はじまりの遺跡 二
――遠い昔。
具体的には三千年くらい前、この地球へ大きな隕石が衝突した。その影響により世界は恐ろしい天変地異に襲われ、数多くの生物と共に、人類もほとんどが滅んでしまったという。
滅んだ人類が築いていた文明は、のちに古代文明ババロンと名づけられた。
しかし、古代と言っても遺跡と呼ばれる当時の建造物や、そこから発見された遺物という機械などは、今の技術をもってしてもつくれない物が多く、古代文明が現代より遥かに高度な文明だったことは、確かな事実として広く認知されている。
古代文明の技術は、文明が滅ぶと共に失われた為、現代には伝わっていない。ただ、その一部が、近年科学の発展などによって復活し、今や日常生活に欠かせない存在となっていた。それらの代表が、都市への電力供給を行っている発電所や、自動車などの電気製品の動力源である電池だ。
古代文明の技術を復活させたのは、長年、遺跡の構造や遺物を解析してきた技術者などだけど……。その陰に危険を顧みず、遺跡の発見及び調査をしてきた遺跡調査員の活躍があるのは言うまでもない。
先人達も、今の私のように未知の領域へ足を踏み入れ、偉大な発見をしてきたに違いなかった――。
過去の歴史に思いを馳せつつ、帰りのロープを上階に固定した後。落下した部屋を出ると、そこには照明の光も届かない本当の闇が広がっていた。
当然と言えば当然だ。そもそも上階の照明は、ここが発見されてから設置されたもので、地下にある遺跡の姿としてはこれが正しい。
先頭に立った私は、ヘルメットのライトを点ける。
すると、正面。円形の光の中に、くすんだ白い壁が浮かび上がった。
左右には幅二メートル程の通路のような道が続いているが、片方は途中で瓦礫に埋まっている。
「進路は北しかないな。私達が入ってきた遺跡の入口も北側にあったから、そちらに繋がるルートがあるかもしれない。気をつけて行ってくれ」
後ろで方位磁針を確認するロゼに「了解」と返し、私は慎重に通路を進む。
相変わらずかび臭くて、湿気もかなりある。
ただ、高くも低くもない気温は、一応快適といえた。
突当りまでくると、通路が東へ方向を変えた。
しかし、一本道なのでそのまま進むしかない。
足元は石のタイルが敷かれ、その所々に天井から落下したらしき欠片が、埃をかぶって転がっていた。
考えたくはないけれど、上階がまるごと崩落するなどという、洒落にならない事態も有り得る。そうなったら、運がなかったと諦めるしかないか。
「遺跡調査員に最も必要なのは、知識や経験以上に運だもんね」
状況は全然違うが、自分同様、遺跡調査員で、運なく遺跡を調査中の事故で死んだ、両親の口癖を呟いた時。
「何か言ったか?」と、ロゼが後ろから声をかけてきた。
どちらかと言えば、これまで振り回すことが多かった相棒だ。今日、ここに来ることを計画したのも私だし……。何かあった場合は、せめて庇うくらいしてみせよう。
そう思いながら、「なんでもないよ」と返事をした。
唐突に通路が終わり、開けた空間に出る。
そこは落ちた部屋より遥かに広い、正方形の大部屋のような場所だった。
見た感じ、ライトの光が届く範囲には瓦礫以外なにもないが――。
「その辺、探索してみようか?」
訊いてから、私はヘッドライトより明るい懐中電灯をザックから出した。
「足元に注意しろ」
「あいよ」
同じく懐中電灯を点けたロゼに答え、部屋の中で二手に分かれる。
落ちている瓦礫の中に、金属やら機械はないだろうか。
なんだかわからないゴミのような物体が、実は古代文明の技術の結晶ともいえる重要な遺物だった……なんて例も実際にあったりする。もしかしたら、ここにもそういう物が眠っているかもしれない。
新たに発見された遺物、または遺跡自体の扱いがどうなるかは、その重要性や発見者によって様々だ。
