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レストピア  作者: 名残雪
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嘘と償い 一

 ビルが幾つも立ち並ぶ、ロングランド共和国カイント州、首都カイントのオフィス街。

 その中でも、今の私がいる遺跡管理機構(ミスリル)ロングランド共和国支部カイント事務所は、一際古いビルだろう。

 それなりに歴史のある建物は相応に設備なども古く、仕事の打ち合わせにきた三階の部屋の中は空調の効き目も今一つで、ちょっと暑い。

 午後の日差しが降り注ぐ外よりは全然マシだが……。ロゼとスーツを着てきた上に立ちっ放しという所為もあって、私は若干、きつい思いをしながら、風景を眺めていた窓から正面のデスクに視線を向ける。


 その時、仕事に必要な物以外見当たらない、殺風景な部屋の主であるスーツ姿の女性が、眼鏡越しに目を通していた書類をデスクに置いた。

「……治癒(ちゆ)証明など、書類上の問題はない。怪我が治ってよかったわ、ロゼ。復帰おめでとう、今回は災難だったわね」


 にこりともしないで喋った、いかにも仕事ができそうな美女の名前は、エイミー・ベル。 

 この事務所に所属する遺跡調査員(サーチャー)を管理し、仕事などを割り当てる幹部の一人で、私達にとってはマネージャーのような存在に、ロゼが口を開いた。

「いえ、負傷した原因は全て私の不注意によるものです。こちらこそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 かたい表情の相棒と一緒に、私も頭を下げる。

 エイミーさんの言った通り、ロゼの怪我が無事治ってよかったけど……。自分達の遭遇した事態は、本当ならこんな謝罪で済むことじゃなかった。


 ラバー市山中の遺跡で崩落があって、もう二週間。

 遺跡を出た私達は救護車に乗って病院に運ばれ、オーブは当日の内に入院することが決定し、後日、それぞれ崩落の件ついて警察や遺跡管理機構(ミスリル)の事情聴取を受けてきた。

 しかし、ロゼとついた嘘がばれることはなく、私にはなんのお咎めもないまま、現在、崩落は完全な事故として扱われている。原因は依然不明だが、それも当時、遺跡内で放電現象が起きていたことから、「稼働していた発電装置がなんらかの理由で暴走した結果、崩落が発生した」との結論が出されつつあった。


 今も稼働している例は稀だけど、遺跡内に発電装置があること自体は珍しくない。そして、「遺跡の現状から装置を探し出すのは困難で、崩落の原因を解明することは不可能に近い」という見解を遺跡管理機構(ミスリル)などが示したことにより、今回の件に対する調査はすでに収束感が漂っていた。

 一時は崩落を騒いでた新聞やラジオも、最近は全く報じていない。元々壊される予定の遺跡だったし、このまま全てが忘れ去られるのも時間の問題か。


「――ロゼ、確認するけれど、指はもう平気なのね? 無理に復帰して、仕事中にまた怪我でもされたら困るわよ」

「はい、何も問題ありません」

 鋭い目をしたエイミーさんの問い掛けに、ロゼはきっぱりと答えた。

 私達がラバーの遺跡に入ったのは、仕事ではなく私用だ。

 だから労災もクソもないんだけど、エイミーさんは立場上、ロゼに怪我の影響がないか確認しなきゃいけないのだろう。


「大丈夫ですよ、エイミーさん。ロゼのことは、私がしっかりフォローとかしますんで」

 私が冗談半分で言うと、エイミーさんは気難しい表情で溜息をついた。

「……クリス、貴方がそんな台詞を言うのは十年早いわ」

「なら、一年でも早く言えるよう努力します。でも十年かかったら、その時、エイミーさん何歳――」

 さらに冗談を続けた時、相手から殺気のようなモノを感じ、慌てて黙る。

「知りたい?」

 目がまったく笑ってない笑顔のエイミーさんに問われ、私はぶんぶん首を横へ振った。 もっと若く見えるけど、三十代、未婚であることを気にしているエイミーさんに、今の話題は禁句だった。


「まったく、仕事の話をするわよ。以前、カイント州の北西部にあるミヤノ町で見つかった遺跡の調査が、人手不足で進んでいないの。貴方達は追加人員として、その調査に加わってもらうわ。詳しいことは、この資料に書いてあるから読んでおきなさい」

 喋るエイミーさんがデスクの上にあった封筒を手に取り、有無を言わさず渡してきた。ロゼの怪我が治るまでの二週間、真面に仕事ができなかった私達は、それを粛々(しゅくしゅく)と受け取る。


 元より、文句なんてなかった。

 掃除などの事務所の雑用を二週間ずっとこなしてきた私は、遺跡の調査に行けるってだけで嬉しい。

 崩落があってから、同僚の遺跡調査員(サーチャー)達に、当時の状況を色々訊かれたりしたけど……。ほとんどの人が、事故に巻き込まれたことを同情し、またオーブを助けたことを褒めてくれたりして、なにかと複雑な思いをしていた。

