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レストピア  作者: 名残雪
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調査員奮闘記 三

 ミヤノ町は、周囲を山と森に囲まれた小さな町だ。

 主な産業は林業で、森に多くあるカシの木を建材などにも加工している。

 私達、遺跡調査員(サーチャー)の集団が宿泊しているのも、カシの木で造られた建物なのだが……。山小屋を大きくしたようなそれは、お世辞にも綺麗とは言いにくい。

 ただ、風が通り抜ける構造になっていて、屋内は意外と涼しく、熱帯夜続きの日でも寝るのには困っていなかった。元々、贅沢なんて望んでないし、ロゼと二人の個室にシャワーがついてるだけでも十分すぎる。




 食堂で夕食を済ませ、戻ってきた部屋の明かりをつけた私は、ベッドに座ったロゼの隣へ腰を下ろした。すでに交代で汗を流し終え、私は半袖のシャツとショートパンツ、ロゼは袖のない上着と薄いジーンズに着替えている。


 同じベッドの上で、私達は互いに身体を寄せ合う。

 私の指が肌に触れると、ロゼの唇から切なげな吐息が漏れた。

「ごめん、優しくするね」

 思ったより敏感な反応をされて謝った私に、

「大丈夫だ。さあ、クリスのしたいようにしてくれ」

 ロゼがそう言って、ふっと微笑んだ。

 ……ここはじっくり、慎重にいこう。

 簡素な金属製のベッドがギシギシと軋む。

 そんな中、指先に意識を集中していた私は、一旦ロゼから離れた。


「うん、もう塞がってるわ。新しいのに交換するけど、これ痛いでしょ?」

 ロゼの肩口に巻かれた包帯を解いた私は、怪我の具合を確認する。

「平気さ。クリスこそ、頭に傷などはないのか?」

「なんもないよ。私は頑丈だから、心配しないで」

 ロゼに答えて笑った時、部屋の扉がノックされた。

「――き、キッカよ。少しいいかしら?」

 同時に聞こえた声へ、

「キッカさん? どうぞ、開いてますよ」

 私はロゼの包帯を巻き直しながら応じた。


「お邪魔するわ」

 一言あって部屋に入ってきた、セクシーなへそ出しシャツに、スカートを合わせた姿のキッカさん。その用件も気になるが……。

「キッカさん、なんか顔赤いですけど、お酒でも飲んでます?」

 訪問の理由の前に、私はそう訊いてみた。

「ううん、飲んでない。今、包帯を替えていたのよね。私、勘違いしてた」

「勘違い?」

 私は返事を聞いて首を傾げる。

「……二人は恋人同士じゃないんだもの。ああっ、気にしないで」

「は、はぁ」

 恋人って単語が気になったが、私はよくわからないまま、慌てた様子のキッカさんに答えた。遺跡から帰る途中、私とロゼの関係は冗談だった事とかも話していたけど、一体なにを勘違いしたのか。