しかし、どのようなモノでも、それらが遺跡管理機構……通称ミスリルという国際機関の管理下に置かれることは共通している。なので遺跡などを発見した際、発見者はまず遺跡管理機構に連絡を取るのが、世界的な通例となっていた。
この遺跡を発見した工事業者も通例に倣い、遺跡管理機構ロングランド共和国支部に発見の一報を入れていた。
そこから派遣された遺跡調査員の調査によって、ここは取り壊しが決まったわけだが……。保存する価値もなく壊される遺跡で何か重要な発見をした場合、全てではないけど新たな発見者の功績扱いとなるので、気分はもう完璧に宝探しだ。
第一、調査の完了した遺跡に未調査区域があったってだけで、それなりに大事。さらに、そこからとんでもない遺物とかが発見されれば、ここを壊す判断がくつがえることすらある。
そうなれば、利権や業者の意向など色々面倒な話が……。
うんにゃ、いかん。
余計なことはいいから、真面目に調査しよう。
考えを改めた時、ロゼが懐中電灯を振りながら、私の名前を呼んだ。
「まだ下があんの?」
驚いた私の声が、暗闇の中で反響する。
部屋の南東の角。そこでロゼが床に置いた懐中電灯に照らされていたのは、どう見ても下り階段だった。
「……地下四階が存在するということだな」
階段の傍に立つロゼが、当惑したような顔で言った。
今の自分も似た表情をしているだろう。
さて、困った。どこまで調べに行っていいものか。
「この部屋に目ぼしい物や他に進める通路などはないが、どうする?」
相棒の問い掛けに思案しながら、私は床にしゃがみ込む。
電灯で照らすと、白い石の階段は数メートル下った先で折り返していて、なおも下へ延びていた。
私は自分の電灯も床に置き、ザックから地図を取り出す。
一度、上階と現在地の位置関係を確認してみよう。
そう思った直後、階段の下の方で数回、激しく白光が瞬いた。
「――なに?」
慌てた声を揃えて、私はロゼと顔を見合わせる。
一瞬だったけど、この状況で自分達以外の光を見間違えるはずがない。
「な、なんか光ったよね」
私は喋りつつ階段を下りて、折り返し地点から下方を電灯で照らした。
「誰かいますかっ?」
呼びかけた声が、再び静かな遺跡内に反響する。
……と、階段を下った先にある部屋らしき場所で、また何かが光った。
「クリス、勝手に行動するなっ」
「ロゼ、あそこに誰かいるみたい」
私は横へ並んだロゼに言って、光の見えた下の部屋を指差した。
「呼びかけたら、反応があったの」
「本当か?」
私の言葉に驚きの表情を浮かべたロゼが、すっと息を吸い込んだ。
「誰かいるのか? いたら答えろっ!」
私より、更に大きな声を発したロゼ。
しかし……。
「なにも、返ってこないな」
反響音がおさまって、事実を呟いたロゼに、
「でも、あんただって光は見たよね?」
私は緊張しながら、訊いた。
「だが、私達の他に誰が……」
戸惑うようなロゼを見て、素早く考えを巡らせる。
様々な危険がある遺跡は、通常、遺跡管理機構によって、関係者以外の立ち入りが厳しく制限されている。けど、取り壊しが決定したここみたいな場所に警備の人間がつくことはなく、実質的に誰でも出入り自由な状態の遺跡が少なからず存在していた。
ただ、そうした場所に入り、中で何かあった時は当然自己責任となる。
遺跡調査のプロである遺跡調査員の間では、アクシデントがあった際の保険として、遺跡の入口に進入日時を書いたメモなどを残し、無事に出た後、回収するのが原則となっていた。
遺跡調査員が遺跡へ入る際は、まずメモの存在を確認して、長期間内部にとどまっている人がいないか注意する必要がある。もちろん、私達もメモを残し、そこに他人の物が無いことを確認してきたが……。
