表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レストピア  作者: 名残雪
7/40

調査員奮闘記 一

「――二人とも止まってくれ。小休止にしよう」


 ひどく蒸し暑い、動物や虫の鳴き声が聞こえる森に、男性の声が響いた。

 私は歩いていたロゼと後ろを振り向く。

 視界の中で、木の枝葉が茂った頭上から西日が差し、直進してきた通路の両側を仕切る高さ三メートル程の石壁に、オレンジ色の木漏れ日が揺れていた。

 さらに、石のような材質の遺跡の壁を歪ませ、場所によっては砕いて生える大木の根が這う通路の中央で、地図を持った一組の男女がこっちを見ている。

 その二人に手を挙げて応じつつ、私達はきた道を戻る。


「ここまでの迂回路や、行き止まりの場所はほぼ潰せた。あと進めそうなのは今いる一本道だけだが、もう五時を過ぎている。今日はこの辺で切り上げないか?」

 木の根に腰かけて休憩する私とロゼへ、地面に座った大柄な男性が穏やかな眼差しを向けてきた。

 茶髪を刈り込んだ頭に日焼けした顔を持つナイスガイの名前は、ジャスティンさん。

 その横に座った、同じ茶髪を肩まで伸ばしたお姉さんは、ジャスティンさんの奥さんであるキッカさんだ。


 身に着けたつなぎを腕まくりした遺跡調査員(サーチャー)姿なのは、この場にいる全員似たようなモノだけど……。二十代後半という夫婦は、ここミヤノ遺跡にきてから一ヶ月の間調査班として組んでいる、遺跡調査員(サーチャー)歴十年以上の大先輩だった。

「日暮れまで無理をする必要はないんだし、明日また出直しましょう」

 そう言ったキッカさんの意見は正しく、さっき「そろそろ潮時だ」と話していたロゼと私も同意する。そこへ、ジャスティンさんが口を開いた。

「よし、決まりだ。しばらくしたら、遺跡の入口まで戻るぞ」




 ――カイント州北西部の山中に位置する、ミヤノ町。

 その町から車で一時間程、山道を分け入った森に現在地のミヤノ遺跡はある。六月中旬にエイミーさんから受けた仕事で、この遺跡の調査へ加わって(はや)一ヶ月近くが経ち、今は七月の中旬。季節はとっくに夏だ。


 私とロゼの他、調査に参加している遺跡調査員(サーチャー)の数は二十人程。これは遺跡の規模を考えれば、かなり少ない。それが幾つかの班に分かれて、遺跡の構造を調べる作業などを行ってきた。

 ミヤノ遺跡が発見されたのは、今年の四月のはじめだ。

 それから三ヶ月以上に渡った調査で、すでに地下部分はなく、長方形の敷地が地上に存在するのみという全体像も掴めていた。しかし、これまで遺跡から遺物(レリック)らしき機械類などは見つかっていない。


 古代文明(ババロン)の遺跡とはいえ、遺物(レリック)が存在しなければ壁とかの遺構は重要視されないのが現実だ。こういうところは大抵全体図を制作して調査完了となるんだけど、規模が大きかったりすると、人員が回されないこともあって時間のかかる場合が多い。ミヤノ遺跡はその典型。

 ただ、残る調査は今、私達がいる北側だけで、この分なら数日のうちに終わるだろう。ロングランド(いち)、夏の間、気温が高くなるこの地域にて、死にそうな思いをしてきた日々ともやっとおさらばできる。

 ……いや、そんなふうに考えたらいけないな。

 価値のない遺跡でも、調査が完了する場に立ち会えるのは遺跡調査員(サーチャー)として光栄なことだ。ここで仕事をした一ヶ月、苦労はあったが、決して無駄な経験ではなかった――。


「最初からいる私達は諦めもついてるけど、クリスちゃんとロゼちゃんは運が悪かったわね。この暑い時期、こんな遺跡の調査に駆り出されるなんて。同じ一ヶ月でも、別の場所ならもっと有意義な経験が積めたでしょうに」

