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 今から六年前、俺がまだ小学校に通ってた時代。それが俺が俺の天使と出会った最初の日だった。

 まだ朝が早かったからか病院の新生児室には他の家族の姿はなくて俺たち家族だけが新生児室の前を占領していた。

 その日は俺と親父が初めて病院に行った日で、ガラス窓の前で部屋の中を覗く俺の後ろで親父がお袋とイチャイチャし始めたのも気にせず俺は俺の妹らしい赤ん坊を目で探していた。

 小さいベットに寝かせられている赤ん坊の数は十人を超えていて、ベットに書かれている名前を順に目で追い、右から数えて五つ目に新垣あらがきの名前を見つけた。

 他に同じ苗字はないかと念のため確認したけど、そのベット以外に俺の家の苗字は書いてなかったからそれが俺の妹だと分かった。

 初めて見た妹の顔はお世辞にも可愛いとは思えなかった。皺くちゃで真っ赤かな顔。

 何が悲しいのか声の限り発せられる泣き声はガラス越しでも甲高く響いて来るように感じて、こんな珍妙な生き物が俺の妹だなんて少しも思うことが出来なかった。

 親父はお袋とイチャイチャすることに一段落したのか俺の後ろに立って妹の事を見てお袋と話していた。

 その内容が『可愛い』とか『君の目元にそっくりだ』とか俺のいないとこでやってくれと思うような内容で、その時の俺は早く帰ってゲームがしたいとしか考えてなかった。

 その後はお袋の体調の事も気にしてすぐに帰ったけど、、それ以来病院にお袋の見舞いに行くことはしなかった。

 初めての妹だと言う可愛くもない生き物の為に時間を使うのがもったいないと思ってしまったのだ。

 だから俺が妹と二度目に会ったのはお袋が退院して家に帰って来た時。その時も興味はなかったけどお袋が病院から帰ってきたことは素直に嬉しかったから玄関まで出迎えにいった。

 お袋の腕に抱かれ、白い布に巻かれたような赤ん坊。お袋は一度しか見舞いに来なかった事を何か言ってたけど俺はその赤ん坊に目が釘づけになって何も聞こえていなかった。

 初めて見た時は皺くちゃで、本当に人間なのかと疑った妹の顔が猿から人に進化してたんだから驚くなというほうが無理があるというのが俺の正直な感想だった。

 どうしたらあの皺くちゃの赤ら猿がぷっくらほっぺの人間に進化できるのか?

 その疑問が頭の中を駆け巡ってリビングに移動するお袋の後を気づけばふらふら付いて行っていた。

 リビングに用意されていたベビーベッドに寝かされた妹は安心しきった顔で寝ていて、お袋が離れたのを見計らってベビーベットに近づいてその小さな生き物を覗き込んだ俺は恐る恐る妹の頬を指で突いてみた。

 寝ているはずなのに俺が頬を突いた瞬間、何がそんなに嬉しいんだと思うくらい満面の笑みを浮かべた。次の瞬間すぐさっきまでの寝顔に戻ってしまったけど、その表情に心臓が一度大きな鼓動をあげた。

 その時の俺は情けないことに自分のその変化がなんなのか分からなくて、ただそのことに驚き慌てて自分の部屋へと逃げ帰っていた。

 その時お袋が何か言っていた気がするけど訳の分からない人生初の感情にパニックを起こしていた俺の耳にはまったく入ってこなくて、階段を駆け上がると自分の部屋のドアを勢いよく閉め部屋の中でその感情がなんなのかと自問自答を繰り返していた。

 だけどまだまだ子供だった俺はその感情の正体がわからなくてその日は過ぎてしまった。だけど、もともと一つの事にはまると満足するまで同じことをしてしまう俺はそれからの日々、時間の許す限り俺は妹の事を少し離れた場所から観察をしていた。

 何が楽しいのか腕をバタつかせてはしゃいでいる妹。

 お腹が空いたのか自分の手を無心に吸っている妹。

 何もないところを凝視するちょっと変わった妹。

 そんな妹の色々な表情を見てはいたけど、最初の接触以外俺が妹の傍に近寄ることはしなかった。

 そんな俺の姿にお袋も親父も呆れていたけど、あんな小さい生き物に近づいてもし何かあったらどうするんだという気持ちが強く、ただただ妹を少し離れた場所から観察する生活が数か月続いた。

