13、文月7月 その1 里羅と都と
暑い日が続くようになった7月初め。県立の図書館にて。
「ん」
「あ」
都と里羅は、遭遇した。
「あれ、里羅。どうしてここに…ってまあそれは愚問か」
里羅の手には大量の本の山。そしてかろうじてつまんでいる程度のB5サイズのレジュメの束。里羅自身はふらふらしながら、別の1冊に手を伸ばそうとしていた。
「んー、んー。あ、ちょっと待ってねこれ取ったら…」
しかし、どんなに手を伸ばしてもギリギリのところで届かない。都は見かねたのか、脇から手を伸ばして、里羅が取ろうとしていた分厚い1冊を手に取る。
「うわ、重。お前、こんな辞書みたいなのまで読むのか」
「んーん。それは研究用」
そう言って、さも乗せてと言わんばかりに本の山の頂上に目線を合わせる。都は溜息をつくと、その山から半分ほど本を取って、自分で抱え込んだ。
「んあ、ありがと」
「お前ホント気をつけろよー。ただでさえよくこけるんだから」
「失敬なー。さすがに本を持ってるときは気を付けているよ」
そう言ってスタスタと歩き出す里羅。そこは休憩場所となっている一角だ。
「いやぁ、日下氏の仕事が終わるまでに文献に目を通しておこうと思ったんだけど、さすがにこの量は厳しいね」
「何? 今度の共同研究?」
「あーうん、そう」
そう言いながら伸びをする里羅。今日は白い半そでのブラウスにプリーツスカートだった。
「日下…って、あの新鋭のか? ここに勤めてたんだな」
「まあ非常勤らしいんだけどね。今回はあちらからお声がかかりましてね、まあ何も抱えてなかったしテストも終わったしで引き受けたわけよ」
「お前も時々人のこと言えないくらい無茶するよなぁ」
都が苦笑する。里羅もクスリと笑ってぼんやりと言った。
「まあちょっとおもしろい話だから受けたんだよねぇ」
その言葉に都は笑って、納得したようにうなずいた。
「あー、わかるわそれ。俺もそうだもん」
「でも最近は相賀さんとやってるんでしょ? 進歩はどうなのよ」
「なかなか、かなー。面白いっちゃ面白いんだけど、相賀さんは結構頑固なとこがあってね」
笑いながらも楽しそうに言う都。その手には先ほど取った厚い本がある。
「これ、枕草子? 研究内容なんなの?」
「枕草子における平安女性の美的概念」
「あーそれは面白そうだわ」
そう言って都は立つと、何かを催促するように里羅に手を出す。里羅が首をかしげていると都はひらひらと手を振りながら言った。
「あー、ほらそのレジュメ貸して。とりあえず今は空いてるし手伝うよ」
「わーい、助かるー。ありがとー」
そう言って里羅が手渡したレジュメを見て、またも驚く都。そして、里羅の手元を見ると、自分が持っているものより多い量のレジュメが。
「さすがに多くないか…?」
「うーん、メールで指定されたのにプラスして、自分で追加したのもあるからねぇ」
「あんまり根詰めすぎんなよ。荒れたお前は怖いんだから…」
そう言って、2階に上がっていく都。2階にはさらに多くの専門書が置かれている。そこから、レジュメにあるものを見つけ出しては、里羅が積んだ本の近くに置いていく。
「しかし、こんな量よく読めるな」
「うん、訓練したしね」
「俺はフィールドワークの方が得意だしな。ほんとそこは感服だわ」
そう言いながらパラパラと持ってきた本をめくる都。しかし、それも顔をしかめてすぐにやめてしまう。里羅もパラパラと内容を見ては、いくつかの山に分ける。
「しかし、日下さんはいつくるんだ?」
「ん? あーそろそろだと思うけど」
そうしていると、カウンターの奥の方から、細身ののんびりした雰囲気の人が出てきて里羅と都に近づいてくる。
「待たせてすまないね、神崎さん」
「いいえ、こちらの都合に合わせてしまってすみません」
「いやいや、学生なのはわかってるから余裕のあるこちらが合わせるのが当然だ。して、そちらは」
日下は、都の方を向く。
「私のクラスメイトです。偶然会ったので資料収集を手伝ってもらってたんです」
「どうも、初めまして」
日下は、都をしげしげと眺めると、思い出したように手を打った。
「どっかで見たことあるなと思ったら、君はあれか。考古学研究の…」
「考古学っていうか日本史全般なんですけどね…」
「ああ、すまない…。どうも本職以外はなかなか半端にしか覚えないものでね」
そう言いながら頭を掻いて苦笑する。里羅はクスクス笑いながら、都の肩を叩いていた。都も溜息をついてあきらめたようだ。
「しかし、私が頼んだ資料はこんなに多かったかな?」
日下が本の山を見て、つぶやく。
「あ、私が追加した分もあります。まだ全部じゃないですけど…」
「いや、いや、もう十分なくらいだ。しかし、君のクラスメイトはなかなか優秀なようだね」
都の方を見てニヤニヤする日下。そっぽを向く都。
「まあそんなにいじめないであげてくださいね」
里羅はそんな二人を眺めつつニコニコしている。
「そろそろ俺いいかな?」
都はいたたまれなくなったのか、わたわたと帰る仕度を始めた。のんびりと眺めていた里羅もまた本に向かい始めた頃合いだ。
「ん、ありがとね。助かった」
「すまないね。君の頑張ってくれた分までいいものにしてみせるよ」
「あんまりこいつに無理させないでくださいね」
まあしばらくはふらふらだからフォローはいるかな、と誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいて、都は立ち去った。
「さて、神崎さん。今のあなたの解釈を教えてくれるかな」
「そうですね…」
後に残った二人の交わす言葉があとに小さく残った。