歪んだ世界 七
水筒を持った男と、空になったトレイを持つ女が船室から出て行く。
無言の男女に監視されながら、黙々とパンを水で流し込むだけの食事とかを済ませたばかりだけど、一息つく間もなく、入れ替わるように人影が室内へ入ってきた。
ブラッドとキッカさんだ。けれど、
「ジャスティンさんは?」
「……彼は休憩中よ。食事は済んだみたいね」
姿の無い相手のことを訊いた私に、キッカさんは淡々と言った。
部屋の中央まで移動した二人が、壁際に座った私達を見据えてくる。
「今後の予定を伝えにきたが、特にない。お前達は朝まで自由に過ごして構わん」
ブラッドは、抑揚のない声で言った。
本当らしいが、全員、再び後ろ手に手錠をかけられている状態では自由も何も無い。
「ただ、妙な動きはしてくれるなよ。人質を手荒に扱いたくはない」
私は続けられた言葉に緊張しつつ、絡みつくような視線を向けてくるブラッドを見返した。この男には、自分達の現状を含めて、色々と確かめたいことがある。
「聞いたんだけど、帝国があんた達の望む要求に応じないのは、承知していることなの?」
私の問いに、ブラッドは泰然とした態度で顎髭を撫でた。
「ああ。人道的立場とやらを重視している連中だが、我々の要求には、これまで全く応じてこなかったからな」
ブラッドは答えて、押し黙っているディランさんとアヤさんに目をやった。
「それでも、万が一ということはある。故に今回、お前達の身柄と引き換えにまずは帝国へ要求を行う。その対応が確定したら、次はロングランドだ。同様の条件ならば救助に動くこともなく、この国は要求に応じるだろう」
さらに喋った男が、私、オーブ、ロゼの方も見てきた。
確かに国内外で様々な動きがあっても、最終的に要求を受け入れるのは想像に難くない。
「そうなった場合、私達はいつ解放されるのよ?」
「遺骸の輸送が完了すれば解放しよう。しかし、それまで相当な時間が掛かることを覚悟しておいた方がいい」
ブラッドは私に言ってから、芝居がかった嘆息を漏らした。
「ロングランドまで要求に応じない時は少々、困った事態となる。その際の、お前達の処遇だが……安心しろ。殺すような真似は考えていない。お前達には色々と利用価値があるのでな」
脅すでもない軽い口調が、恐怖心を煽ってくる。
だが、同時に私は怒りを覚えた。
「まあ、交渉が早く成立することでも祈りながら、大人しく待っているといい」
「要求が通っても無事に解放する気はないんでしょ。あんた達は真実の記録とやらを私達に見せて、仲間になるよう洗脳しようと企んでいる」
私が睨むと、ブラッドは乾いた笑い声をあげた。
「記録のことは知っているらしいな。だが、洗脳とは思い違いも甚だしい。あれを見て考え方が変わるのは、真っ当な人間として当然の反応だ」
「あんたも、真実の記録を見てる。それは、誰かに見させられたの?」
私は、ふと気になったことをブラッドに訊いた。
「いいや、俺は自らの意思で記録を見て、世界の真実を知ったのだ。同様の経緯をたどってきた同志は大勢いる。ジャスティンも同じだったな」
「はい。今回の行動が評価されたので、私もようやく記録を見ることができますっ」
答えたブラッドに、キッカさんは感極まった様子で言った。
まだキッカさんは記録を見ていないらしい。
それでも、この調子なのか……。
「哀れだな、お前達は。過程はどうあれ、偽りを真実だと信じてしまった人間に、もう何を言ったところで無駄だろう」
悲哀に満ちたディランさんの言葉が、私の胸に響いた。
それが今の状況で出せる結論だと、わかってはいる。
ただ、簡単に納得なんてできないから、
「教えてください。なんで、キッカさんとジャスティンさんは、黒き翼の活動に参加しているんですか?」
私は必死の思いで理由を尋ねた。
せめて事情を知りたいと願うくらい、何も気づかなかったが、二人とは共に苦労を分かち合ってきたんだ。
私の問いに、キッカさんは頬を歪めてブラッドを見た。
