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レストピア  作者: 名残雪
28/40

貴方と共に 二

 遺跡管理機構(ミスリル)ロングランド共和国支部、カイント事務所。

 その六階建てビルの最上階まで階段を上がり、まだ午前中だけど照明のついた廊下を進んだ先……。室名札に所長室と書かれた突当りの扉の前で、立ち止まったエイミーさんが後ろについていた私達を見た。

「入るけれど、いいかしら?」

 鞄を小脇に抱えた相手に問われ、私は自分の背後に立つロゼとオーブへ視線を向けた。


 エイミーさんに、私、ロゼの三人は見慣れたパンツスーツ姿だが、オーブは一人、スーツに合わせたスカートをはいている。

 昨日のワンピースより、ぐっと大人っぽい雰囲気になった黒髪の美少女。ただ、膝丈程の長さのスカートが可愛らしさを演出していて、とても良く似合っている。

 ミランダさんが用意してくれたらしい今のオーブの服装は、以前、採用の手続きなどをしに事務所へ来た際にも目にしていたけど、やっぱり新鮮だ。


「はい、お願いします」

 エイミーさんに答えたロゼとオーブは、やや硬い表情をしている。

 もっとも、それは自分も同じだ。

 今朝早く、車でアパートを出た私とロゼは、孤児院にてオーブと合流していた。

 事務所に到着した後は、同僚などから黒き翼の事件について質問攻めに遭い、それらをかわしつつ、エイミーさんのところへ向かったのだが……。部屋で会った相手に、いきなり「所長から話がある」と言われ、驚いたまま、ここまで連れてこられていた。


 私、ロゼ、それにオーブも真面に所長と会話したことはない。

 所長室へ来るのさえ初めてだし、こんな展開で緊張するなって方が無理だろう。

 そう思いながら、私は前に向き直る。

「うし、行きましょう」

 少し上ずった私の言葉に頷き、片手で扉をノックしたエイミーさんが、中から聞こえた男性の声と、二、三言やり取りをして扉を開けた。


 エイミーさんを先頭に、所長室へ入る。

 ……と、すぐに、レースカーテンの引かれた大きな窓が目についた。

 そこから差し込む日光が、応接セットなどの置かれた広い室内を照らしている。

 空調の効いた、高級感漂う立派な部屋。その窓際にあるデスクに座っていたスーツ姿の人物が、横一列に並んだ私達を見て立ち上がった。


「よく来てくれた」

 朗らかに声をかけてきた、恰幅(かっぷく)の良い金髪の中年男性。口髭をたくわえた、愛嬌を感じる顔立ちのこの人が、カイント事務所の所長、レイモンドさんだ。

「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。かけたまえ」

 喋りながら、私達の前にきたレイモンドさんが、手振りで応接セットのソファを示した。

「失礼いたします」

 一瞬、素直に従っていいのか迷ったけど、私はそう返して、四人掛けくらいの大きさのソファへ座る。

 それに倣うよう、自分の左隣にロゼとオーブが腰を下ろした。

 テーブルを挟んだ反対側のソファにレイモンドさんも座り、その傍に立ったままでいるつもりらしいエイミーさんが移動する。


「……今回の事件のあらましは、警察やここにいるエイミー君から聞かせてもらった」

 静かに話を始めたレイモンドさんが、眉間にシワを寄せた。

「捜査が開始されてまだ間もなく、事件の全容解明には程遠い状況だが……。まずは、君達が生還してくれたことに、私は心から感謝する」

 そんなことを言われるとは思っていなくて、どうすればいいのか反応に困る。

「い、いえ、とんでもないです」

 とにかく、返事をした私に、レイモンドさんが続けてきた。

「近いうちに、君達の護衛にあたっていた傭兵の葬儀が執り行われるそうだ」

「そう、ですか」

 短く返し、ジムさんとフィリップさんの顔が頭をよぎる。


「船内に運ばれていたらしい、ご遺体は発見されないままだが……。君達も一歩間違えれば、どうなっていたかわからん。本当に恐ろしいことだ」

「はい、私達は幸運でした……」

 絞り出すような声で、ロゼがレイモンドさんに言った。

 その台詞が、私達の助かった理由の全てだろう。フェザーが船首ではなく、船尾に突っ込んできていたら……とか考えると、今更だけど身体が震えてくる。


「うむ。しかし、運が良かっただけではない。泳がされていたとはいえ、キッカ・マイヤーが救出にきて、彼女と共に脱出を試みていなければ、フェザーの襲撃時、君達は船内にいたはずだ。察するに、そこから船を脱出し、無事に助かることは困難だった。つまり、君達が助かったのは、自ら行動を起こした結果ということにもなる」