「ええっと、ちょうどいいタイミングだったわ」

 ぎこちなく笑ったキッカさんが、立ったままスカートのポケットより、小さな平たいガラスのケースを出した。

「これ、私が使ってる傷薬なんだけど、よかったら使ってみて」

 私は渡されたケースの蓋を取る。……と、中に白っぽい軟膏(なんこう)が見えて、香草のような匂いが鼻をかすめた。

「鎮痛や化膿止めに良くて、傷跡も残りにくい結構な妙薬なのよ」

「それは貴重な物を、すみません」

 お礼を言ったロゼに、キッカさんが数度、首を横に振った。

「いいのよ。女でこの仕事を選んだ以上、生傷が絶えないのは仕方ない。でも、乙女の柔肌を大切にするに越したことはないわ」

「うんにゃ、おっしゃる通りです」

 私は言って、薬を枕元に置き、横のロゼへ目を向ける。


「聞いてた? あんた、怪我とかに頓着(とんちゃく)しないところがあるから、気をつけなさいよ」

「……クリスを心配させていたのなら、謝ろう」

 真顔で言ったロゼを、私は半目で見据えた。

「私どうこうじゃなくて、あんた自身の為に気をつけろって言ってんの」

「あ、ああ。わかっている」

 曖昧な返事をしたロゼは、多分わかってない。


 ――クリスは初めてできた、私の大切な友人だ。


 以前、相棒に言われた言葉が頭をよぎった。

 私もロゼのことは大事に思っているけど、時々、好意が身に余る。

 出会った時から、価値観とかがちょいちょいずれてるのは変わらないな。

「クリスちゃんも、気をつけなさい」

 不意に聞こえた声の方を見ると、目の前にキッカさんがいた。


「ロゼちゃんの身長は、大体私と同じね。百七十センチ以上はあるでしょう?」

「はい。その通りですが……」

 キッカさんが、質問に応じたロゼから、私に視線を移してきた。

「クリスちゃんは、百六十そこそこ?」

「そうですね。って、きゃん!」

 答えた瞬間。キッカさんに腕やら太ももやら、身体のあちこちを手でまさぐられて悲鳴に近い声が出た。


「――な、な、なにするんですかッ」

 私はうずくまりつつ、顔を上げる。……と、驚いたように固まっているロゼの傍で、キッカさんが静かに笑った。

「しなやかで引き締まった身体ね。ただ、クリスちゃんはロゼちゃんよりも体格的に不利。そういう部分を心に留めておかないと、思わぬ怪我とかをしかねないわ」

 相手の指摘は正しくて、何も言えなくなる。

 言われなくたって、自分ではわかっているつもりだ。


 私は同年代の女性と比べて少し背が低い。瞬発力には自信があるけど、他の身体能力的なモノは、ほとんどロゼに敵わないだろう。

 でも、遺跡調査員(サーチャー)の資格に身長制限とかはないし、どんなに身体の小さい人だってやりようはある。大事なのは気合いと根性だ。


「まあ、クリスちゃんくらいの歳なら、まだ成長する可能性だってあるかもしれないわね。特に、胸はもうちょっとあった方がいいかしら」

「む、胸こそ関係ないでしょう! なんでも大ききゃいいってもんじゃないですッ」

 笑うキッカさんに今度は反論すると、我に返ったようなロゼが私を見た。

「キッカさん。胸も背も、クリスはこれくらいだからいいのです。今のうずくまった姿など、警戒している猫みたいでとても可愛い。引っかかれるかもしれないので、もう触ったらいけませんよ」

 きりっとした顔で、何を言うのかと思ったら……。

 相棒の発言に、私は力が抜けた。


「あ、確かに。ふわっとした髪の毛とか、つり目の気が強そうな顔とか、身体つきも含めて、クリスちゃん猫っぽい雰囲気があるわね。ちょっと両手を頭に当てて、ニャーって鳴いてみて?」

 模範演技のように、自分の頭に両手を当てたキッカさんが、私ににじり寄ってくる。

 さらに、ロゼが勢いよく頷いた。

「それは私も是非見てみたい。クリス、やってくれないか?」

「やらないわよ、バカ」

 二人の好き勝手な言葉に呆れたが、自分の体勢も良くないと理解し、

「今度触ったら、本当に引っかきますよ」

 私は言い放ってキッカさんを下がらせ、ベッドの縁に座り直す。

 笑いながらも大人しく従った相手は、対面のベッドに座って足を組んだ。


「貴方達、おもしろいわ。ねえ、教えてよ。二人とも、どうして遺跡調査員(サーチャー)をやってるの? 正直、なにか理由がなきゃ選ばない仕事でしょう?」

 その問いは、これまでキッカさん達に訊かれなかった事だ。

 ロゼはともかく、大した理由がない私は、話すのになんら抵抗も無い。

 だから、ひとまず、相棒より先に口を開いた。

「私は両親が遺跡調査員(サーチャー)だったんです。一人っ子だった私は、小さい頃からずっと仕事の話を聞かされてきました。そんな環境で育ったので、気づけば自然と、自分も将来は遺跡調査員(サーチャー)になろうって思ってたんです」

「今、ご両親は他のお仕事を?」

「いえ。七年前、私が十歳の時に、二人とも遺跡を調査中の事故で亡くなりました」

 私の答えに、キッカさんは沈黙した。

 けれど、その反応は予想済みで、「ごめんなさい」という言葉が続くこともわかっていた。だから――、

「気にしないでください」

 私はそう返して、笑った。

 遺跡調査員(サーチャー)という職業の死亡率が高いことは、先輩に言うまでもないだろう。


 国際機関である遺跡管理機構(ミスリル)は、古代文明(ババロン)の遺跡および遺物を管理し、人類文明の発展に寄与することを目的とした組織だ。その活動財源は、ソニア帝国を中心とした関係国の拠出金や、民間からの寄付などでまかなわれている。

