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 今日の予定は終業式だけだったため午前中で学校は終わった。だけど親の出張の準備が何も終わってないためカラオケに誘われたのを断り、慌ただしく家へと帰ってきたら鬼がいた。

 玄関を開けたら仁王立ちした鬼……じゃない、みぃちゃんが玄関に背を向けて立っている。

 背中まである染めていない綺麗な髪をかき上げて、お袋と親父に喝を飛ばしている姿はいつ見ても凛々しくてかっこいいけど、今日は平日だし仕事はどうしたんだろ?

「あ、緑お帰り」

 不思議に思いその後ろ姿を見つめていると、玄関が開いた音に気が付いたのかみぃちゃんが後ろを振り返った。振り返った時見た表情は少し怒ったものだったけど、目が合うと笑って出迎えてくれる。

「えっと、ただいま。でも何でみぃちゃんが家にいんの?」

 靴を脱ぎながらそう聞いてみると、今まで纏っていた不機嫌さが嘘のように優しく話に付き合ってくれる。

「ん? 今日は元々有給取って休みにしてたのよ。二人が揃って出張だって言うし、二人揃って長期出張なんてなかったでしょ? だから最初の日くらいはと思ってね。なのに心配になって早めに様子を見に来てみたら……」

 そこまで言うと視線を今なお準備のために両親が籠っているだろう階段下の少し先にある部屋を睨み付け始めた。

 その姿は今にも歯ぎしりしそうなくらいにはお怒りのオーラが漂いあまり見ることのない様子に少し引いてしまった。

 これはお袋と親父が何か失言でもしたな。何て思いつつ、そのままそこにいても仕方ないからとリビングでお茶をしようとみぃちゃんを誘った。

 昨日の今日で出張に行くと聞かされたから準備と伝達、見送りのために慌てて早く帰ってきたけどこの分なら俺が何かしなくても間に合うかと安心したからだ。

 俺から見て自分の道を好きなように生きているように見えるあの二人を、時には叱り時には喝をいれて動かすことが出来るのはみぃちゃんだけだと思っている。その手腕は本当に尊敬に値し任せておけば大丈夫だという安心感があるし、実の親である爺ちゃんと婆ちゃん達も同じようなこと言ってたから間違いないだろう。

「まったくあいつ等は本当に成長しないわね」

 ソファーに座って待っててもらい、キッチンでお湯を沸かしているとそんな呟きが聞こえてきた。

「みぃちゃん。今日の晩御飯だけど、家で食べてくの?」

「え? あ、そうね。緑の料理も久しぶりに食べたいけど、どうせあの二人を空港まで送ってったら遅くなるし、緑がいいなら今日は外で食べましょ」

「了解。あ、珈琲で良かったよね?」

「ふふ、いい匂いね。ありがとう」

 ソファーに座り身体を上半身だけ捻るようにしてこっちを見ていたみぃちゃんにカップを手渡すと嬉しそうにお礼を言ってくれる。

 みぃちゃんは珈琲が好きで中毒と言ってもいいくらいには情熱を注いでいる。

 だからなのか俺がまだ料理もしない頃から珈琲の淹れ方だけは懇切丁寧に指導してくれていた。俺が飲めたらなんでもいいと思い適当に入れると直ぐ違いに気が付いてまた一から懇切丁寧に指導をしてくれる。

 そう、教える時にみぃちゃんが怒ることは一切ないのだ。

 多分俺がその作業を嫌いにならないようにという配慮だとは思うんだけど、それくらい珈琲に情熱を注いでいるみぃちゃんの指導は淡々としている筈なのにとてつもなく熱い情熱を持っている。