男が顎をしゃくると、再び私に顔を向けて、
「クリスちゃん。ジャスティンはね、とても敬愛していた両親を、共に壊身病で亡くしているの」
思わぬことを答えてきた。
「壊身病……」
私は眉をひそめながら、病気の名を呟く。
壊身病は、体内にできた悪性腫瘍とかいうモノが全身へ転移し、やがて多臓器不全などで死に至る恐ろしい病だ。大昔からあって、どんな人でも発病しえるけど、いまだ治療法が見つかっていない不治の病の代名詞みたいな存在。
それで、ジャスティンさんが両親を亡くしたなんてことは、初めて聞いた。
「ジャスティンは自分の親と同じく、壊身病で苦しむ人を救いたいと思っている。今の帝国が支配する世界を変えれば、その望みが叶うから、彼は黒き翼の活動に参加しているのよ。私は知り合ってから聞いた彼の考えに共感して、行動を共にしているの」
キッカさんは悲壮感を漂わせて理由を話したが、
「待ってください。病気で苦しんでいる人を救うのと世界を変えることが、どう繋がるんですか?」
意味がわからず、私は疑問を口にした。
「壊身病で苦しみ、死を待つ人間は世界中にいるが……。帝国の秘匿している古代文明の技術に、その治療法があったとしたらどうする?」
「は?」
私は応じてきたブラッドの言葉に困惑する。
「そんなの、あるはずが――」
「あるんだよ。壊身病にとどまらず、およそあらゆる難病が治療可能になる技術の他。現在の文明レベルを遥かに超える故に、優秀な技術者を通じても公開することのできない高度な技術が、帝国には伝えられてきたのさ」
否定しかけた私に、ブラッドは絵空事だとしか思えないことを言って、口の端を吊り上げた。
「時の指導者達が、そうした技術を隠してきた理由は言ったな? クリスティア・ライト、我々の話を真実だと仮定して答えてみろ」
「……伝えられてきた技術の存在を認めることで、戦争があった真実までが露見し、使命である文明の再興に支障が出るかもしれなかったからでしょ」
ブラッドの偉そうな口調に憤るも、私は聞いた話を繰り返した。
すると、男は両手をゆったりと横に広げた。
「その通りだ。そして、我々は……今の世界は、すでに文明が再興した状態にあると認識している。お前はどうかな?」
「か、確信なんて無いけど、再興した状態にあると思うわ」
またブラッドに問われ、私は悩みつつ返答した。
何をもって文明が再興したと言うのかはわからないが、現状の認識としては正しいはず。そう考えた時、頭の中で何かが繋がった。
「……つまり、現代の指導者である帝国上層部は、文明を再興するって使命をもう終えている。だったら、戦争があった事実を隠す必要は無いし、伝えられてきた技術の存在も認めていいと、あんた達は思ってるの?」
私の質問に、ブラッドは重々しく頷いた。
そうか、そういうことだったのか。
黒き翼が帝国と敵対している理由が、やっと理解できた。
「隠す必要は無いといったが……。戦争があった事実が明らかになった場合、世界は大混乱に陥り、帝国の存在そのものが崩壊することも有り得るぞ。それに伴うマイナス面は確実に大きい」
ロゼが眉根を寄せて言った事態は、深刻なんてモノじゃないが。
ブラッドは意に介さない様子で、私達の方を睥睨するように見やった。
「それがどうした。本来、戦争を起こした人間の子孫である我々は皆、過去の事実を知った上で物事を考えてこなければいけなかったんだよ。全てが明らかになった結果、帝国が崩壊したとしても、それは自然なことだろう。何より、高度な技術が公開される利益は、マイナス面など容易に上回る」
ブラッドの言葉に、ロゼは複雑な表情で黙り込んだ。
私も無言のまま、頭を働かせる。
しかし、どうだ。相手は間違ったことは言ってない。
「帝国上層部がいまだに真実を明かさないのは、世界を支配している現状を維持したい為に他ならない。我々はその支配を終わらせて、現代より文明の発展した、真に平和で平等な世界をつくることを目的としている」