 発見された古代文明(ババロン)の技術は、時に世の中の常識をひっくり返すようなモノも存在する為、それらを管理する遺跡管理機構(ミスリル)は、世界的にも大きな影響力を持つ。

 そうした巨大組織の末端構成員であり、世界各国の支部に所属して働いているのが私達、遺跡調査員(サーチャー)だ。


 遺跡調査員(サーチャー)って職業は、高めのお給料など、身分的にも中々安定している。しかし、傭兵程じゃないにしても、仕事には不慮の事故をはじめとした危険がつきもので、野生動物に襲われる今日みたいな事態は珍しくない。

 他にも理由はあるが、製造業や貿易が盛んで、それに関わる労働者の多いロングランドでは、遺跡調査員(サーチャー)のなり手が年々減っていた。工場とかで働いていれば普通に暮らせる国なので、それも当然だ。いくら給料がよくても、死んでしまったら元も子もない。


「――失礼だけれど、ご両親のお名前を伺ってもいいかしら? 七年前なら、私とジャスティンも仕事をしていたから、聞き覚えがあるかも」

 キッカさんの問い掛けに、私は思考を中断する。

「父はラルフ、母はアンナと言いました。ただ、二人ともカイントじゃなく、サイエン市にある事務所に所属していたので、知らないと思います」

「……そうだったの。ごめん、わからないわ」

 キッカさんは残念そうに言ったけど、別に仕方ないことだ。

 カイント州内にある事務所は一つじゃないし、自分と関わりのない昔の遺跡調査員(サーチャー)のことなど、有名人でもない限りわからないのが普通だろう。ある意味、うちの親も当てはまるが、有名なのは事故の方で、犠牲者の名前などはほぼ知られていなかった。


「両親は真面目でしたが、特に功績を残した遺跡調査員(サーチャー)ではありません。ただ、子供の頃から、遺跡調査員(サーチャー)になると言っていた私に、仕事の基礎を叩き込んでくれました。スタンバトンの扱い方を教えられた時とかは怪我もしたけど、おかげで、たくましくなれたと思っています」

「……クリスは、本当にたくましいよ。その強さに、私は救われたんだ」

 事実を淡々と喋った私に、ロゼがしみじみとした口調で言ってきた。

 相変わらず過大評価だ、と思いつつ、私は話を続ける。


「私が十歳の時。そんな両親が何時ものように仕事で家を空けて、二度と帰ってきませんでした。事故に遭って死んだと聞いた時は悲しんだけど、運が悪ければそういうこともある仕事だと聞かされていたので、現実を受け入れるのに苦労はしなかった。親戚などもいなかった私は色々あって、ラバー市の孤児院に引き取られました。それから学校を卒業した後、自分の興味があった遺跡調査員(サーチャー)になったんです」


 私が語り終えると、

遺跡調査員(サーチャー)の両親を持つ子って、大変よね」

 そう呟いて、キッカさんは溜息をついた。

 きっと、ジャスティンさんとの将来を考えているのだろう。

 昔、とある遺跡の調査で一緒になって互いに一目惚れしたこととか、二人にまだ子供がいないことは、以前から聞いていた。

「クリスちゃんは、ご両親の遺志を立派に継いでるわけか」

「え? 違いますよ」

 偉いとでも思ってそうなキッカさんの言葉を、私は素早く否定した。

「もちろん、親の影響はあります。でも、言った通り。私が遺跡調査員(サーチャー)をやっているのは自分の興味があるからです」

「そ、そうなの?」

 訊いてきたキッカさんに、きっぱりと頷く。


「私は遺跡調査員(サーチャー)が人の役に立つ、文明の発展にさえ貢献できる素晴らしい仕事だと思っています。そして、何時か歴史に残るような遺跡や遺物(レリック)を発見したいと夢見てもいる。ただ、それは全部自分の意志で、親の遺志を継ごなんて気はひとっつもありません」

