二人は遭遇した。
「おう」
「んあ」
柚樹の一声に、夜宵がぼんやりと反応する。そしてそのままスルーをしてさっさと歩き出す。
「いやいやいや待て待て」
柚樹は、その夜宵の行動に驚いて追いかけて腕をつかんだ。
「なあに? さっさと用事終わらせて帰りたいんだけど」
夜宵は迷惑そうにつぶやくと、柚樹の手を振りほどこうとする。柚樹は屈せずにぐんぐんと夜宵を引っ張って、近くの喫茶店に入った。
「まあまあ、たまの休みなんや。ゆっくりしいな」
夜宵はさも迷惑そうにしながら、メニューを見ている。頼む気はあるようだった。しばらく眺めた後、おもむろに手を上げて店員さんを呼ぶ。
「アイスコーヒースペシャルブレンドで」
「俺もそれよろしゅう」
そして柚樹が夜宵の方を見ると、夜宵はスマートフォンをいじっていた。いつも使っているブラックにブルーのグラデーションカバーが付いているもの。
「柚樹の奢りね」
「はいはい」
そういうとまた黙ってしまう。気まずい沈黙が二人の周囲に流れる。
「…それって、仕事のやつ?」
柚樹がおもむろに口を開く。
「こっちはプライベート。仕事のは家においてきた」
そう言うと、スマホを置いて柚樹を睨むように見る夜宵。そして、やれやれと言わんばかりに溜息をついた。その反応に苦笑いをする柚樹。
「まさか会うとは思わなかったよ」
「それはこっちのセリフや。めずらしいな、外でるのなんて」
それを聞くと夜宵は困ったような悔しそうな顔をした。そしてぽつりとつぶやく。
「どうしても今日中に必要なもんができたんだよ」
言ったあとにはっとして、取り繕うように柚樹に対して食って掛かる。
「そういう柚樹はどうしたのさ」
「ん、ただの買い物。というかウインドウショッピングと言うか」
「意外と女々しいんだな」
夜宵が反射的に悪態を返す。その言葉に柚樹はぐっと詰まったようになって、それから溜息をついた。
「目的のもんはなくはないんだけどな、なんとなーく買う気にならんかったんよ」
「へーえ」
他愛もない話をしていると、二人の元にコーヒーが運ばれてくる。店員さんはお辞儀をするとすぐに立ち去った。
「ここのはおいしいのを保証するで」
「ふーん。私、コーヒーにはうるさいよ。よく飲むから」
そう言って一口コーヒーに口を付ける夜宵。そして、驚いたように目を見張る。その反応にニヤッとする柚樹。
「確かにね」
「だろ」
夜宵がふわりと笑う。柚樹はその表情を見ながら、普通にそうやって笑えば可愛いんだろうけどなと思う。と、そんな気持ちが読まれたのか、夜宵にいぶかしげな眼で見られる。
「柚樹キモい」
「キモいとはなんだキモいとは」
そう言うと夜宵は笑って席を立つ。レシートはもちろんテーブルの上に置いたままだ。
「おいしかった。これはいい息抜き場所になりそう」
「たまに俺に遭遇するけどな」
「あ、それはちょっと勘弁」
そう言って夜宵はさっさと店を出て行こうとする。と、ふと思い立って立ち止まる。そのまま振り返ってのんびりと言った。
「暇なら、買い物付き合ってよ。用事ついでになんか買っていく気になったわ」
「はいはい、荷物持ちだな」
「わかってんじゃん」
そう言って夜宵はうきうきと歩き出す。柚樹と遭遇した時とは比べ物にならないほど明るく。その後ろを普段通りについていく柚樹。いつもの光景に戻っていた。
「とりあえず電器屋さんね。プライベートの外付けが容量なくなっちゃって」
「参考までに聞くけど、お前サイズ何使ってるんよ」
「16テラの特注。まあ今から頼んでもくるのとか2,3日あとだからとりあえず2テラ補充しとこうかと」
「それ、常人が使うサイズじゃねえぞ…」
「まあ、仕事用はもっとでかいけど」
それを聞いてなぜか落ち込む柚樹。夜宵はそんなのお構いなしにどんどん歩いていく。
「あと、今月末お祭りらしいからねー。なんか髪飾り買っておきたい…かなー…」
だんだんと声が小さくなっていく夜宵。普段、そういうことに気を使わない分、気恥ずかしさが増すのだろう。
「浴衣はいいんだ?」
「恋に相談したら、あっちで用意してくれるって」
相変わらず二人で暗躍しているようだった。おそらく、ほかのみんなにはまだ秘密なのだろう。
「それだけでいいんか? 何があっても付き合うで」
「そもそも必要な分のお金とちょっとしか持ってきてないからねー」
普段外にでない引きこもりな癖にこういうところはしっかりしている夜宵。いや、引きこもりだからこそ、必要最低限しか持たないのかもしれない。
「とりあえず電器屋か。ってこの時間混むのによう出てきたな」
「早めにほしくてね…。うーん、そしたら後にしようかな…」
「最優先事項はそっちやろ。ほい、手貸しぃ」
そう言って手を出す柚樹。夜宵は目を見開いて驚いたが、おずおずと手を差し出した。柚樹はその手をしっかり握るとニッコリ笑った。
「これではぐれない。大丈夫や」
夜宵はうつむいてぼそぼそとつぶやいていたが、しばらくして覚悟を決めたように顔を上げた。若干顔が赤くなっている。
「なんや、照れてんのか?」
「うっさい。早く行くよ」
そう言って早足で歩きだす夜宵。それに遅れを取らないように、同じテンポで歩く柚樹。そうやって歩いているうちに目的の場所についた。夜宵は迷わず目的の売り場へ。そして迷いもせずに商品の一つを手に取るとそのままレジへ。さすがに柚樹は手を離したが。会計を終えて戻ってくるさも当然のように手を差し出す夜宵。柚樹はびっくりしながらもその手を取る。
「慣れたな」
「さすがにね」
笑いあう二人。まだ太陽が高い時間に涼やかな風が流れた。