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レストピア  作者: 名残雪
30/40

貴方と共に 四

 細いウエストと豊かな胸が強調されるキャミソールの上に半袖のジャケットを着て、ジーンズをはいた脚もすらりと長い、モデルのような眼鏡美人が喫茶店内を見回している。

 これまで主にスーツや作業服姿しか見てこなかったからか。なんとなく地味なイメージのあった相手が、男性の店員さんやお客さんの視線を集めるセクシーな格好で現れたことに、私はかなり驚いていた。


「あれ、アヤさんですよね?」

「間違いないけど、あの人、私服はああいう感じなのかな?」

 私は目を丸くしている横のオーブに答えて、相手の方を向いたロゼに声をかけた。

「着慣れているように見えるし、そうかもしれないぞ」

「はい、すごく似合ってます。やっぱり綺麗な人ですね」

 応じたロゼの言葉に、オーブがこくこくと頷いた時。入口で店員さんと話していたアヤさんが、こっちを見ながら手をあげた。


 テーブルの傍へきた相手を前に、すっと立ち上がったロゼが自分の隣の椅子を引く。

 それに、お礼を言いつつ座ったアヤさんが、優しげな笑顔を浮かべた。

「ロゼッタさん、クリスティアさん、オーブさん、久し振り……でもないのかな」

「そうですよ。別れてから、まだ何日も経ってません」

 私が笑うと、全員を順に眺めていたアヤさんも小さく笑った。

「本当ね。だけど、改めて皆、元気だった?」

「はい、こちらは大丈夫です」

 ロゼの返事に、私とオーブも同意する。

 気軽に声をかけてくるアヤさん、ここにいないディランさんとも、船を脱出する際から私達に対して丁寧な言葉遣いをやめていた。あの時は気を回す余裕がなかったみたいだけど、最早、直すのも変なので、そのままくだけた話し方をするようになっている。


「アヤさん達こそ、お元気でしたか?」

「私は平気なんだけど……」

 水を運んできた店員さんが去って訊き返したロゼに、歯切れ悪くアヤさんが答えた。

 その原因であろうことを問い掛けてみる。

「今、ディランさんは体調崩してるんですよね?」

「ええ、昨日の夜から急に熱が出ちゃって……。でも、心配はないの。医師の方がついているし、大人しく休んでいれば回復するわ」

 私を安心させるように言って、アヤさんはグラスに口をつけた。

 さっき電話で話した時から気になっていたけど、そういうことなら大丈夫なんだろう。


 続けられた話によると、私達と別れて大使館に行った後、アヤさん達は今回の事件について、帝国の捜査当局や政府関係者などに何度も事情を聴かれたという。

 当然、心身の状態を考慮した上でのことだったが、気の休まらない中で疲れがたまり、身体の弱いディランさんはダウンしてしまったらしい。


「――私達、今日と明日は時間が自由になるから、皆と連絡が取れないかずっと考えていたの。ディラン君、この場に来られないことを、とても残念がっていたわ。聞いているかもしれないけど、私達は近日中に帝国へ帰る予定なのよ」

「……あ、それは知っています」

 語る途中より、暗い声に変わっていたアヤさんが、私の返答に頷く。

「だから、会える内に皆と会って、最後にお別れを言いたかった。事件のことを話し合いたいっていう今日の用件は、嘘みたいなものなの。ごめんなさい、仕事もあるのに時間を使わせてしまって」

 悲壮感さえ漂わせて、アヤさんは謝ってきたんだけど……。ロゼとオーブが無言で、私に目配せしてきた。


 二人の言いたいことを理解し、私は少々気まずい心情になりつつ、テーブルの端に置いてあった自分のビジネスバッグを掴む。

 そこにしまっていた茶封筒を取り出して、中の書類……遺跡管理機構(ミスリル)本部で受ける、研修内容が書かれたモノを数枚手にした。


「ロゼ。これ、アヤさんに見せてもいいよね?」

「ああ。ただし、エイミーさんの説明を伝えてからだ」

 確認しあう私とロゼを、アヤさんが交互に見てきた。

「二人とも、なんの話?」

「黒き翼の事件があって、今、事務所では情報の扱いが厳しくなっています。これから話したいことは機密扱いで、部外者に漏らさないよう言いつけられているんですが、それをアヤさんも守ってくれますか?」

