11、水無月6月 その3 結果その後
「いいかー、先週のテスト返すぞー」
テストが明けて、1週間たって今日。先生の手元にはたくさんの紙の束。全教科クラス全員分のテスト用紙が用意されていた。
「あー、そうそう数学は担当の先生があまりにも点数が悪くて反省する並みに難しかったらしいからなー。まあ決まり通り補習はやるけどなー」
先生の声が非情に響く。周りの生徒は顔を青ざめたり赤らめたり様々な表情をしていた。
「とりあえず名簿順に取りにこーい。あ、補習のやつはこっちのプリントも渡すからなー」
そう言って一人一人にテストを返していく先生。名簿的には私の前は恋なんだけど…。
「…っく」
恋がものすごく苦々しい顔をしている。どうしたんだろう…。と心配になって声をかけようとすると、いきなり振り向いてテスト用紙を見せてきた。その数字は69点。数学のテストだった。
「あらあら、やっぱり落ちたのねー」
里羅がのんびりという。昼休みになってみんなでお昼を食べながらのことだ。
「だから言ったやろ。真面目にやっときゃいいって」
そういう柚樹は余裕そうに数学のテストを振る。彼の点数は99点。もう1点は解き方を忘れて違う解き方をしたがためのマイナス点らしい。ほかのみんなもバラバラだけどもなんとか補習は免れていた。
「えー、私だけかー」
恋はがっかりしたように肩を落とした。その肩をポンとたたく松崎姉妹。
「大丈夫」
「私たちも古典は補習だからー」
松崎姉妹は頑張り空しく、古典の補習が決まっていた。それはもう決定的に。里羅が点数を聞いた後で、さんざん私が教えたのにと怒っていた。
「みっさんは今回もうちらの中じゃトップでしょー」
と、夜宵がみっさんに絡む。みっさんは無言でテストを見せる。すべてのテスト用紙に85点以上の数字が書かれていた。
「まあ、今回は俺じゃないがな」
そういうと私の方を指さしてきた。私はびくっとするとおそるおそるテスト用紙をみんなに見えるように差し出した。全部90点以上の文句のつけようがないテスト用紙。それは私のものだった。
「らいらちゃんって頭いいのねー」
「らいらの場合は努力型だろー」
「あー確かにらいらちゃんってこういうとこまじめそう」
私が反応に困って戸惑っていると、里羅が助け船を出してくれた。
「ほらほら、らいらちゃん困ってるでしょ。はい、もうこの話はおしまい」
そう言って私に向かって小さくウインクする。どうも私の事情を察してくれたようだった。
「とりあえず3人はこの3日間の補習をちゃんとやってきなさいよー」
そこはさすが委員長。まとめるところはまとめてくれる。そうしておしゃべりしていると昼休みも早く終わってしまう感じがして。
「どうした、らいら? ぼーっとして」
都が顔を覗き込んでくる。どうも気づかないうちにぼーっと考え込んでいたようだった。
「ううん、なんでもないよ」
「ならいいんだけど、さすがにテスト疲れたか?」
「うーん、そうかも」
私が小さく笑うと、都も笑った。そのまま自分の席に戻っていくとテキストを取り出す。私も次の授業の準備を始めた。
放課後、久しぶりに図書館に行くと、里羅が古典文学の棚で真剣に何かを探していた。その手にはすでに分厚い本が数冊。片手で楽々と抱えているのが信じられないほどだ。
「里羅、何探しているの?」
私は近づいて小声で声をかけた。里羅は驚いたような顔をして、同じように小声で答えた。
「ちょっと研究資料をね…。確かこっちにもあった気がしたんだけど…」
そういって結構な速さで本棚を追っていく。しかしどうも見つからないようで何度も同じところを行ったり来たりしている。
「んー、先生に言って大学図書館から取り寄せてもらうかー」
そう言うと空いている席に腰を下ろして、ぱらぱらと手に持っていた本を眺めはじめた。本を眺めつつも会話はできるらしい。
