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レストピア  作者: 名残雪
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はじまりの遺跡 四

「判決を言い渡す。被告人を懲役――」

 法廷で壇上の裁判官が告げる言葉を聞き、私はがくりと肩を落とした。

 ああ、全て終わりだ。

 立ったまま項垂れ、身に着けた囚人服と手首の手錠を見つめる。


 ラバー市の遺跡を調査中、未調査区域にて遺物(レリック)を破損し、下層が崩落する原因をつくった遺跡及び遺物保護法違反。さらに、少女に対する過剰防衛……。


 自分の犯した罪が幾度も頭を駆け巡り、胸が苦しくなる。

 これでもう、遺跡調査員(サーチャー)を続けるのは無理だろう。仕事だけは真面目に取り組んできた私にとって、それは何よりも辛いことだ。罪を償った後、生きがいを失ってどう生活していけばいいのか、なにもわからない。

 でも、仕方ないよ。自分がやったことだもん。

 暗く沈んだ気持ちで、現実を受け入れようとした時……。


「このバカがッ」

 いきなり罵声(ばせい)を浴びせられ、私は後ろを振り向く。

 見えたのは、柵で(へだ)てられた傍聴席。そこに座る大勢の知らない人達の中から、スーツ姿のロゼが立ち上がった。

 普段通り長い金髪をポニーテールにしている相棒が、厳しい顔でこっちに近づいてくる。なんと、そのまま柵を飛び越え、私のすぐ傍まで来てしまった。

 傍聴席に、どよめきが広がる。

 なにをするつもりなのか、わけがわからない。

 狼狽える私に、ロゼは手を振り上げて――。

「クリス、起きろ!」

 怒声と共に頬を叩かれ、突然目の前が真っ暗になった。




 視界に光が戻ると、そこには、やっぱりロゼがいた。

 しかし、なにやら様子がおかしい。

 ポニーテールこそ同じだが、中腰で私を見ているロゼは、スーツではなく汚れたつなぎを着ていた。また、法廷だった場所は、木漏れ日の差す森に変わっている。

 自分はといえば、背中を木に預けた姿勢で、草の茂る地面に座っていた。ヘルメットがとられ、身に着けた服は囚人のそれではなく、ロゼと同様のつなぎだ。

 ……ちょっと、待ってよ。

 もしかしなくても、さっきまでのは、夢?


「お、おい、ねーちゃん。相棒、落ちてきた石で頭打ってたんだろ? 呼んでも起きねえからって、平手をかましちゃいけねえよ。もうすぐ救護車だって到着するだろうし、寝かしとけば……」

 心配げにそう言ったのは、私の横に屈んでいた、つなぎ姿の見知らぬおじさんだ。

「すみません。ただ、この通り目が覚めたようなので、後は大丈夫です」

 おじさんにお礼を言ったロゼが、軽く頭を下げる。

 私は呆気に取られつつ、微かに痛む自分の頬に手をそえた。

 平手を食らったのは、本当なのか。


「そうかい? まあ、気分が変だったら、黒髪のお嬢ちゃんとこにいる男に声をかけてくれ。俺は他の連中と話してくる」

「わかりました」

 ロゼの返事に頷いたおじさんが、立ち上がってどこかへ歩いていく。

 一連のやり取りを黙って見ていた私は、そこで口を開いた。

「なにが、どうなったの? 私は……」

「クリス。お前は遺跡を出た後、三十分ほど意識を失っていたんだ」

 問いに答えたロゼが、険しい表情で説明を続ける。

 その内容は、驚くしかないことだった。


 遺跡の地下で崩落が発生し、地上の建物までが一部倒壊。去ったおじさんの正体は未調査区域を探しにきた遺跡調査員(サーチャー)で、他にも同様の人間が十人、遺跡の内部にいた。彼らは皆、私が言ったように北側以外の入口から遺跡に入った為、中では出会わなかった等……。


 崩れた遺跡に本当に他の人がいたりして、夢よりも絶望的な思いを感じながら、私はロゼの言葉を聞いていた。しかし、最後に言われたことを慌てて確認する。

「――それは、確かなのね?」

「ああ。振動などの異常事態に気づき、遺跡内にいた人は全員が無事に脱出した。つまり、崩落に巻き込まれた人間はいなかったんだ」

 ロゼは、そう同じ台詞を繰り返した。

 途端に力が抜けて、私は深く息を吐き出す。

 冗談抜きに、人生の中で、これだけ気が楽になった瞬間はない。


「脱出した十人のうち数名が電話のある場所に向かい、すでに警察などへ事の次第を伝えている。今、残りの者で、他に人がいなかったか再確認しているが、取り敢えずそういった心配はなさそうだ」