 怪訝な顔ではあるが、相手が私の問いにはっきりと頷いた。

「よくわからないけど、太陽に誓って守ると約束するわ」

 おお、ロングランドだとほとんど聞かないが、太陽を神聖視しているソニア教徒らしい台詞だ。

 それはともかく、確かに約束してくれた相手に、「まず読んでみてください」と言って私は書類を手渡した。


「――えッ!」

 口元に片手を当て、驚愕をあらわにしたアヤさんが、食い入るように書類を見つめる。

 その、あまりに真剣な目つきに、私まで息をのんだ。

「ジェネスにある遺跡管理機構(ミスリル)本部で、半年間の試験研修っ。ソニア帝国へ出発するのは、五日後……。く、クリスティアさん!」

「ひゃい! なんでしょうかっ?」

 いきなり書類から顔を上げたアヤさんに呼ばれ、舌がもつれてしまった。

「この研修を……皆で受ける? 受けるのね? 受けるわよね?」

「そ、そうです。正式に決まるのは明後日なんですが、全員受けるつもりでいます」

 若干、意味不明な問いに焦りつつ応じると、アヤさんが書類へ視線を戻した。


「乗る船や時間はまだわからないのか……。でも、確実に客船の類よね。うん、悪いんだけど、その辺りの詳細が確定したら、今日の要領で大使館に連絡をくれない?」

「それで、どうするのですか?」

 呆気にとられているようなロゼへ、アヤさんが満面の笑みを向けた。

「私達の帰国の手配をしている大使館の職員に、皆と一緒の便に乗れないか掛け合ってみるの。私的な理由だろうと帰るのに変わりは無いんだから、必ず承諾してもらうわ!」

「――ッ、あははっ」

 僅かに顔を上気させ、力説する相手の姿がおかしくて、私は思わずふき出していた。


「すみません。でも、アヤさん、少し落ち着いてください」

 なんとか普通に喋るも、つられたように今度はロゼとオーブが笑い声をあげる。

 それを見て、我に返ったようなアヤさんが、恥ずかしそうに咳払いした。

「取り乱して、ごめんなさい。皆、帝国にくるのが本当に嬉しくて……」

 涙目になっているアヤさんへ、私は笑ったまま頭をかく。

 嬉しい気持ちはこっちも同じだが、こんなに親しく思われているとは予想外だった。


「ただ、帝国に着いた後、そう簡単に会えるとは限らないのよね」

 私に書類を返しつつ、アヤさんは悩ましげに言った。

「アヤさん達の勤めるフェザー生態研究所って施設も、確かジェネスにあるんですよね。遺跡管理機構(ミスリル)本部と近かったりはしないんですか?」

 何時か読んだ資料の記憶を手繰り寄せ、訊いてみた私へ、

「うーん、近くはないかな。まあ、今回の事件のこともあるし、何かと関わる機会は多いかもしれない」

 そう答えたアヤさんが、気を取り直したように微笑んだ。


「お休みの日や暇があったら、ジェネスの案内をさせてね。見てほしい観光スポットとかが、数え切れないくらいあるから」

「是非、お願いしますッ!」

 素早いオーブの返事に、アヤさんが喘ぐような声を漏らした。

「――大事なこと忘れてたわ。オーブさんの記憶について、私とディラン君に相談があるって……」


 言うまでもなく思い出してくれたことを感謝し、私はアヤさんへオーブの事情を大まかに話していった。

 もちろん、真実は伏せたままだが……。

 ラバー市の遺跡の未調査区域で倒れていた、記憶の無い少女がオーブだということ。

 黒髪のオーブはロングランド共和国外の人間らしく、記憶の手掛かりがソニア帝国であること。

 帝国の情報を得る為に遺跡調査員(サーチャー)となり、初仕事で今回の事件に巻き込まれたことなど――。

 それらの事柄を、時折、質問を交えて聞いていたアヤさんだけど、残念ながらオーブに関してわかることは無いという。


「……研修の件と一緒に、オーブさんのことを後でディラン君に話してみるわ。ただ、彼も私と同様で、何もわからないと思う」

 空になったグラスに触れながら、憂い顔で言ったアヤさんが、「そうですか」というオーブの呟きを受けて目を伏せる。

「ごめんなさい。大変な思いをしているのに、力になれなくて……」

「いえ、わたしは平気です」

 気丈に応じた少女から私へ、アヤさんが心配そうな眼差しを向けてきた。

「帝国で、あちらの警察と接触すれば、何らかの情報を得られるでしょうけど……。そういった手段も含めて考えはあるのよね?」

「はい。災い転じて福となすって言葉じゃありませんが……。こういう展開になったのを利用しない手はないですから、やれることはなんでもやってみるつもりです」

 決意を口にした私に、オーブが力強く同意した。

 