「やっぱり、遺跡調査員か、それに関わりのある人間じゃない? 興味本位でやってきた素人とかが、こんなとこまで入り込むとは思えない」
私は話しながら、手の地図に電灯を向ける。
「私達がメモを確認した北側以外にも遺跡の入口はあるし、そこから入った人がいたのかもしれないよ」
「他の入口はそれぞれかなり離れているぞ。構造上、現在地と繋がってもいない」
難しい顔のロゼの意見は、もっともだけど……。
「私達と同じで、見つけた未調査区域を進んできたら、ここに繋がったとか?」
「わからない、とにかく行ってみるか」
結局、ロゼの返してきた言葉が今出せる結論だった。
それに頷いた私は地図をしまいつつ、一歩一歩階段を下りていく。
何者かに先を越されたりしたのなら悔しいが、今はそんなこと言ってられない。声も出せない誰かが、私達に自分の存在を知らせたのだとすれば、その相手は怪我を負った状態で助けを求めている可能性もある。
どこか冷たい空気を感じる、上より一回り小さい部屋の中を、私は電灯で照らした。じっと目を凝らしてみるも、光を受けて影を伸ばすのは瓦礫だけで……。人や光源、通路などは見当たらず、私は眉を寄せる。
「誰もいないし、行き止まり?」
「いや、待て。あれは扉か?」
すぐ後ろのロゼが、正面の壁の一部を電灯で示した。
そこにあったのは、壁と同化しているような金属らしきプレートだ。
普通の扉程の大きさがあるプレートに近づいてみると、壁との間に、横歩きしてギリギリ通れるくらいの隙間があった。
その奥で、また何かが光りを放つ。
「一体、なんだ?」
訝しむロゼを横に、私は思い切って口を開いた。
「うし、私が通ってみる」
「……気をつけろよ、クリス」
私は心配そうなロゼに頷き、下ろしたザックを手に持った後、気合いと共に隙間へ身体を滑り込ませた。
正直、怖い。そして、狭い。
ただ、幸か不幸か。出っ張りの少ない身体は隙間をなんとか抜けて……。
息をつき、顔を上げた瞬間、私は言葉を失った。
どういう仕掛けか。視界に映ったのは、天井や床がぼんやりと青白く発光している、奇妙としか言えない小部屋だった。
壁際に何やら計器のついた機械が並び、部屋の中央部分には直径二メートル程の、金属のような円板が置かれている。
その円板の上に、うつ伏せの状態で、人が倒れていた。
「――大丈夫ですかっ?」
私は声をかけ、急いで倒れた人に駆けよった。
誰かいるかもと思ってはいたが、驚いたなんてもんじゃない。
握っていたザックと電灯を床に置き、相手の姿形をよく見る。
その途端、ハッとした。
これ、子供?
床に絨毯の如く広がった、あまり見慣れない黒髪。それに覆われた人の身体は、頭から素足の先まで一メートル半もないだろう。
私は、髪を踏まないよう注意して座り、相手の肩に手をかける。
……と、はらりと流れた髪の間より、白い背中やお尻の一部がのぞいた。
この人、裸じゃないか。
「クリス、それは人なのか?」
「あ、ロゼっ。ちょっと早くきて!」
私は背後から聞こえた声に振り返り、プレートの隙間をぬけたところで呆然と立っていたロゼを呼んだ。
そして、すぐ黒髪の人物へと向き直り、頭部に手をそえて、うつ伏せの身体を仰向けにした瞬間。
「ッ、お、女の子だ……」
あらわとなった相手の姿に、またしても驚いた。
年齢は、十二歳くらい?
ふくらみかけの胸や華奢な身体つきは、幼さの残る少女のモノ。
顔立ちもまだあどけないけど、すべらかな肌、完璧に整った形の鼻と口、ほっそりした顎のラインなどは溜息が出るほど綺麗で……。眠っているのか、前髪のかかるまつ毛の長い目はしっかりと閉じられていた。
なにか神秘的ですらある少女の容姿に思わず見入るも、ひとまず脈があるか確かめる為、細い喉に指を当てる。
すると、不意に呻いた少女が目を開き、紫水晶のような紫色の瞳が瞬いた。