 断言した私に対し、キッカさんが感心したような声を発した。

「なるほど、クリスちゃんの話はわかったわ。それで、ロゼちゃんは?」

 指名された相棒が、明らかな作り笑いを浮かべた。

 さて、どうすんだ。

「私の両親は健在です。家族は他に兄達がいて、自分は末娘に当たる。(みな)は会社員ですけれど、亡くなった曾祖父がクリスの親と同じく遺跡調査員(サーチャー)でした。有名な方ではありませんが、私はその人に憧れを持っていて、自分も遺跡調査員(サーチャー)になりたいと思ったんです」

「ふむ。それで、実際になったってことね」

 キッカさんは納得したらしいが……。

 今の説明がこの手の質問に返答する際、ロゼの使う常套句だった。


 ロゼの話の内容に嘘はない。

 ただ、キッカさんは、

「ご両親は、どんな会社にお勤めなの?」

 そうつっこんできて、ロゼが困ったような顔で私を見た。

 結構鋭そうなキッカさんを相手に自分だけでは不利で、援護を求めている目だ。家のことは言いたくないからなんとかしてくれ、という心の叫びがヒシヒシと伝わってくる。

 今までもこういう場面では、私が適当なことを言って誤魔化してきた。こっちとしても、ロゼの正体が知られると色々面倒だから、言い触らさないって約束はしてる。


 しかし、ロゼとキッカさんを見ていて、悪ふざけを思いついた。

 さっき猫だなんだと言ってくれたお返しだ。気まぐれだっていう猫らしく、ちょっぴり約束破って二人共おどかしてやろう。

「キッカさん、ネレイース商船って知ってますか?」

 私が言った瞬間、ロゼの表情に動揺が走った。

「ええ、ロングランドで最大手の海運会社でしょ。それがどうかしたの?」

 怪訝な顔で応じたキッカさんに、私は質問を続ける。

「ロゼがそのネレイース商船の経営者、バーンズ家の身内だったらどうしますか?」

「えッ! ほ、本当なの?」

 素っ頓狂な声をあげたキッカさん。ある意味、予想通りの反応だ。


 船は、絶対に空を飛べない人間にとって、広い海を渡る唯一の手段と言っていい。大陸を結ぶ物流の要で、世界的に有名な企業にも海運会社が多数存在している。特に島国のロングランドでは、昔からあらゆる面で船が重宝されてきた。

 ロゼの曾祖父は、世界中の海に沈んだ遺跡などを長年調査してきた人だ。確かに遺跡調査員(サーチャー)としては有名じゃないけど、それまでに培った船に関する知識や経験を活かして立ち上げた会社が大成功し、今や誰もが知るネレイース商船となっていた。


 そんなネレイース商船の現社長が、隣で(とが)めるような視線を送ってくるロゼの父親だ。はいはい、遺跡調査員(サーチャー)になるのを反対されて家とは縁を切ったなんて話はしないわよ。


「バーンズなんて姓は珍しくないから、気にしてなかったけど……。ロゼちゃん、本当にあのバーンズ家の人間なの?」

「信じられませんよね」

 私は、前のめりで訊いてきたキッカさんに返して、声をひそめる。

「なんたって、この話は……」

 焦らすよう言ったところで、破顔。

「全部、冗談なんですから」

「――は?」

「にゃはは、引っかかりましたね。私の相棒、バーンズの姓に加えてこの綺麗なお顔だからか、今の言うと結構みんな騙されるんですよ。話の掴みとかに使う手なんですが、前から機会があればキッカさん達も騙してやろうと考えてたんです」

 実際、何度か使ってきた冗談だけど……。

 私が喋ってる途中から、キッカさんは肩を震わせ始めていた。

 そして、キッと睨まれる。おお、怖い怖い。


「貴方達ッ、大人をバカにして!」

「や、すみません。けど大人っていう割に、キッカさん、怒った顔は子供っぽくて可愛いですね」

 気づけば私は、そんな台詞まで口走っていて、

「こ、この子、もう知らないっ」

 声を荒げ、顔を赤くしたキッカさんが、立ち上がって部屋の扉を開けた。

 その背中に明日の調査の集合時間を伝えたが、返事はなし。

 キッカさんの姿が見えなくなっても笑っていた私は、それからご機嫌斜めなロゼに謝ったりして……。結局、寝不足を覚悟しつつ眠りについたのは、深夜になってからだった。

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