 来る度来る度繰り返してた指導は気が付けば身体に習慣として染みつき、今ではその手順で淹れないと落ち着かないくらい俺も珈琲の淹れ方をマスターしてしまった。

 これもみぃちゃんの珈琲に掛ける情熱勝ちといえるかもしれない。

「緑は何か食べたいものある?」

「ん~。じゃあ、蒼がこの前テレビで出てたお子様ランチを見てすっごい食いついてたんで蒼が喜びそうなどっか美味しいとこってないですか?」

 みぃちゃんが座っているソファーの斜め横にある一人掛けソファーに座って自分の珈琲の香りを楽しみながらそういうとみぃちゃんは少し考えるそぶりをした。

 部屋の中が一瞬静かになったからかそれとも気が緩んだからからか、お袋と親父の部屋からドッタンバッタンと荷造りにまったく相応しくない音が微かに聞こえてくる。

「そうね……。じゃあ、くまの所はどう? あそこだったら予約しておけば何とかしてくれるでしょうし」

 お袋と親父が何をしているのか気にはなったけどせっかく入れた珈琲の一杯くらいは味を楽しみたい。そう思い、気が付かなかったことにしてみぃちゃんとの話を続けたら久しぶりの愛称を耳にした。

「あれ? でもくまさんって日本に帰ってきてるんですか? 半年くらい前に新しい料理を研究したいからちょっと旅に出るとか言って海外行ってましたよね」

 くまさん。その名前で思い出すのは名前の通りとても身体の大きい、お袋と親父の幼馴染の小父さん。

 暇なときには身体を鍛えていると豪語するだけあってその筋肉量は半端じゃないくらい凄くて、一度興味本位で蒼と俺を同時に持ち上げれるか聞いたら、軽々持ち上げられたうえまだまだ余裕がありそうだったパワフルな小父さんだ。

 身体がデカくて子供には怖がられてるけど、凄い優しい人でお袋と親父の幼馴染だけあってとにかくマイペースな人。

 ただよく一人でふらっとどっか行っちゃうからよくて一年に数回会えればいい方だもんな。

 元気にしてるかな。

「あら、知らなかったの? 一週間くらい前にふらっと帰ってきて昨日からまたお店再開するって連絡きたわよ。緑と蒼ちゃんのことも久しぶりに会いたいって言って連絡はしたって言ってたはずなんだけど……って、あの二人のことだから緑に話すのを綺麗に忘れてるわね。本当にあの二人はまったくもう」

 半年以上会ってないくまさんの事を懐かしく思い出しているうちにみぃちゃんの機嫌がどんどん下がっていっている。

「あ、そうだみぃちゃん。蒼のお迎え行かないといけないんですけど、家の親って何時の便に乗るのかって聞いてます? あんまり遅いと飛行機に間に合わないですよね?」

 みぃちゃんの愚痴が本格的に始まっちゃったけど、時計を見たらそろそろ蒼を保育園に迎えに行ってもいい時間だったため話を切り出したらみぃちゃんの動きが止まった。

「それも聞いてないの?」

「え? あ、うん。みぃちゃんも知ってるとおり家の親凄い抜けてるから出張の事も昨日の夜聞いたばっかりだし……」

「……そう。飛行機は確か六時ちょっと過ぎくらいの便だから、まだ三時にもなってないし二時間くらいは時間あるし蒼ちゃんとお散歩でもしながらゆっくり帰っておいで。私もちょっと沙希さきとおるにお話しすることが出来たから。ね?」

 にこにことした笑顔の筈なのに、目がまったく笑ってないみぃちゃん。疑問形の筈なのに命令に聞こえるって、まじ怖い。

「分かった。じゃあ明日っからの食材とか買ってくるから四時半くらいには帰るから、行ってきます」

「ふふ。気をつけて行ってらっしゃい」

 帰って来た時のままで鞄も片付けてなかったから財布だけ取りだし玄関に行くとその後ろをみぃちゃんもついてきて手を振ってくれた。見送ってくれる姿に手を振り家から出た瞬間両親の名を呼ぶみぃちゃんの怒声が聞こえてきた。

 何かお袋と親父の、悲鳴というか慌てた声が聞こえてきた気がするけど気にしないで蒼の保育園へと足を向ける。

 みぃちゃんは黙って立ってれば折れてしまいそうな雰囲気の大人な女性なのに中身が逞しく自分の身くらいは守れるようにと、くまさんに負けないくらい実践的に体を鍛えているパワフルな一面もある。

 そんなみぃちゃんのお仕置きは泣きたくなるくらい体に言い聞かせるスパルタなことを思い出し少しだけ両親に同情してしまった。

 うん。出張行く前だから少しは手加減してもらえたらいいね。



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