 次の仕事の話をしていたキッカさんから同情され、私の頬が引きつった。


「や、やだなあ。私は全然、そんなこと思ってませんよ」

 汗をタオルで拭き、低い口調で言った私を、相手がくつくつと笑った。

「あらそう。けど、ここに行けって言ったの、性格きついって評判のエイミーでしょ? 彼女に嫌われたりしてない? 今まで損な現場ばっかり回されてるとか」

「それは、ないです。エイミーさん、そういう陰険なことはしませんから。私達がここにきたのは、機械のように仕事を割り当てた結果の、たまたまですよ」

 事務所は同じでも、キッカさん達の上司はエイミーさんではないから、性格などをよく知らないのだろう。でも、どこで話が繋がってるかわからないし、変なこと言うと後が怖いので私は真面目に答えた。


「まあ、君達は若い。どんな現場もいい経験になるよ。そろそろ行こうか」

 立ち上がったジャスティンさん達を見て、私とロゼも腰を上げた。

 流石に暑さはおさまってきたものの、それでも、まだ三十度以上は絶対ある。

 朝、集合した遺跡入口近くの根拠地(ベースキャンプ)で聞いた話では、本日の日中の予想最高気温は三十八度と言ってた。この地域にしては、特に高くない。それはわかってるけど、ふざけんなだ。

 実際、どうだったかは知らないし、知りたくもない。


 とにかく、今は宿泊している町へ帰ってシャワーでも浴びたい。

 ……と、思った時。

「ジャスティン、汗拭いてあげるね」

「おっ、すまないな。じゃあ、俺も」

 この暑い中、お互い腕を組み、汗を拭き合ったりしてイチャつきはじめた前を歩く夫婦を、私は半笑いで眺める。熱いねぇ。

 調査班を組んでから一ヶ月の間、ジャスティンさんとキッカさんの仲の良さは散々見せつけられてきた。しかし、前触れなく、二人きりの世界を作るのは勘弁してほしい。


 私は、なにか気配を感じて顔を横に向ける。

 瞬間、眼前に白い物体が迫って――、

「もがっ? ふぁにすんの、ロゼっ」

 顔に当てられたタオルをどけたが、なおも押しつけてくる相棒の手を掴む。

「いや、私もクリスの汗を拭いてやろうと思ってな」

「余計なお世話よ、いいから手を引きなさいっ」

 しばしの抵抗の末、「残念だ……」と言ってロゼはタオルをしまった。

「あらあら、二人は本当に仲が良いわね」

 こっちを見てキッカさん達が笑ったけど、あんたらには言われたくない。


「しかし、君達は何故、女の子二人でコンビを組んでいるんだ? それが悪いという意味ではないけど、こんな稼業だ。男手が必要になって、困ったことはないのか?」

 突然のジャスティンさんの問いに、私はロゼと顔を見合わせる。

「どうしたんですか、急に?」

「ああ、この仕事が終われば、ひとまず君達ともお別れだからな。前から気になっていたことを訊いてみたくなったんだ。事情があって、答えたくなければ構わないが……」

 私に応じた相手が、深読みするようなこと言い出して慌てる。大した理由はないし、似たような質問は、ロゼと組んでから何度も受けてきていた。


 遺跡調査員(サーチャー)は、二人一組での行動を基本としている。これは、調査時などにお互いをカバーし、ミスを防止するのが目的だからだ。

 理屈的には、より多人数の方がいい。でも、それは現場などで必要に応じて組めばいい話で……。通常なにをするにも、まず二人一組を前提として考えるのが遺跡調査員(サーチャー)の世界だった。

 昔は男性が中心だったけど、今は女性の遺跡調査員(サーチャー)も普通にいる時代だ。しかし、そうした人の大半は、キッカさんのように男性を相棒にしていた。時に命がけで、単純な力や体力が物を言う仕事だから、ある意味当然のことなんだけど――。


「特に理由はないですよ。養成学校で組んだ相手とそのまま仕事をしてるっていう、よくあるパターンです。まだ働きだして一年くらいですけど、女同士でも力を合わせれば、なんとかなってきましたし……。私は男の人がいればとか、考えたことはないですね」