 その時にはもう妹のことを可愛いと思い始めていたけど俺にはまだ自分の心の変化がよく分かっていなくて近づくことが出来ずにいたというのに、その様子を見ていたはずのお袋と親父が俺に妹の面倒を見るように言うと二人でどこかに出かけてしまった。

「じゃあ必要なことは全部書いてあるから後はお願いね~」

 なんて言ってお袋は親父の腕に抱き付いて玄関から出て行ってしまった。

 前から出かけるとは聞いてたけど、てっきり妹も連れていくものだと思っていた俺にとってはまったく初耳で、お袋と親父が出かけてしまうのを呆けて見送ってしまった。

 その状況を頭で理解できなかったけど、そんな俺の心情なんかお構いなしに事態が起こってしまい家に妹と二人残されてしまったことだけは分かった。

 妹を一人で放置するわけにもいかず、かといって妹を触ることもできない俺は妹がよく見えるソファーに座ってお袋と親父が帰ってくるのを気もそぞろに待っていた。

 一時間、二時間。

 どれだけ時間が経ったか分からないけど、今まですやすやと気持ちよさそうに寝ていたはずの妹が目を覚ましたかと思うと、見る見るうちにくしゃくしゃに歪めた真っ赤な顔で泣き始めた。

 それは仕方ないことだろう。赤ん坊である妹はお腹が空けば泣くわけで……。

 お袋が残したメモに妹のミルクはポットに入っているのを哺乳瓶に入れ替えてからあげろと書いてあったから指示に従って準備をした。

 妹が泣く声にただただ早く泣き止んでほしい一心でバタバタと用意をして妹のもとへ運んでいた。

 この後どうすればいいのか、お袋のやっていたことを必死に思い出し哺乳瓶をベビーベットに寝ている妹の口元へ持っていった。

 今まで火がついたように泣いていた妹は、俺が哺乳瓶を口元に近づけたらミルクの匂いが分かるったのか鼻をひくつかせたかと思ったら一心不乱にミルクを飲み始めた。

 今までこんな近くでゆっくり妹と触れ合ったことがなかったからおっかなびっくり妹の様子を窺っているとミルクを飲み終わった妹が満足そうに大きなゲップをした。

 手から哺乳瓶を離したからキッチンに哺乳瓶を片付けにいく。

 だけど寝ている妹の事が気になってすぐ戻るとお腹が膨れたからかご機嫌に笑って手をバタつかせていた。

 その姿をさっきと同じようにソファーに座って見守ろうとしたら今まで楽しそうに手をバタつかせて遊んでいた妹がふいに俺の方を見た。

 不思議そうな顔をして何か呟くように口をもごもご動かすと俺に向かって手を伸ばしてきた。

「あー」や「だー」など意味のなさない言葉を発し、無心に俺に手を伸ばしてくる妹。

 正直その時初めて妹の事を素直に可愛いと感じた。

 この小さい存在を守らないと。守りたい。そう思った。

 そしてその時やっと自分が妹に感じた胸騒ぎが何だったのか気が付いた。

『庇護欲』

 俺はこの小さい存在に笑っててもらいたい。泣く回数よりも笑う回数が上回るように見守っていきたい。

 そうはっきり感じた。

 笑っている妹を見て今こそスキンシップを図る絶好の機会かと思い、頬を触ろうと恐る恐る手を近づけると、動く俺の手に興味を持ったのかその手を妹がその小さな手で握りしめてきた。

 妹の手は小さすぎて人差し指しか握れてなかったけど、指を握ってきゃあきゃあと喜ぶ愛らしい妹の姿に俺の心が撃ち抜かれる派手な音を聞いた。

 そしてその時俺は誓った。

 こんなに可愛い妹を男がほっておくわけがない。

『妹に近づくやつが出てきたら必ず俺が品定めをしてやる!!』と。

 それが俺と妹のちゃんとした触れ合いの第一歩だった。

 俺はその時始めて『保護欲』という曖昧な感情を自覚した。




 俺が妹にデレデレに面倒を見ているその少し後、お袋と親父が帰ってきて俺の様子に顔を見合わせて笑っていた。

 後々聞いた話は一向に妹に近づこうとしない俺が少しでも交流をしてもらおうと思って計画をたてたらしい。

 もし俺が万が一にでも妹の面倒を見なくて何かあったらどうするんだと呆れて言ったら「あんたの事信じてるからそんな事心配しないわよ」と何でもない事のように言われ凄い照れ臭かったことを覚えている。



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