「帝国は世界を支配などしていないッ」
ディランさんの怒声がブラッドの話を遮った。
一触即発の雰囲気に私は緊張し、ロゼやオーブも顔を強張らせる。
そんな中で、ブラッドは大仰に肩を竦めた。
「現実として、この世界で帝国に逆らえるモノはいない。御せない存在は自然やフェザーくらいなものだ。それ以外は何もかもが自分達の思い通りになる。これを支配と呼ばずしてなんと呼ぶ」
ディランさんとは対照的に、ブラッドは落ち着いた口調で言った。
帝国は悪政なんかしていないと断言できる。
……が、男の言葉もまた事実だ。
私は、ブラッドと黙したまま佇むキッカさんをじっと見た。
最早この人達の考えを変えたり、行動をやめさせることは無理だろう。
ただ、それでも、今は言葉を口にするしかない。
「これまでの話が本当だとすれば、あんた達のやろうとしている事も正しいと思う。でも、世界に平和をもたらしたいなら、あくまで平和的な方法をとるべきで、テロとかをやるのは間違っているわ……!」
青臭かろうが綺麗事だろうが、私は自分の考えをはっきり告げた。
けれど、やっぱりか。キッカさんは顔をしかめたのみで特に反応もなく、ブラッドは私に冷ややかな目を向けてきた。
「平和的な方法など、すでにやったが黙殺されてきたんだよ。我々の主張を証明する証拠は、帝国上層部によって徹底的に隠蔽されている。真実の記録も作り物と見なされている状況で、連中を正す為には――」
「テロをやるしかないとでも言う気かッ」
ディランさんが声を荒げてブラッドを睨みつけたけど、相手は涼しげな顔をしている。
「いくら言葉を交わしても、帝国のつくった常識を信じて疑わないお前達が、我々を理解することは不可能だろう。今はそれでいい。寛容の精神を重んじるソニア教徒よ。いずれ、我々の考えも受け入れてくれることを期待しているぞ」
平然と言ったブラッドが含み笑いをして、私は呆気にとられた。
この男は、人を愚弄している。
「ふざけるな。なんであれ、簡単に人を殺せる者達の考えなどを、誰が受けいれるものかッ」
すぐさまディランさんが断じたけど、ブラッドは微かに笑っただけで身を翻す。
そして、船室から出ていく男にキッカさんが続いた後、再び扉が閉ざされた。
「今、何時かしら……」
しばし、沈黙に包まれていた揺れる船室内で、アヤさんがぽつりと言った。
一応、私は周囲を見回したが、灰色の壁に囲まれた部屋のどこにも時計なんてない。
着ているつなぎのポケットに懐中時計が入っていたけど……。森で捕まった後、トラックの荷台へ乗せられた時点で、所持品と呼べる物は全部奪われてしまっていた。
「すでに夜中だとは思いますが、それ以上はわかりません。外も、何も見えない」
立ち上がって角窓を覗いていたロゼが、首を横に振る。
「クリス。船に乗った場所はサイエン市だと気づいているな?」
「うん、ロゼもわかってたんだ」
相棒に答えると、オーブやアヤさん達が少し驚いたような顔をした。
その皆へ、カイント市の南西にあるサイエン市の位置を説明しつつ、私は気掛りなことを口にする。
「ミヤノ町にいる人達。さすがに私達が到着しないの変だと思って、道中の森とか捜索してるよね」
「ああ。だが、まず普通は事故か道に迷ったと考える。発見されないまま時間が経てば、何者かに連れ去られた可能性も考えるだろうが……。いずれにせよ、今は他者の助けがくる状況にないだろう」
わかってはいたが、暗い口調のロゼの返事に、私は照明の点いた天井を仰いだ。
「僕達がさらわれたことを示す証拠は何も無い、か。あのトラックなども、恐らくは港と別の場所で処分されている」
ディランさんは、険しい表情で一人ごちた。
その隣で、アヤさんが手錠を軋ませながら溜息をつく。
「要求を受けた帝国とロングランドがどう動くにせよ、事は黒き翼の思惑通りにしか運びそうにありませんね」
沈んだ声が室内に流れた。否定したいけど、どうしようもない現実がある。