「おっしゃる通りです。生死のかかった場面においては、結果が全て。そういった意味で、彼らは正しい選択をしました。キッカ・マイヤーも、少しは救われたことでしょう」

 達観したような口調のエイミーさんが、憂い顔で語ったレイモンドさんに応じた。


 私達の持ち帰った、キッカさんの遺体。

 その衣服を警察が調べたところ、今回の事件の犯行計画を記したメモ帳が発見されていた。恐らく、警察へ供述をする際、証拠として使うつもりだったそれに、ケビンさんが情報を漏えいした手法なども書かれていて、逮捕の決め手となったらしい。

 また、これまで不明な部分が多かった、ロングランドにおける黒き翼の詳細な組織情報とかもあったようで、現在進行している捜査の役に立っているという。


 キッカさんの救いになったかは、わからないが、そういうことがあったのは事実。

 ただ、レイモンドさんの言ったように、あの人が助けにきてくれなければ、私達は今頃、船と一緒に海の底へ沈んでいただろう。過程はどうあれ、今、自分が生きていることは、紛れも無くキッカさんのお蔭だ。


「……人の死を(いた)むことは大切だが、生きている人間は、自らの為すべきことを為さねばならん。私は今回の事件を真摯(しんし)に受け止め、二度とこうしたことが起きないよう、対策に全力を尽くす考えでいる。どうか君達も、それに力を貸してほしい」

「――はい、わかりました」

 レイモンドさんに真っ直ぐな視線を向けられ、私は自然と言葉を口にしていた。

 それにロゼとオーブも同意して、レイモンドさんが顔をほころばせる。

 相手から受ける印象は、誠実の一言しかなくて……。こういう人ならば信じたいと思った時、眼鏡をかけ直したエイミーさんが一つ咳払いをした。


「仕事の話に移るわ。はじめに、知らせていなかったけれど、ミヤノ遺跡のフェザーの調査は中止になったの」

「中止……?」

 普通に続行できないのは予想していたが、呟いた私にレイモンドさんが頷いた。

「今、遺跡や死骸は警察の厳重な監視下にある。今回の事件の後、これまで黒き翼に何らかの動きがあったという報告はないが……。それでも、職員の安全確保の為、捜査が一段落するまで、調査は再開しないことに決定した」

 なるほど、納得の対応だ。

「それでは、ソニア帝国のお二人は――」

「詳しい日程は不明だけれど、近日中に帰国するみたいね」

 私も疑問に思ったロゼの言葉に、エイミーさんが淡々と答えた。

 ……ディランさん達が帰国する。

 そうなるのは当然の流れなんだけど、意外な程、寂しく感じた自分に気づいた。

 生死を共にしたことで、強い親近感が湧いていたのだろうか。


「ところで、君達。そのソニア帝国へ行く気はないかね?」


「――え」

 レイモンドさんの質問に、声をあげたのはオーブだった。

 困惑した表情の少女。隣では、ロゼが訝しげに眉をひそめている。

 ただ、訳がわからないのは自分も同じで、私はレイモンドさんに顔を向けた。

「どういう意味でしょうか?」

「国内の遺跡調査員(サーチャー)を、本部や国外の支部へ研修に行かせて、知識、技術などの交流を図り、国際的に活躍できる人材を育成する。かねてより、そうした制度を実施するよう、本部から各国支部に通達がきていてな」

