12、水無月6月 その4 過去に
だんだんと暑くなってきた、ある朝のことだった。いつも通りの時間に家を出ると、そこには黒塗りの車が。なんだろうと思って首をかしげていると、窓が開いて中から顔を出したのは、恋だった。
「おはよー、らいらちゃん。さっそくで悪いんだけど、車に乗ってくれるー?」
私は訳が分からず、でもドライバーさんがドアを開けてくれたので乗ってしまった。車のなかには、もうほとんどいつものメンバーがそろっていた。
「ごめんねーらいらちゃん。恋がいきなり来ちゃって…」
そういう里羅。しかし彼女はいつものことのように慣れているらしかった。都が不機嫌そうに横を向いたまま言う。
「ていうかこれ、俺んちの車なんだけど…」
話を聞くに、朝一6時に電話がかかってきて、車を出してくれと言われたらしい。ドライバーさんは都が研究するときの助手さんだそうだ。
「まあまあ気にしないでよー。ほらほら目的地へー」
そういう恋はのんびりティーカップを傾けて紅茶を飲んでいた。何かと様になる。
「…これで、学校行くの?」
そう聞くと恋はニヤリと笑って、答えてくれた。
「これから行くのは陸上競技場よ」
都と柚樹はまたかという顔をした。夜宵は車の中でもおかまいなしに寝ている。
「陸上競技場…?」
「そうよ! 夏希の応援に行くの!」
私には話が全く見えなかった。確か今日は、夏希も真澄も公欠を取っていたはずだけども。
「今日は大会があるのよ。夏希はそこに出場してるからね。真澄は吹奏楽部の応援部隊」
里羅が追って説明してくれる。恋曰く、私たちもそこへ向かうことになるらしい。
「…って、学校は?」
「ん? 休みになるわねー」
恋はのんびりと言う。まるで気にしていない様子だ。そこはみんなも了解しているのかあきらめているのか、互いにうなずいていた。
「まあ欠席届は出してあるし大丈夫よー」
なんと手回しのいいことか。おそらく前々から考えてはいたようだった。
「事前に教えてくれればよかったのに…」
「まあそれだとサプライズの意味はないからねー」
唖然とする私にあきらめろと言わんばかりに里羅がため息をついた。恋の暴走癖は相変わらずのようだった。
「でも、なんで夏希ってスポーツ科のクラスじゃないの? 夏希ならそっちでも十分だと思うんだけど…」
私がふとした疑問を口にすると、里羅がしっかりと答えてくれた。
「あー、松崎姉妹は中等部からこの学校に在籍しているんだけど、中学時代は真澄の留学に付き合って一緒に留学してたのね。ほら、外国って日本より授業内容が高度じゃない? だから、こっちのG組に編入したってわけよ」
どうりで英語の発音も綺麗だったわけだ。学力に見合ったクラスというわけだ。
「まあスポーツ科ってスポーツ推薦で入ってくる人ばかりだから、エスカレーターではいることってあんまりないんだけどね」
「なんか…、大変なんだね…」
実は私自身がここに編入した理由はわかっていない。いきなりおばあちゃんから言われて、いきなり編入という話になったからだ。
「まあだいたいが幼等部とか初等部、中等部からのエスカレーターだし、そこまで大変っていうこともなかったなぁ」
それでも秀才クラスといわれるG組に入るのは大変だったはずだ。そう聞いても里羅は言葉を濁しつつ、はっきりとは答えてくれない。
「らいらちゃんはもしかして自分がなんで編入したのかわかってない?」
恋が核心をついてくる。実際今でもここにいていいのか不安になることがある。
「まあそんな不安そうな顔するなや。だいだいうちの学校特有の制度が関係しとるんだろからな」
そういう柚樹はのんびりと言ってくる。
「制度…?」
「うん、そう。うちの学校にはスカウト制度っていうのがあるんだよ」
里羅が引き継ぐように答える。都が同調するように頷く。
「俺と夜宵はスカウトを経て高等部からG組に入学したんだよ」
「きっとらいらちゃんもスカウトだろうねー。でも2年ってすごく微妙な時期なんだけどだれから推薦受けたんだろう…」
「まあとにかくすごいことだって覚えておけばいいと思うよ」
とのんびり話し込んでいると、車が停止した。気づかなかったけれど、どうも目的地についたようだった。都がさっさと降りてドライバーさんの元へ行く。
「相賀さんすみません、朝早くに無茶に付き合ってもらって」
「いえいえ、そろそろ恋御嬢さんの無茶には慣れました」
相賀さんと呼ばれた人はニッコリ笑って言った。どうも恋のこのテの無茶はよくあることらしい。
「相賀さん今回もありがとうございました」
「また帰りもよろしくお願いしますね」
里羅と恋が丁寧に頭を下げる。無茶を言っても礼儀を忘れてはいないらしい。そして、里羅がもう1度車に入ると今度は夜宵を連れて出てきた。ものすごく眠そうにしている。
「相変わらずやなぁ、夜宵」
「んー、ん。仕方ない…」
放っておくとそのまままた寝そうなほどふらりふらりしている夜宵を支えつつ、競技場の中へ入っていく。目的は夏希の元。恋がすでに車の中で夏希と連絡を取っているらしい。
「あ、おーいみんなー」
遠くに見えるのは夏希のしっぽのような髪の毛。走りやすいようにしているらしい。そのまま駆けてきて私たちの前で止まる。
「わざわざありがとねー。しかし、先生に怒られなかったー?」
「んー、大丈夫よ大丈夫。1日くらいねー」
そう言って呑気に笑う恋。夏希はあきれたように溜息をつく。
「まああんまりみんなに無理させないようにね。んじゃ、私ストレッチの途中だからー」
そう言って駆けていく夏希。その後ろ姿を見送ると私たちもスタンドの方へ移動した。下段の方では高校の吹奏楽部らしき人たちがたくさんいる。
「真澄はさすがに探しづらいわね…」
そう言いつつも探す。しかし広さと人数の多さで見つかるはずもなく、競技がはじまる。私たちの学校はスポーツでも名門らしく、いろいろな人が入賞と言う結果をおさめていた。それは夏希も違わず、綺麗なフォームの走りでトップを独走していた。
翌日、1位という賞状を持って夏希が学校に来たことは言うまでもなかった。