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レストピア  作者: 名残雪
20/40

歪んだ世界 五

 停止していたトラックが再度、走り始める。

 信号に引っ掛かっていたらしく、他の車の走り出す音が聞こえた。加えて、時折、人の話し声もする。

 ここがどこかの街中なのは確実だ。

 しかし、後ろ手に手錠をかけられ、喋れないよう布で口を塞がれた私達が、荷台内の長椅子に座らされているなんて、誰も気づくはずがなかった。


 街が近いと聞いて、すでに一時間以上は経っただろう。

 それ以降、対面の椅子に座るキッカさん、ジャスティンさん、ブラッドの間に会話はない。ただ、全員が鋭い眼差しをこちらに向けてきていた。

 その相手達を、少し前に意識の戻ったロゼとディランさんが挑むように見据えている。対して、アヤさんとオーブは、ずっと暗い表情を浮かべていた。


 皆の様子を見ていて、横のオーブと目が合う。

 もう何度目かわからないが、オドオドした落ち着かない様子の少女に、私は大丈夫という意志を込めて頷く。……と、すぐにオーブが頷き返してきた。

 多分、思いは伝わっているだろう。でも、正直なところ全然、大丈夫じゃない。私でいえば殴られた鈍痛は引いたものの、状況は一つも良くなってなかった。

 ブラッド達は、私達を人質として何か交渉をしたいらしいけど、未だその相手や目的は不明ときてる。

 この後、どうなってしまうのか。同じことを繰り返し考えて、思考がループした瞬間、またトラックが止まった。さらに、動力の電動機の音も消え、運転席と荷台を仕切るカーテンが開いた。


「到着しました。後ろの車もついています」

「ご苦労様。手筈通り、荷物を移してちょうだい」

 顔を出した助手席の男と、キッカさんのやり取りが聞こえた。

「運ぶぞ」と外から男の声がして、幌の後面のカーテンが両側へ引かれる。

 その途端、流れ込んできた空気に、私は鼻をひくつかせた。

 ……これ、潮の匂い? どこかに着いたみたいだけど、海の傍なの?

 困惑していると、作業服姿の男達が四人、荷台へ上がってきた。

 森で対峙した相手が私達を一瞥して、積んであった荷物などを次々と運び出していく。こんなことにならなきゃ、後で見せてもらおうと思っていた研究機材も一緒だ。

 その作業を見ていたブラッドが立ち上がり、私の方に顔を向けた。


「よし、聞け。今からお前達は一人ずつ外へ出て、停泊している船に乗ってもらう」

 ――船だって?

 まさかの言葉で、驚く私にキッカさんが近づいてくる。

「クリスちゃん、立ちなさい」

 指示にひとまず従うと、背後に回った相手が、手錠のかけられた手首を掴んできた。

「荷台を降りて横にあるタラップを上がるのよ。言っておくけど、船の乗組員は全て黒き翼の本部からきた同志だから、助けを求めても無駄。大人しく言う通りに行動してね」

 強い口調のキッカさんに、私は仕方なく首肯する。


 外へ出ると、薄暮(はくぼ)の空を映した海面が目の前に広がった。

 穏やかな潮風に、打ち寄せる波音と海鳥の鳴き声が混じって聞こえてくる。

 そこは人気の無い、だが一見して港とわかる施設だった。

 古びた倉庫が立ち並び、置かれた大量のコンテナや木箱と、それらを運ぶ為のクレーンが目につく中。私は傍の埠頭に停泊している船を見上げた。

 白い船橋(せんきょう)の突き出た船は、端から端まで百メートル程の大きさがあった。甲板上にコンテナが積まれた、小型の貨物船みたいだ。所々、錆びた船体は水色に塗装され、その船縁(ふなべり)に階段状のタラップが設置されている。


 嘘でしょ。こんなモノを用意していたなんて……。

 驚愕していると、キッカさんに背中を押された。

 私は進みながら、ふと目を凝らす。

 船の後方に、大きな山が見えた。暗くてわかりにくいが、あれは標高約三千八百メートルを誇るロングランドで一番高い山、ブルーマウンテンだ。

 ブルーマウンテンが左手にあって、襲われた山中からの移動時間や位置関係を考えると、ここはカイント市の隣にあるサイエン市?