 完全に初耳で、レイモンドさんの話に聞き入る。

「これからの社会は国際化に向かう。いずれは一般の遺跡調査員(サーチャー)も、一国内に留まらず世界に仕事の場を求める時代がくるだろう。そうなった時の準備として、また遺跡調査員(サーチャー)全体の能力向上の為にも、この制度は早急な実施が望まれている」

 言われていることは、十分理解できた。実際、フリーランスの立場で、世界を股にかけて仕事をしている遺跡調査員(サーチャー)とかも存在する。


「ロングランド支部でも、現在、研修制度の準備を進めているところだ。本格的に実施されるのは、まだ先の予定だが……」

 ふっと息を吐いたレイモンドさんが、ソファに座ったまま身を乗り出した。

「実は、カイント事務所に所属する遺跡調査員(サーチャー)数名に、半年間の試験的な研修を受けてもらう案が出ていてね。行先は、帝国にある遺跡管理機構(ミスリル)本部だ」

「帝国の本部で、半年間の研修……。それに私達が?」

「そうだ」

 頭を整理しつつ喋った私に、レイモンドさんは言い切った。

「若い職員に経験を積んでもらうことが研修の狙いでもあって、クリスティア・ライト君、ロゼッタ・バーンズ君の二人は、元々候補に名前があがっていたんだよ。君達が優秀だという話は、以前より幹部のエイミー君から聞かされていた」

 思いもよらないことを告げられ、私はエイミーさんを凝視する。


「――なにかしら? クリス。私は事実を報告してきたまでよ」

 すまし顔で言った相手は、滅多に人を褒めたりしないので、正直嬉しいが……。

「他にも候補の者はいたが、今回の事件で君達が発揮した判断力や行動力を、私は高く評価している。それらを踏まえた上で、是非とも研修を受けてもらいたいと考えているのだが、如何かな?」

 問い掛けてきたレイモンドさんが、テーブルに両肘をつき、顔の前で指を組んだ。

 ――帝国へ行ける。

 それに対して、色々思いはあったけど、

「確認させていただきたいのですが、研修を受けるのは私達、三名ということでしょうか?」

 私はレイモンドさんに訊きながら、何か言いたげなオーブを見た。


「ああ。無論、オーブ・ライト君も一緒だ」

 レイモンドさんの答えに、ひとまず安堵すると、相手が少女へ目をやった。

「ミヤノ遺跡のフェザーの調査は、君が仕事に慣れる為の研修も兼ねていたそうだ。それはふいになってしまったが、代わりの機会を得たと思ってくれ」

「あ、は、はい」

 口ごもったオーブの返事を聞き、レイモンドさんはソファの背もたれに寄り掛かった。


「今回の事件は、帝国の警察当局や遺跡管理機構(ミスリル)本部も捜査に協力している。話によると、そうした関係者からも、君達の生還を称える声が出ているようだ」

「本当ですか?」

 失礼だとわかっていたが、私は訊き返していた。

「本当よ。少なくとも、本部で貴方達はちょっとした有名人になっている。研修を受けることになれば、好意的な扱いをされるでしょうね」

 あまり現実味のないエイミーさんの言葉。しかし――、

「……そこで、オーブさんの記憶のことを話せば、何か有力な情報が得られるかもしれないわ。或いは、何らかのきっかけで、オーブさん自身の記憶が回復する可能性もある」

 そう言われて、私は内心呻いた。

 横目で見たオーブは、やっぱりというか、落ち着かない様子だ。


「急な提案で戸惑っているだろうが、明後日には返事がほしい。研修の詳しい内容は、今から渡す資料に書いてあるから、まずは、それを読んでみてくれたまえ」

 レイモンドさんの視線を受けて、エイミーさんが持っていた鞄より茶封筒を取り出し、私、ロゼ、オーブの前に並べていく。

 そして、再びエイミーさんはソファの横に戻り、レイモンドさんが口を開いた。

「私からは以上だが、何か質問はあるかね?」

 皆と相談したいことは山程あったけど、疑問は無いと伝え、私はロゼとオーブへ目を向ける。

 すると、二人も同様の答えを返し、頷いたレイモンドさんが腰を上げた。

「では、明後日に、またここで会おう」

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