10、水無月6月 その2 本番
そしてむかえたテスト当日。いつものように、そしていつもよりたくさんみんなと勉強したからなのか、少しだけ余裕があった朝だった。
「あーもう、最後の最後までここんとこわかんなかったぁ」
そう言う恋が見ているのは数学の問題集の最終ページ。そこは最終的な応用問題の書かれた場所で、私も理解するのがやっとやっとだった。
「まあ、あとはなるようになるしかないでしょ」
里羅はのんびりと数学の公式の確認をしている。
「これ、70点いかなかったら」
「私たち補習だもんねぇ」
松崎姉妹も最終確認として、問題集を眺めている。私たちのクラスは、特別クラスなため、点数も厳しくされている。もちろんほかのクラスよりも難易度を上げたうえでだ。
「やることはやったんだ。間違っても仕方ないさ」
柚樹は余裕そうにぼんやりしている。その隣で都が最終確認として、柚樹に聞いてたりする。少し離れたところではみっさんが同じように問題集を開いていた。
「相変わらず、夜宵は余裕そうだねぇ…」
ふと見てみると、自分の席ですでにうたた寝している夜宵がいた。ちょうどいい感じに太陽の光が当たるところで、とても気持ちよさそうだ。
「まあ一応あの子はプログラマーだからね。これくらいの数学できなきゃだめじゃないの、ねえ専門家?」
そういう里羅の言葉は柚樹に向いていた。柚樹は呆れたように答えた。
「あーまあ必要っちゃ必要やろなぁ。俺と夜宵じゃ専門が違うからようわからんけどな」
柚樹は数学を専門としたタイプ。夜宵はどちらかというとプログラム系統。数学としては似ているかもしれないけれど、かなり違うタイプらしい。私には説明されてもよくわからなかったのだけど。
「どーせ柚樹も楽勝なんでしょー」
恋がふてくされたように声をあげる。本当に数学が苦手なようだ。
「私の得意は英語だもーん。言語系だもーん」
「ほらほら、恋。私だって専門は古典よ。だからこうやってやってるんじゃない」
里羅がなだめにかかる。里羅は古典の博士号を取得しており、たまーに大学部の方に行っては、古典文学の口語と読解をしているそうだ。里羅に言わせると、昔の人たちの情緒は面白いそうだ。
「みっさんは結構万能だよねー」
そう言って恋が視線を向けると、みっさんは目をそらす。
「恋―。そろそろあきらめたらー」
「人間諦めが肝心だよぅ」
松崎姉妹がのんびりと声をかけてくる。すでにテスト開始5分前になっていた。
「はい、じゃあここまで」
その声を聞いて一息つく。1日でテストを全部終わらせるのが、この学校というかこのクラスの決まりらしい。科目数も基本5教科くらいなものだし。
「やーっと終わったー」
恋が机に突っ伏す。相当お疲れなようだ。夜宵は自分の席で突っ伏して寝ている。夜宵より後ろの方にいた私は気づいたが、彼女はテストのほとんどを寝て過ごしていた。しかし、最初の方には起きて問題に取り組んでいた。いったいどんな速さであれを解いたのだろう…?
「みんな、おつかれー」
そういう里羅も少し疲れた様子。里羅は、テスト日であっても学級委員としての仕事があったからだ。
「なんや、恋。めずらしく撃沈しとるなぁ」
柚樹が伸びをしながら、声をかける。そのまま軽いストレッチをしている。
「さすがにこの密集したテスト時間は疲れるな」
都も疲れ果てたように一息ついた。
「やー大変だった」
「大変だったぁ」
松崎姉妹も疲れているようだった。しかし、急ぎの用事でもあるのか、早々に帰り支度を始めている。
「あ、夏希は部活かー。もうそろそろ大会だもんなー」
6月末には高校体育大会が控えている。夏希は陸上部として、出場するのだ。ほかにもいろいろな部から助っ人を頼まれたらしいが、すべて断っていた。
「まぁ、なっちゃんはこの時期忙しいよねぇ」
真澄ものんびりと答える。
「まっちゃんだって、夏休みにコンクールあるでしょ。そろそろ本格的に打ちこまなきゃ」
真澄は吹奏楽部でフルートをしているらしい。たまに指揮も振っているらしい。
「あー、まあ選曲と楽譜作成は先生にまかせてるからなー。そろそろかなー」
そういいながらスコアブックを取り出す。見てみるとたくさん書きこまれた跡が。
「んー、一応これかこれなんだろうけど。指揮振るんだったらこっちがいいかなー」
そういって見せてきた曲は私が知らないようなクラシック。かろうじてクラシックとわかる程度のもの。
「今回は難易度高いわねー…」
恋がぽつりとつぶやく。さすがにいいとこのお嬢さまらしく、音楽に関してはそこそこわかるらしい。
「まあ、芸術科が今年は多いからねー」
芸術科とは、晴光学院にある学科の一つでA組にあたる。だいたいが芸術推薦で入ってきた子で、美術や音楽など多岐にわたっている。パンフレットの受け売りだけども。
「都だってそろそろ大会じゃないの?」
里羅が都に声をかける。都を頭をかいて答えた。
「とりあえず明日から。今日はテストだしってことでお休み」
「いいねぇ。私のとこなんかもう今日から走り込み。こっちもスポーツ科多いからねぇ」
スポーツ科も晴光学院の学科の一つ。こっちはB組。松崎姉妹はどちらも特別学科に悩まされているらしい。でもなんかいきいきしている。
「まあ走るのも好きだからいいんだけどねー」
「私も音楽はずーっと好きだから」
好きこそものの上手なれらしい。マイペースな二人だからこそだ。
「私は部活来週からだしなぁ」
そういう恋は茶道部所属。礼儀作法を身につけなさいということで、親に言われたらしい。時々の突飛抜けたことさえなければ、十分作法は身についていると思うのだけど。
「みんな忙しそうなんだね…」
ぽつりとつぶやくと、恋が頭を撫でてきた。すごくいい笑顔で。
「忙しいけど楽しいからいいのよー」
そういうと手を離して、ニッコリ笑った。
その空気はテスト明けの安堵と日常の温かみが混じっていた。