「あ、あのっ! ソニア帝国が、戦争があったことや高度な技術を隠しているというのは、黒き翼の思い違いなんですよね?」
突然、黙っていたオーブが声をあげて、私は驚いた。ロゼとアヤさんもハッとして目を見開いた中、ディランさんが優しく少女に笑いかける。
「オーブさん、帝国は何も隠してなどいません。彼らは間違ったことを信じてしまっているんです」
「……わ、わかりました」
そう言ってオーブは頷いたけど、表情は晴れていない。まあ、自分にとって記憶の手掛かりで、生まれ育った場所かもしれない帝国をあれだけ悪く言われれば、いい気はしてないはず。少し様子が変だったのも、その所為だろう。
私も黒き翼の話なんて信じてないが、まだ整理のつかない気持ちが残っている。
「あー、私は知らないんですが……。そもそも黒き翼って何時頃からある団体なのか、ディランさん達はわかりますか?」
「百年以上前に、帝国内で大規模な反政府運動を起こした人達がいたんです。その彼らが中心となって作った集団が現在の黒き翼らしいのですが、詳細は不明で……」
何気なく訊いた私に、ディランさんが教えてくれた。
ただよくわからないみたいで、それが原因なのか。相手はずっと苦い顔をしている。
「当時も今も、黒き翼の指導者と呼ばれている人は女性らしいのよね。代々、女性が帝位を継承してきたソニア帝国に対抗してるって、ディラン君?」
どうしたのか。
アヤさんが喋っていた最中、急にディランさんが項垂れて全員慌てた。
「す、すまない。僕は……」
ディランさんは我に返ったように顔を上げたが、言い終わらない内にまた頭が落ちかける。
「気分が悪いなら、休んでいたら?」
気遣うアヤさん自身、心なしか顔色が良くない。
「平気さ」とディランさんは返したが、全然そうは見えなかった。
これは二人とも、ちょっとまずそうだ。
「えっと、いま私達がやれることって、多分なにもないです。この先、何があるかもわかりませんし、幸い休める状況にはあるので、一度全員で休みませんか? 眠れるなら眠った方がいいです」
私の提案に、アヤさんとディランさんは躊躇うような素振りをしたが……。
ややあって二人とも首肯し、さらに同意してきたロゼとオーブが表情を緩めた。
当然というか、全員疲れなどがあったのだろう。私も身体はともかく、精神的にかなりの疲労を感じていた。
自分の感覚を確認していると、ディランさんがよろめきつつ立ち上がり、一人だけ私達のいる壁際から離れ、反対側の壁に向かって歩き出した。
「どうしたんですか?」
単純に何をしているのかと思い、呼びかけた私へ、
「……いえ、男の僕が近くにいたら、皆さんの気が休まらないでしょう」
振り返ったディランさんが、困り顔でそう答えた。
身体の線が細く、中性的な顔立ちをしているディランさんは、一見女の人にも見える。だからじゃないけど、私は相手が男性ということを余り意識していなかった。
「別に、私は気にしないし、クリスティアさん達もそうだと思うわよ」
私の左右に座ったロゼとオーブが、アヤさんの意見に頷く。
それに私も倣ったが、ディランさんは表情を変えず一つ首を横へ振り、反対側の壁際に座り込んでしまった。
こんな時で手錠までされてるのに、なんというか……真面目な人だ。
「アヤさんとディランさんは、知り合って長いのですか?」
不意にロゼが隣のアヤさんに尋ねて、私も顔を向ける。
「今の研究所で一緒に働くようになって、一年程になります」
「一年? もっと長いつき合いかと思っていました」
ロゼは返答に意外そうな顔をした。
私も同じ感想を抱き、話を訊こうとディランさんを見る。……が、
「クリスさん。ディランさん、眠ってしまったみたいです」
「はい?」
オーブに小声で言われてびっくりした。
視線を戻してみれば、ディランさんは目を瞑ったまま動かず、静かに肩を上下させている。どうも、本当に眠っているみたい。そうした方がいいとは言ったけど、素早い行動だ。