「わかった。私もできるだけ協力するから、何かあれば相談してね」

「……アヤさん、ありがとうございます」

 オーブに感謝され、アヤさんは明るい表情で喜んだ。

「それにしても、オーブさんは意思というか、心が強いわね。クリスティアさんの言う通り、まだ十二歳くらいにしか見えないのに、成人扱いされて働いているのも凄いわ」

「理屈はわからないが、身体的強さも屈強な傭兵並だしな。素手の戦いならクリスはおろか、確実に私より上だ」

 アヤさんとロゼに褒められた華奢(きゃしゃ)な少女が、慌てたように手を振る。

「そ、そんなこと、ありません」

「いや、ほんと。それで顔は、とんでもなく可愛いときてるし、なんか反則だよね」

 私が事実をつけ加えると、オーブは頬を赤らめた。

 こういう反応は子供っぽい。ただ、現在、十七の自分の五年前を思えば余程大人だ。


「……わたし、確かに力とかは強いですが、心の強さなんて全然無いんです。自分が誰かわからない不安が何時もあって、時々とても怖くなる。それでも頑張れるのは、クリスさんや、たくさんの人達が支えてくれているからで……」

 噛みしめるように言ったオーブが、静かに顔を俯ける。

 伝わってきた想いに胸の奥が熱くなったけど、私は口をつぐむしかなかった。

「ふむ。やはりクリスを高く買っているようだが、私は頼りないか?」

「え、ちがっ」

 悲しげなロゼの問いに、オーブは血相を変えたが……、

「冗談だよ」と、おどけた口調で続けられ、可愛らしい抗議の声を発した。

 そんな様子を、私が笑って見ていたら、

「ねえ、皆は明日って何か予定ある?」

 突然、真面目な顔をしたアヤさんが、そう訊いてきた。


「ロゼとオーブは用事が入ってますけど、私は何もありませんよ」

 多分、家の人と会うロゼ。病院に行くというオーブが、私の言葉にそれぞれ頷いた。

「――そうなんだ。私ね、明日、ロングランドへ来た記念に、色々買い物をしたいと考えているの。それで、どこかいいところがないか、探しているんだけど……」

 微妙に、ぎこちなく喋ったアヤさん。ただ、要望はわかった。

「あの、ラバー市の百貨店とかでいいなら、私が案内しますよ。カイントの店と比べても規模や品揃えは劣ってませんから、なんでも揃うと思います」

 別に回し者ではないが、私は頭に浮かんだ地元の店を推してみる。

 すると、アヤさんがにこやかに自身の両手を合わせた。


「じゃあ、そこにする。朝からつき合わせることになるけど、クリスティアさんに案内をお願いしてもいいの?」

「構いません。九時には大体どの店も開くので、それくらいにラバー駅前で待合せできれば行動しやすいんですが、来られますか?」

「ええ、今日みたく大使館の人に車で送ってもらえば……。というか、単独での外出は禁じられていて、移動は全て車になってしまうのよ」

「――ああ、なるほど」

 安全面とかを考えれば、妥当な配慮(はいりょ)か。

 同時に荷物の問題も解消し、私は安堵した。が、なんかロゼとオーブの様子が変だ。


「アヤさん。今日、この後、買い物には行けないのでしょうか?」

「それは……。準備もしてないし、ちょっと無理ね」

 答えた相手に謝られ、ロゼが居心地悪そうに身じろぎした。

 ――なによ。つき合いたかったとか? でも、無理なら仕方ないじゃん。 

「わたし、明日、病院に行ってからクリスさん達と合流したいんですがっ」

「ん? けど、あんた……。時間の都合がつくかわかんないでしょ」

 私の指摘に、勢いよく提案してきたオーブが黙り込む。

「えっと、買い物したりするだけだし、こっちの事はいいからさ。ロゼとオーブは、自分の用事をしっかりやってきてよ。ね?」

 確認する私へ、しぶしぶといった感じで二人が首を縦に動かした。

 ――だから、オーブまでなによ。なんかあるの?


 不思議に思った時、アヤさんが声をひそめて笑った。

「明日の案内のお礼に、ここの支払いは私が持つわ。皆、もう昼食は済ませたみたいだけど、デザートとか食べたい物があったらなんでも注文してね」

 そんなことを言われて断れる程、私は人間が出来てない上に、減量もしていない。

 いそいそとメニューを広げた私に対し、溜息をついたロゼとオーブが気掛りではあったけど……。今は美味しそうなパフェを頼むか否か、お腹の具合との相談に集中することにした。

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