「らいらちゃんがここくるなんて珍しいねー」
「うん、テスト終わったし、なにかゆっくり読みたいなーって思って」
「そっかー。あ、じゃあちょっと待ってて」
そう言うと里羅は立ち上がって、物語の多い棚の向こうへ消えた。と思っているとすぐに戻ってきた。手には1冊の本。
「これ、おもしろいから読んでみてよ」
手渡されたのは青い表紙が綺麗な1冊だった。どうも見た感じ恋愛ものっぽい。
「あ、里羅。ここにいたのか」
ふと気づくと都が近くにいた。手には厚い1冊を持って。
「それ、私がほしかった資料」
「悪い。今日返すつもりだったんだけどすっかり遅くなった」
「研究内容がここまでかぶらなければ、こう資料で困ることはないんだけどな、ここ」
「まあ、今回は仕方ないよー。一種の共同研究みたいなものだし」
私がポカンと聞いていると、里羅が説明してくれた。
「あー、私と都は一応研究者みたいなこともやってるわけでね。今回の私のとこの研究と都のとこの研究が似たか寄ったかでいっそのこと共同しようかって」
よくよく見ると里羅の積み上げた本はすべて古典文学の原本の模写だった。
「相変わらず超人レベルでそれ読めるんだな…」
都も感心したようにつぶやく。里羅は何事もない様子で都に言い返す。
「そういうあんただって、日本史知識は豊富じゃない。同じようなものよ」
そう言ってメガネを直すと、また本に向かい合っていた。今度は没頭しているらしく、私のほうに見向きもしない。
「あ、これは声かけない方がいいよ。こうなったら閉館か分析が終わるまでこいつここから動かないもん。そろそろ補習も終わるころだし、せっかくだから教室で迎えてあげようか」
というのでお言葉に甘えることにした。カウンターで貸出手続きをすませると、図書室を出た。教室はすぐ隣なので大した距離も歩かず教室につく。そこには補習組以外のみんながいた。
「あれー、里羅はー?」
夜宵が顔をあげて気づく。私が里羅が図書室にいることを伝えると、納得したようにまた机に突っ伏した。またずいぶんと眠いようだった。
「相変わらず里羅も熱心やなー」
そういう柚樹もメガネをかけてノートを開いている。こっちもこっちで何か勉強をしているらしい。ノートをのぞこうとするとパタンと閉じられた。
「あー、これは見ても面白いもんじゃないからやめときー」
そういってメガネをはずしている姿は、いつもの柚樹だった。みっさんは、机に座って本を読んでいる。手のひらサイズの文庫本だった。と、そこへガラッと教室の扉が開いてそのまま駆けてくる足音。そして私の背中にいきなり衝撃がきた。
「うわーん。疲れたよー」
恋が私の背中にダイブしてきたのだった。私は支えきれずにバランスを崩す。と、腕を取られて引き上げられる。そして放されたかと思うとその手が後ろの恋に伸びた。
「いったーい。みっさん何すんのー」
どうもみっさんが恋の頭を軽く叩いたようだった。
「さすがに危ないだろ」
「ごめん、らいらちゃん」
恋もさすがに危なかったと思ったらしく素直に謝ってきた。
「大丈夫だよ。なんにもけがはないし…」
「たまにはお前も怒れよ。ちっさいんだから恋に飛びつかれるとバランス崩しやすいんだし」
みっさんの言葉は私の地雷に若干ヒットした。身長低いのはちょっとだけ気にしているんだけど…。
「…あー、悪い」
どうも顔に出ていたらしく、みっさんがすぐに気づいて謝る。なんか今日はみんなから謝られてばっかりだ。
「とにかくお疲れ、恋」
「うん、疲れたー」
教室に松崎姉妹も戻ってくる。なんだか夏希はやつれたような顔をしていた。
「G組だからって難易度あげすぎなんだよー」
「まあまあなっちゃん、仕方ないよー」
真澄はのんびりと夏希に声をかけている。
「二人もお疲れー」
「おーう、ただいまー」
「ありがとねー」
そしてまた、のんびりした日常に戻っていく。