「寝かせてあげてください。ディラン君、かなり無理をしていたんだと思います」
そう呟いたアヤさんを、私は訝しんで見やる。
「まだ、話してなかったですね。必要があれば伝えるつもりだったんですけど、ディラン君は元々、体力が無いというか……。はっきり言うと、身体が弱いんです」
「身体が弱い?」
私、ロゼ、オーブの声がきれいに揃った。
「ええ。それでも野外活動などが好きな人なので、今回の調査に進んで参加したんですが……。森で銃を撃ったり、激しく口論をしたりして、体力に限界がきていたんでしょう」
私は、アヤさんの言葉に驚きながら、
「気になったんですが、ディランさんって黒き翼に何か恨みとかあるんですか?」
頭に引っ掛かっていたことを口にした。
「それ、私も気になっていました。けれど、わからないんです。今までディラン君と黒き翼の話をしたこと自体、ほとんどありませんでしたから」
アヤさんは答えて、思案するように眉を寄せた。
「帝国では、国外に出向く技術者や一般市民などにも黒き翼の情報を与えて、テロへの注意を促しているんです。それを含め、私も黒き翼に対する知識はある程度持っていて、今日聞いた話などは全て知っていました。でも、あのブラッド・グレイという人のことは全く……」
「やつのことを何故、ディランさんが知っていたのかわからない、と?」
首を傾げたロゼに、アヤさんは頷いた。
なにか、ディランさん色々謎だ。本人に訊けばいいかもしれないが、今日の様子を思うとさすがに言いにくい。
「ああ、だけど、本当にこんなことになってしまうなんて……。私達、ロングランドへ来るのは初めてで、帝国を出る前、安全な国だと聞いていたんですが……」
「すみません。ただ、キッカさん達の言葉通り、この国では今までテロなどが起きてこなかったので、そうした備えも不十分だったのでしょう」
「うにゃ、国だけの所為じゃないけど、本当にすみません」
ロゼが嘆くアヤさんに謝って、私もそう続けた。
一介の遺跡調査員が、テロ対策の不備を謝罪してる場合じゃないけど、いたたまれない思いで一杯だ。
「あっ、違うんです! 不満を言ったつもりはなくて、私こそ、ごめんなさい」
ぽかんとしていたアヤさんが、焦ったように喋った。
どうやら互いに誤解があったらしい。
ただ、それもすぐに解けて、私達は苦笑いを浮かべた。
「こんな事やってても仕方ないですね。早く休みましょう」
私は言って、後ろの壁に背中を預ける。
オーブとロゼ、さらにアヤさんも同じく壁を背にした。
手錠をかけられた姿勢は窮屈極まりないけど、休むのに支障はない。
とはいえ、「オーブ、眠れそう?」と、私は横の少女に声をかけた。
それこそ不満はおろか、ずっと弱音一つ吐かない相手が心配だ。
「はい、平気です。けど……」
「けど、なに? なんでも言ってよ」
訊くと一瞬、視線を外したオーブが、躊躇いがちに口を開いた。
「少しだけ怖いので、クリスさんにくっついていてもいいですか?」
何を言われるのか身構えたが、そんなことか。
「――うん、いいよ」
脱力しつつ応じると、微笑んだオーブが、私の身体に寄り掛かってきた。
すぐに瞼を閉じた少女を見て、私も目を瞑る。
「クリス、それで休めるか?」
「大丈夫。ロゼ、頑張ろうね……」
暗闇の中、何をとは言えずに相棒に応えて、私は大きく深呼吸した。
普通に働いていて死にそうな目にも遭うのが、遺跡調査員という仕事だ。実際、私とロゼだって事故に遭ったり、野生動物などに襲われてきたし、運悪く命を落とした人も見ている。
でも、殺人を見たのは今日が初めてで……。正直、現状はこれまでの経験を踏まえても最大の窮地だ。生命の危機ではないとはいえ、真実の記録の事とかを考えれば、今後どうなるか全くわからない。
こうなったのも、運が悪かったと言えばそれまでだろう。
けれど、諦めて達観する気になどなれなかった。
絶対、全員無事に助かるんだから……!