 嘘をついてしまった以上、最早、後戻りできないし、過ぎたことを悩んでも仕方ないとわかっているが、気持ちを整理するのは中々難しい。

「出発の予定は二日後よ。それまでに必要な準備をなさい」

 きびきびとしたエイミーさんの指示。

 それに応じた私達は、挨拶をしてから部屋を後にした。


 私とロゼは、事務所を出て、傍にある駐車場へ歩いていく。

 そこに停まっていた、丸みのあるボディが可愛い小型電気自動車は相棒の車だ。その助手席に乗った私の横で、キーを回し、電動機を起動させたロゼがハンドルを握る。

「うし、約束の時間には間に合いそうだね。病院まで安全運転よろしく」

 話しかけた私を、運転席のロゼがちらりと見てきた。

「お前も免許を取ったらどうだ? これから必要になってくる資格だろう」

「んー、そりゃそうだけどさ。運転する車がないし、私はまだいいよ。こいつを借りるにしたって、ぶつけたりしたら悪いもん」

 答えた時、正面の道路脇に立つ信号機が赤に変わり、ロゼはゆっくりとブレーキを踏んだ。最近、車の増加に比例して交通事故も多くなっているから、気をつけないとね。


 ロングランド共和国では十五歳で成人と見なされ、車の運転免許も取れるけど、やっぱり車は高級品で、普通に働く一般市民が簡単に手を出せる代物じゃなかった。

 そんな物を、私と同じ十七歳で持ってるロゼはかなり凄い。

 ただ、この車は、遺跡調査員(サーチャー)として働く為、縁を切ったお金持ちの実家から送られた、餞別(せんべつ)のようなモノだった。




 渡された仕事の資料を眺めて会話を交わし、しばらく海沿いの道路を走ると、車がカイント市からラバー市の新市街に入った。

 百貨店や洒落たお店が並ぶ区画を通り、閑静な住宅街の中の坂道を登っていく。……と、やがて小高い丘の上に、目的地である市立病院の白い建物が見えてきた。

 駐車場に停めた車を降りて、私達は病院の入口に向かう。

 途中、スーツのポケットにある懐中時計で時間を確認すると、約束の午後四時を少し過ぎてしまっていた。

 急ぎ足で病院に入り、受付へと進む。

 その時、人の行き交う待合室で、私は探していた人物を発見した。

 前に私が買ってプレゼントした、薄いクリーム色のワンピースを着たオーブが、待合室の椅子に座っている。少女の傍には、見知った看護婦さんと担当医の男性の姿もあったが、こっちの存在に気づいていない。


 オーブの印象が多少違って見えるのは、毛先の縮れていた髪を切ったからで、腰より長かった黒髪は現在セミロング程の長さになっている。

 自分に背中を向けた少女と先生達に、私は病院内なので「すみません」と静かに声をかけた。しかし、

「ッ、クリスさん! ロゼさん!」

 振り返ったオーブが、目を見開いて大声を出した。

 すぐさま、先生達ばかりか、周囲の人の驚いたような視線が自分達に集まる。

 一瞬、なんとも言えない間があって……。

「――あぅ」

 そう小さく喘いだオーブが、これ以上ないってくらい顔を赤らめた。

「わ、わたし、ごめんなさい」

 しどろもどろで謝った少女を、私は思わず抱きしめたくなった。

 なに、この可愛い生き物。

「ああ、うにゃ、こっちも遅れてごめんね」

 私は取り敢えず心を落ち着かせ、改めて声をかけた。


 日常生活を送るのに必要な知識とか、色々知っていることはあるものの、オーブという名前以外、自身が何者なのかわからない。

 感電などによる外傷が原因と考えられる、記憶喪失――。

 そう診断され、入院してから様々な治療を受けてきた少女だが、いまだ記憶は回復せず、病院側もお手上げの状態が続いている。

 この二週間、私は少女のお見舞いに何度も病院を訪れていた。

 その際、先生から聞かされたオーブの症状はかなり深刻で、「忘れたのではなく、自分がこれまで生活してきた記憶が、そもそも存在しないようだ」なんてことまで言われていた。当たり前だけど、赤ちゃんじゃあるまいし、そんなことは有り得ない。

 しかし、最早、なにかのきっかけで症状の回復を待つしかなければ、あまり刺激のない病院にいるのはよくない。肉体的に健康であればなおさら、といった考えから、まだ通院は必要だが、オーブは本日ここを退院することになっていた。