 表情を緩めて言ったロゼが、私の隣に座り込む。

 そんな相棒の言動に、安心しかけて、ハッとした。

「ろ、ロゼッ。オーブは? あの子はどこ?」

 私は、脳裏によぎった少女の所在を問い掛けた。

 近くには、姿が見えない。


「遺跡にいた遺跡調査員(サーチャー)の中に、昔、医者だった人がいてな。オーブはその人と一緒で、身体の調子などを診てもらっている。ここから少し離れた場所だ」

「医者だった人と一緒……」

 事情がわかって、私は胸を撫で下ろす。

 けれど、ロゼは憂い顔で(かぶり)を振った。

「そのオーブだが、やはりまだ記憶が混乱しているらしい」

「そう、なんだ」

 私は呟いた後、頭を抱えて呻き声をあげる。

 状況からいって、死者などが出なかったのは奇跡だろう。

 ただ、やるべきことはやらなきゃ……。


「ロゼ。私ね、どうなるかわからないけど、今回の経緯を警察に――」

 全て話す、と言いかけた私に、

「聞け、クリス。この一件に関して、お前は何も悪くない」

 ロゼは見たことのない真剣な顔で、そう呟いた。

 しかし、意味がわからず、私は頭から手を下げる。

「どういうこと?」

「私達は、未調査区域の先にあった遺物(レリック)の置かれた部屋で、意識の無い少女を発見した。容体を確かめようとしたところ、目覚めた相手にいきなり襲われ、お前は身を守る為にやむを得ずスタンバトンを使った。その結果、少女は負傷し、遺物(レリック)をも破損させてしまったわけだ」

 一気に喋ったロゼに、私はひとまず頷く。

「崩落の原因に、壊れた遺物(レリック)が関係していた可能性はある。しかし、故意でやったことではない以上、クリスが責任を取る必要は無いはずだ。少女を負傷させたことについても、正当防衛だと言える」

「私も、そう思うから……。それが認められるように、警察に話をしてみるよ」

 張りつめた空気の中、互いに静かな口調で考えを言い合う。

 すると、ロゼは誰もいない周りの木立を見回し、私に視線を戻した。


「いいか、クリス。私達がオーブを発見したのは、未調査区域ではなく地下二階の部屋だったんだ」

「なに、言ってるの?」

 ロゼがおかしなことを囁いてきて、私は眉を寄せる。

「黙って聞け。あの子は感電したような状態で意識がなく、お前が心肺蘇生を行った結果、目を覚ましたものの記憶に混乱が見られた。直後に下層の崩落が始まり、私達はオーブを連れて遺跡を脱出した」

 事実と異なる話を、ロゼが無表情で続けた。

 相手の意図を理解して、私は思わず声をひそめる。

「そんな嘘を、どうする気よ?」

「その嘘を……私は脱出した人やオーブに、事実として話してしまったんだ」

「――っ」


 絶句した私に、ロゼは「すまない」と謝ってきた。

「今のところ、誰も疑わずに私の言葉を信じている。実は遺跡内にいた他の人間も、崩落が始まる前に壁などから放電があったという話をしていてな。感電したオーブの姿は、それに巻き込まれたということで説明がついた」

「どうして、そんなことをっ」

 私は困惑しつつ、ロゼに疑問をぶつけた。

 その返答は、

「――クリスの為に決まっているだろう」

 とても、わかりやすいモノだった。

 一応、予想できたことを、当然のように言ったロゼが、風に揺れた前髪をかきあげる。 

「事実を伝えて、お前になんら過失の無いことが認められればいい。しかし、現在の状況で、それが叶うか? この場にいる人間は大きな問題ではないが、話をしたいという警察が、お前の行動を正当だったと判断する保証はない」

「それ、は……」

 言葉に詰まった私を、ロゼが見据えてきた。

 確かに、相手の言う通りかもしれない。

 オーブが屈強な男性とかだったら、まだ信憑性があったけど……。あんな少女に襲われたと証言して信じてくれる人が、一体どれだけいるか。


「けど、さ。首絞められた時は、真面目に死ぬかと思ったんだ」

「見てみろ」

 私が自分の首に触れると、ロゼはつなぎのポケットから出した手鏡を渡してきた。受け取ったそれに、自分の顔を映す。

 セミショートの白金の髪、淡褐色の瞳、目尻のつった生意気そうな顔などは変わっていないが、首筋を見た瞬間、私は驚きの声を漏らした。そこに、小さな手を押しつけたような赤黒い痣が、くっきりと残っている。