 サイエンは以前、両親と住んでいた自分の生まれ育った街だ。ここに見覚えはないけど、似た景色の港なら知っているし、恐らく間違いない。

 ただ、現在地が判明したところで、なんの意味があるのか。

 私はタラップに足を乗せて、溜息をついた。

 そろそろミヤノ町にいる人達が到着しない私達のことを探し始めていて、警察も呼ばれている可能性がある。

 けど、こんなことになっているとは想像もつかないだろう。キッカさんが言っていた、「絶対に発見されない場所」とは海上のこと――。


 タラップを上がりきると、船橋の下に出た。

 眼前に開いている扉があって、「中へ入りなさい」とキッカさんに促される。

 歩き出すも、甲板上にいた船員の格好をした男達からじろじろと視線を向けられ、私は眉をひそめた。

 一体、何人の仲間がいるのか。

 今更だけど、最早、自分の力じゃどうしようもない事態になっているのだと自覚して、恐怖感に襲われる。

 でも、他の皆はともかく、オーブはもっと不安な気持ちでいるはず。だのに、私が弱気になんてなれない。しっかりしなきゃ……。

 自身を奮い立たせつつ、私は船内に足を踏み出した。




 角窓一つしかない、三メートル四方程の牢屋みたいな船室を、天井につけられた白色の照明が照らしている。

 波の所為か、僅かに揺れる殺風景な部屋の扉が開いた。

 現れたディランさんが、先に連れてこられ、窓のある壁際に座っていた私とオーブ、ロゼ、アヤさんを見て、安堵したように表情を緩める。ただ、背後にいたジャスティンさんから、「止まらず壁際までいけ」と注意され、渋面でアヤさんの横に座り込んだ。

「これで一段落だな」

 呟いたジャスティンさんが、室内で私達を見張っていたキッカさんと頷き合う。

「ああ。同志に負傷者が出たのは予想外だったが、目標は達成できた」

 そう続けたのは、部屋に入ってきたブラッドだ。


「同志、キッカ、ジャスティン。全員の布をとってやれ」

 黒髪をかきあげるブラッドの言葉で動いた二人が、私達の口を塞ぐ布を解いていく。手錠はそのままだけど、ようやく呼吸が楽になって、私は深く息を吐いた。

「この船は間もなく出港する。行先はクーロン州だ」

「――クーロン州?」

 唐突に告げてきたブラッドへ、ロゼが目を剥いて訊き返した。

 クーロンは、五つに分かれたロングランドの州の中で、一番南に位置する州だ。現在地がカイント州のサイエン市だとすれば、直線距離でもかなり離れた場所になる。


「あんた達の目的は何? クーロンに行ってどうするのよ」

 問い掛けた私を見て、ブラッドは顎髭を撫でた。

「クーロン州内には、この国における黒き翼の活動拠点がある。そこについた後、我々はロングランド共和国政府とソニア帝国政府に対し、お前達の身柄を交換条件に幾つかの要求を行う」

 相手の言葉で、全員が一様にハッとした。

 ロングランドで活動している黒き翼の拠点が、クーロン州にある……。

 そんなの知らなかったが、政府に要求を行うなんて本気なの?

「到着予定は二日後。それまで、お前達はこの部屋で過ごしてもらう。食事などは与えよう。その間や小用に立つ際は手錠を外すが、常に監視はつく。逃げても外は海、馬鹿なことは考えない方が身の為だ」

 念を押すようにブラッドに言われたが、待遇以前に状況がのみ込めない。

 皆も混乱しているようだけど、ディランさんがブラッドをキッと睨んだ。


「……帝国への要求は、戦争があった事実を認めることや、秘匿(ひとく)している古代文明(ババロン)の技術を公開することか?」

「ふむ、その通りだ。ディラン・キング」

 ブラッドの返答に、ディランさんが怒りをあらわらにする。

「そんなモノは存在しない。お前達は空想に駆られて、どれだけ罪を犯す気だ?」

 古代文明(ババロン)の技術が、どうしたのか。

 二人が何を話しているのか、私にはさっぱりわからない。


「――秘匿している技術って、なんですか?」

 突然、私の横でオーブが声をあげた。

 連れられてきた時から不安げな表情をしていた少女が、臆した様子もなくブラッドを見つめている。問い掛けは自分も疑問に思ったことだが、オーブの姿になにか違和感を覚えた。

「オーブさん。全ては戦争と同じ、黒き翼の妄言だ」

 辛辣な口調でディランさんが応じるも、

「お前は黙っていろ。オーブ・ライトは俺に訊いている」

 そう返したブラッドが、にやりと笑う。


「車中で言った通り。戦争を生き残った人間の子孫で、指導者の立場にあった者達には、かつて戦争のあった真実と文明を再興させる使命が伝えられてきた。それと共に、連中には失われたとされている、古代文明(ババロン)の技術も伝えられてきたんだよ」