 遺跡調査員(サーチャー)ではもっとも一般的であろう、相棒と組んだきっかけ。さらに、これまでも答えてきた自身の考えを話すと、ジャスティンさんは「そういうものなのか」と頷いた。


「ふうん。でも、貴方達くらい綺麗で可愛ければ、それぞれ相棒になってほしいと、男から誘われることもあるんじゃない?」

「まあ、たまに。私はともかくロゼは多いですよ。ただ、全部断ったりしてますけどね」

 私がキッカさんに応じると、ロゼが端整な顔に微笑を浮かべた。

「事実として、女性の遺跡調査員(サーチャー)は男性を相棒にした方が利点も多いです。しかし、この仕事において何より重要なのは、相棒との信頼関係でしょう? 私はクリス以上に信頼している人間はいませんから、他の人と組む理由もありません」

 聞いていて恥ずかしくなる台詞を、ロゼが言い切った。

 ただ、まあ、その思いは自分も同じだ。


 それに女の身体能力だって、そう男に劣るモノじゃない。

 例えば十五歳の時だか、学校の体力測定なんかで計った私の百メートル走のタイムは確か十秒台で、あれは同年代の男子と比べても速い方だったし……。

「うーん、かっこいいわね。私、ロゼちゃんが男だったら惚れてるかも」

 笑ったキッカさんを見て、「参ったな」とジャスティンさんが苦笑する。

「けど、仕事の相棒は別にして、二人とも彼氏とかはいるんでしょ?」

 訊いてきたキッカさんへ、今度は私が苦笑いを浮かべた。

「それが、私達。今まで一人も、彼氏とかできたことないんです」

 相手が年上のお姉さんなので、見栄を張らず、残念な真実を告げる。

 すると、どうだ。

「そうなのお? もったいない。でも、これからきっと、私みたいな素敵な出会いが待ってるわ」

 なんつったキッカさんが、ジャスティンさんへウインクを飛ばしたではないか。


 ――あはは、超むかつく。


 このまま単純に恋愛経験皆無と見られるのも悔しいので、少し驚かせてやろう。

 私は閃いたイタズラを敢行する。

「いいんです、彼氏なんていなくても。私、彼女ならいますから」

 私は喋りつつ、ロゼの腕に自分の腕を絡ませる。

 続けて、「そうだよね、ロゼ?」と甘えた声を出し、頭を相棒の肩へと預けた。途端、夫婦が心底驚いたような表情をした。


「そ、そういうことだったの? ごめん、私、彼氏がどうとかっ」

「な、成程。それで合点がいった。いや、愛の形はそれぞれ違うからな」

 あたふた言った二人の姿が可笑しくて、私は笑うのを堪える。

 ロングランド共和国は同性婚を禁じていないから、割とそんなカップルがいたりするし……。ここまでの会話から騙されたのも無理はないけど、してやったりだ。

 でも、嘘をつくのはやっぱりよくないので、冗談だと言おうとした。

 その瞬間、いきなり動いたロゼの手が、私の顎をくっと持ち上げた。


 かなりな至近距離に、ロゼの顔が迫る。

 肌理の細かい肌、その頬は紅潮していて、潤んだ青い瞳がじっと私を見た。

「クリス、本気にしていいのか?」

 囁くロゼの唇から熱っぽい吐息がこぼれて、私は言葉をのむ。

 おい、こら。ノリのいい演技だけど、近い――。


 心中で声をあげると、不意に石を打ち鳴らすような、規則的な音が聞こえた。


 森には変わらず、虫や獣の声が響いている。

 しかし、この音は聞き間違えようがない。

 はじめは一つだったモノが、耳を澄ませる間に数を増やして、木々の幹の影や壁の裏側辺りからも鳴り出した。

 私は表情を引き締め、顎から手を離したロゼと頷き合い、黙ったジャスティンさんとキッカさんの傍まで下がる。

 全員が太ももにつけたケースからスタンバトンを抜き、その場で周囲に目をやった時。不快な羽音が連続し、通路の両側にある壁を越え、頭上へ何かが飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