「オーブの膂力(りょりょく)の凄まじさは、私も実感した」

 慄然(りつぜん)としたようなロゼが、私の返した鏡を、取り出した際と同じく左手で受け取る。そして、右手につけていた手袋を外した。

「ッ、それ……あの子へ腕を伸ばした時に?」

「ああ」

 私に応じたロゼが、テーピングの巻かれた自身の人差し指に手で触れる。内出血であろう、つけ根から紫色に腫れた指は見るからに痛々しい。

「脱出の際、どこかにぶつけたとして、オーブを診ている人に応急処置を受けた。突き指かと思っていたが、完全に骨が折れていたよ」

 ロゼはこともなげに言ったが、その状態でロープを登ったりしてたのか。


「警察に事実を話し、クリスの痣やこの怪我をもって、オーブに襲われたことを証明できるかもしれない。お前に罪のないことが明らかになった後、あの子の状態が良くなって身元などが判明すれば一番いい。ただ、そうならなかったらどうする? 解決に長い時間が掛かったり、最悪、お前が何かの罪に問われたりしたら、私は到底納得できない」

 ロゼが断言して、私は夢で見た光景を思い出す。

 瞬間、背筋が凍るような恐怖を感じて身じろぎした。


「ここで未調査区域や遺物(レリック)を発見したことは、私達さえ黙っていれば誰にもわからない。無論、遺跡調査員(サーチャー)の職務規定に反することだが……」

 次々に凄いことを話すロゼが、表情を引き締めた。

「クリス。今回、他の人的被害などがなければ、このまま私の嘘をつき通すことも、一つの正しい選択だと思うぞ。オーブさえどうにかなれば、きっと、誰も傷つかずに済む」

 思考を巡らせる頭の中で、ロゼの言葉が溶けるように広がっていく。 

「もちろん、全てを明かして身の潔白を証明するというなら、止めはしない。私も、嘘を吐いた責任を取る覚悟でいる」

 言い切ったロゼを、私は見つめ返した。

「罪があるなら、私は必ず償うけど……」

 そう前置きして、なんとかまとめた思いを口にする。


「今は、嘘をつくよ」


「わかった」と呟き、小さく息をついたロゼ。

 そんな相棒に、私は言った。

「あんた、ここまで話してきたこと全部、一人で考えたの?」

「ああ。本当に必死で……っ、待て、人がきた」

 急に、ロゼが私の背後へ視線を向けた。

 振り返れば、離れた木々の先に遺跡の一部らしい朽ちた白い壁が見えて、その陰から、つなぎを着た中年の男性と黒髪の少女が姿を現した。

 

「――記憶の混乱は、感電のショックによる一時的な症状だと思うけど、詳しいことは病院とかで検査しないとわからないな。恐らく外国人である彼女の発見された状況を考えれば、なにか事件などに巻き込まれた可能性も否定できない。ともかく、今は発見者の君達が傍にいてあげてほしい」

 オーブと一緒にいた男性の説明を受けて、私は重い口を開く。

「わかりました。ありがとうございます」

「こちらも、指の手当て、助かりました」

 私とお礼を言ったロゼに、男性はにこやかに頷いた。

 取り敢えず、オーブの身体に急を要する怪我などは無いらしい。ただ、名前以外の自分に関わることや遺跡にいた理由などは、やはり不明か。


 静かに去っていく男性。

 その相手の話を思い返しつつ、私は腕を組む。……と、説明を聞いている間、私達から離れていたオーブが、おずおずと歩み寄ってきた。

「お話は、終わりましたか?」

 声をかけてきた少女に、私は「ええ」と答えたが、なんて続ければいいのか困る。ただ、一つ、大事なことに気がついた。

「色々あって忘れてたけど、まだ自己紹介してなかったね。私は、クリスティア・ライト。知り合いは大体クリスっていうから、オーブもそう呼んで」

 名乗った私の隣で、相棒が咳払いをした。

「私の名は、ロゼッタ・バーンズだ。ロゼとでも呼んでくれ」


「クリスさんと、ロゼさん……」

 確認するように名前を呟いた少女が、慌てた表情を浮かべる。

「わ、わたしは、オーブですっ。それしかわからなくて、すみません」

 何故か謝ってきた相手に、私は笑顔を向けた。

「謝ることなんかないよ。オーブって、すごくいい名前だね」

 咄嗟に出た、ありきたりな褒め言葉。

 それに微笑んだオーブを、複雑な気持ちで見つめた時。「救護車がきたぞ」と騒ぐ人の声が、遠くの木立の方から聞こえた。

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