 初めて聞く冗談みたいな話に、私は呆気にとられた。

「……ちょっと待って。古代文明(ババロン)の技術は、現代には伝わっていないのよ」

 常識の通じる相手じゃないことは承知で、私は言った。

 呆れたような顔で頷いたロゼも、ブラッドの話は初耳だろう。眉を寄せているディランさんとアヤさんは知っていたらしいが、オーブだけは真面目な表情をしている。


「愚かな発言とはいわんよ。古代文明(ババロン)の技術は、現代には伝わっておらず、近代科学の発展によって復活したモノだ。そう教え込まれてきたお前達が、俺の言葉を信じられないのも無理はないだろう」

「それが、違うって言いたいわけ?」

 私が声を低めて訊くと、ブラッドは口の端を歪めた。

古代文明(ババロン)の技術は、戦争によって文明が滅ぶと共に大半が失われた。しかし、残ったモノは現代まで伝えられてきていてな。指導者達は、その技術を用いて、文明の再興を密かに手助けしてきた」


 馬鹿なと思いながらも、私は話につき合う。

「仮にそんな技術が存在したとして、なんで密かにやる必要があったの?」

「指導者達に伝えられてきた古代文明(ババロン)の技術には、戦争に関わるモノもあったのだ。伝えられてきた技術が一つでもあることを認めれば、芋づるの如く他の技術も露見しかねない。そして、最終的に真実が知られることを恐れた連中は、技術の存在自体を隠すしかなかった」

 一応、理解できる理由を喋っていたブラッドが、誰に向けるでもない嘲るような笑みを浮かべた。

 それを受けてか、深刻な顔で黙っていたジャスティンさんが口を開く。


「技術の存在を隠しつつ文明の発展を助ける為、時の指導者達は一握りの優秀な技術者などに、伝えられた戦争の事実や古代文明(ババロン)の技術を教えてきた。そうした人間により、あたかも研究を重ねて復活させたように見せ掛けられたモノが、電池や電動機、それに発電所(プラント)などの革新的な技術なんだ。当然、一連の裏工作には遺跡管理機構(ミスリル)も関与している」

 ――有り得ない。

 ジャスティンさんやブラッドの話は、これまでの科学の進化や遺跡調査員(サーチャー)という仕事の存在意義までを吹っ飛ばすことだ。


 気づけば唇を噛みしめていた私に、

「もちろん、何も知らない技術者などが、発見された遺物(レリック)の技術を苦労の末に解析して復活させた例もある。それを考えれば、遺跡調査員(サーチャー)のやってきた行為も無駄ではないのよ、クリスちゃん」

 キッカさんは、そう気遣うように言ってきたが、気休めにもならない。

 確かに、歴史に名を残している技術者などは皆、帝国の研究機関に所属していたと思うけど……。裏工作みたいなことをやってきたなんて、言いがかりもいいところだ。


「秘匿している技術について、わかってもらえたか? オーブ・ライトよ」

「は、はい」

 ブラッドに問われて、オーブは曖昧に頷いたが、メチャクチャなことを話しておいて何をわかれというのか。

 私が内心毒づいた時、

「帝国の他、ロングランドにはどんな要求をするつもりだ?」

 不意にロゼが言って、ブラッドは薄く笑った。

「例えば国ではなく、個人的に身代金を要求したとして、バーンズ家はお前に幾ら出せるのだろうな」

「――なんだと?」

 瞬時に気色ばんだロゼが、説明を求めるように私を見てきた。

「あんたが気絶していた間に、ネレイース商船の話とかが出たのよ。今、気づいたけど、そういう情報を流したのも全部ケビンさんだ……!」

 苛立ちつつ思い至ったことを告げた私にロゼが頷いて、ブラッドを睨む。

「貴様ら、私の家にまで何かを要求するつもりか?」

 怒気を含んだ質問に答えず、ブラッドは黒衣の懐から懐中時計を出して、私達に背中を向けた。


「身代金は冗談だ。ロングランドにはフェザーのことで要求があるのだが……、俺は船橋へ行かねばならなくてな。後の話はこの二人に訊け」

 首だけ巡らせて、こっちを見たブラッドがぼそりと言った。

「フェザーって……。ま、待ってくださいっ」

 声をかけたアヤさんに応じることなく、「任せたぞ」とキッカさん達に続けた男が、船室を出ていく。

 その背を隠すように、重々しく軋む鉄の扉がゆっくりと閉まった。

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