「クリスさん、どうかしましたか?」

 明るい表情のオーブに問われ、私は首を左右に振る。

 病院でさえ、この子の記憶はどうにもならなかった。

 その現実をしっかり受け入れなきゃいけない。

「なんでもないよ。えっと、退院の手続きとかは――」

「もう全部済んでいますよ」

 言いかけた私に、オーブの隣に立つ看護婦さんが笑顔で応じてきた。

「オーブちゃん、貴方達がくるのを一時間近く前から待っていたんです」

「本当ですか? じゃあ、もっと急げばよかったね」

 看護婦さんと私の会話を聞いていたオーブが、頬を赤く染めて俯いた。

 いや、この子。顔はもちろんのこと、仕草とかまでがいちいち可愛い。

「ははっ、まあいいじゃないか。さて、後は君達の出番だ。エイシップ孤児院の方に連絡は取ってあるから、彼女を無事に送ってくれ」

 オーブを見つつ先生が口にした施設の名に、私はなにか運命めいたモノを感じた。


 エイシップ孤児院は、十歳の時に両親を亡くした私が成人するまで生活していた場所だ。退院するオーブがその孤児院に入ることが決まったのは、数日前のこと……。

 警察によるオーブの身元捜査は難航していて、頼れる人もいない以上、いずれ市内にあるどこかの保護施設とかへ行くのかと思ってはいた。でも、それがエイシップ孤児院になったと知った時は、さすがに私も驚いた。 


 孤児院は車でなければ行きにくい場所にあり、そこまでの道をよく知っていて、時間も空いていた私達は、オーブを送り届ける役を引き受けている。

 偶々、自分もいた施設の生活がどういうものかは、一応オーブに話してあるけど、あのやかましいチビ共と上手くやっていけるのかな。


 気掛かりだが、こればっかりはどうなるかわからない、と思った時。先生に応じていたロゼが、顔を上げた少女へ目を向けた。

「見たところ鞄一つしかないが、他に荷物などはないのか?」 

「はい、これだけです。身の回りの物とかは、孤児院にあるそうなので」

 答えたオーブに頷いたロゼが、

「わかった、では出発しよう」

 言って、椅子に置かれていた鞄を持ち上げた。

「なにかあれば、すぐ病院へくるようにな」

「またね、オーブちゃん」

「はい。お世話になりました」

 先生と看護婦さんへ、笑みを浮かべた少女が感謝の言葉を告げた。

 記憶喪失って状況を考えれば、本当にしっかりした子だ。入院中も騒いだり、人を困らせたりしたことは一切なかったらしい。

 そんなオーブの記憶が一日でも早く回復するのを、私は心から願っている。その為に、できるだけのことをしようと決めてもいた。




 後部座席にオーブを乗せた後、病院を出た車が街を南北に分ける川を渡り、ラバー市の旧市街へ入る。途端、整然としていた街並みが入り組み、加えて道路の幅もぐっと狭くなった。

 日が傾いてきた中、活気ある声が響く商店街や、古い家が並ぶ住宅街を通り抜ける。すると、海へ突き出るような岬の上に建つ、レンガ造りの建物が視界に入ってきた。

「見えたよ、オーブ。あれがエイシップ孤児院さ」

 私は助手席から建物を指差す。

 仕事をする上で何かと都合が良い為、私とロゼは同じ旧市街にあるアパートで一年以上共に生活を送っている。そこから、二人でたまに孤児院へ顔を出したりしてたので、別に懐かしいとかの感慨はわかない。


「クリスさん。訊きたいことがあるんですけど……」

「ん、なに?」

 後ろから聞こえたオーブの声に振り向く。

「わたし、お金を全然持ってないんです。病院の先生とかは、心配ないと言ってたんですが……。孤児院へ入るのに、そういうのが無くて本当に大丈夫なんでしょうか?」

 困った様子の少女に、私はどう返事をするか思案した。

 忘れてしまったのか、元々知らないのかは不明。多分、後者であろうオーブに、この国の制度を説明してみる。

「平気、平気。お金なんて取られないから安心して。ロングランドは人口四千万ちょいの島国だけど、結構裕福な国で、福祉制度とかがちゃんとしてるの。今のオーブはそういう制度の対象者だから、先生が言ってた通り心配するようなことはないってわけ」

「そう、なんですか。すごいですね」

 私の言葉を受けて、少女は感心したように息をついた。

 自慢じゃないが、ロングランドには他にも優れているところが一杯ある。

 まあ、今、その辺の話は関係ないか。


「わからないことがあったら訊いてね。答えられれば、なんでも答えるからさ」

 私がちょっと得意気に言った時、

「こう見えて、クリスは物知りだ。どんどん質問するといい」

 そうロゼが続けて、カチンときた。

「こう見えてってのは、どういう意味よ?」

 私はじろりと運転席の相棒を睨む。

「ん、お前は頭が良さそうには見えない」

 平然とおっしゃりやがったロゼ。

「あ、あんたねぇ……」

「怒るな。軽薄な印象の美人という外見と中身のギャップが魅力的だと、私は常日頃から思っているぞ」

「嬉しくないわよっ」

 頬をつねってやろうと、私はロゼの澄まし顔に手を伸ばした。

 しかし、払い除けられ、逆に顔を押さえつけられてしまう。反撃しようとするも、ああ、クソ。身長からくる腕のリーチ差でこっちが不利だ。

 それでももがく私を見て、オーブが笑い声をあげた時、車が孤児院に到着した。

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