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レストピア  作者: 名残雪
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歪んだ世界 四

「黒き翼を正しく理解しろ? 古代文明(ババロン)の滅びた原因は戦争だった……などと本気で主張している団体のことを、どう理解しろと言うんだッ!」


 叩きつけるようなディランさんの言葉が、走り続けるトラックの荷台に響いた。

 哄笑をおさめたキッカさんが無表情のまま腕を組み、隣に座っているジャスティンさんが不快そうに眉をひそめる。三人の視線が交差し、張り詰めた空気が流れる中、私は額に冷汗がふき出るのを感じた。


「――戦争って、どういうことですか?」

 私の横に座るオーブが、恐々と声を発した。

 ディランさんの言ったことは私も聞いたことがある。以前、オーブに黒き翼の説明をした時は、余計なことだと思って話さなかったが……。

 相手の正体がわかってから、ディランさんは明らかに冷静さを欠いている。ロゼと共に険しい顔つきでいるアヤさんなら、理由を知っているかもしれないけど、確認できる状況じゃない。


「オーブちゃんは記憶を失っているらしいけど……。前から誤った歴史を真実だと思っていたんでしょうね」

 当たり前のようにキッカさんが言って、私は驚いた。

 遺跡調査員(サーチャー)になったばかりのオーブが、記憶喪失だってことまで知っているのか。

「誤った歴史が世界の常識となっている以上、仕方のないことだ。しかし、我々のことを正しく知れば考えを変えてくれるさ」

 真剣な顔で会話したキッカさんとジャスティンさんが、まるで別世界の人間みたいに見えた瞬間。

「では、俺が改めて真実を教えてやろう」

 声がして、荷台の後方に座っていたブラッドが、感情の窺えない濃褐色の瞳をこっちへ向けた。


「全ては、今から三千年以上も昔の話だ。古代文明(ババロン)の時代において、最も発達した技術を持っていたある国が、愚かにも世界を支配する為に侵略戦争を起こした。それに反発した他国との間で戦火は瞬く間に広がり、国さえ滅ぼすような兵器までが投入された戦いによって、男、女、子供、老人を問わず、平和に暮らしていた何十億という人間が塵芥(ちりあくた)の如く死んでいった。それら一連の出来事こそが、世に言う終末の日……巨大隕石が落ちたなどと帝国が偽っている、大災害の正体だ」


 淡々と語ったブラッド。

 それこそがディランさんの言った、私も聞いたことがある黒き翼の主張だった。けど、やはりとても信じられない話を、どう受け止めればいいのか。

 私はただ唖然としながら、口を開いたブラッドを凝視する。

「戦争は凄惨を極め、地球は一時、死の星と化した。無数の生物が死滅する中、生き残った人間は僅かで、そのほとんどが戦争を起こした国の人間だった」

「――馬鹿げたことをッ」

 ディランさんが、吐き捨てるように叫んだ。

 その気持ちに私も同感だけど、反応したブラッドが頬を歪めて笑った。

「これが事実なのだから、確かに馬鹿な話だ」

 そう言って立ち上がり、拳銃を持った男がゆっくりと近づいてくる。


「生き残った人間の子孫が、やがてソニア国を造っていく過程などはお前達の知る歴史の通りだ。しかし、生き残った人間は、はじめに大いなる過ちを犯した。何かわかるか? オーブ・ライトよ」

 私の傍に立ったブラッドが、顔から血の気の引いたオーブを見下ろした。

「どうした? わからなくはないだろう」

「そ、それ、は……」

 相手の迫力に言葉が出ないのか、少女は何度も口を開閉させる。

 その姿を楽しんでいるような男を、私は睨みつけた。


「戦争に関わる物事を全部、隠蔽(いんぺい)したってことでしょ」

「そうだ」

 頷いたブラッドが、応じた私を見た。

「そもそも、戦争を始めた国の目的は侵略で、地球を死の星に変えるつもりなどはなかった。故に、生き残った人間は自らの行いを悔やみ、再び文明を再興することを子孫の続く限りの使命とした。ただ、戦争を起こしたことはひた隠し、星に隕石が衝突したという嘘を次の世代へと伝えたのだ」

「……生き残った人達は、なんで、真実を偽ったんですか?」

 かすれた声で訊いたオーブに対し、ブラッドはわざとらしく肩を竦めた。


「やつらは結局、世界を滅ぼすような結末を招いた責任と真面に向き合えなかったのさ。全てを天災の所為にすれば、過酷な環境で生きなければならない子孫達も己の境遇を受け入れ、文明を再興する為に団結できると考えた」

 事実じゃないとはいえ、ブラッドの言葉をひどい話だと思った時、

「嘘が語り継がれていく中でも、人々をまとめる時の指導者には、戦争があった真実と文明を再興させる使命が伝えられていった。そうした連中は民衆の結束が乱れることなどを理由に、真実を知りながらも口を閉ざしてきた。ソニア国を造ったソニアや、現在の帝国上層部にいる人間も皆そうだ」

 さらに相手が続けて、ディランさんの顔にまた怒りが浮かんだ。

 ただ、何かを言う前に、ジャスティンさんが身を乗り出す。


「真実を知る者達につくられ、実質的に支配されているこの世界を変える為に、我々、黒き翼は活動を行っている。それを理解してくれ」

「わかりません。過去の事や支配されてるって話はともかく、今、世界では大勢の人が平和に暮らしています。それが成り立っているのは帝国の存在があるからで、そんな世界を変えなくちゃいけない理由ってなんですか?」

 私は思わず疑問の声をあげた。

 途端に、ブラッド、キッカさん、熱弁をふるったジャスティンさんから突き刺さるような視線を向けられる。

 そこへ、小さく喘いだオーブが口を開いた。

「例え、どんな理由があっても、フィリップさんやジムさんのように人の命を奪っていいはずがない……!」

「オーブ、その通りだよ」

 表情に怯えを残しながらも言い切った少女に、私も同意すると、

「ああ。第一、黒き翼の主張を証明する証拠などはどこにもないんだ。こんな議論自体が無意味だろう」

 目を鋭く細めたロゼが、もっともなことを言った。


 証拠の有無を巡って、これまで帝国と黒き翼は対立を繰り返してきたらしいが……。隕石が衝突した事実は帝国の調査による科学的根拠なども示され、巨大なクレーターだって発見されている。対して、黒き翼の主張の根拠は指導者の言葉や怪しげな持論だけと聞いていた。

 私は遺跡調査員(サーチャー)やってるから、色々と話を耳にしているけど、一般の人は黒き翼の主張なんて詳しく知りもしないはず。そんな団体に、どうしてキッカさん達が加わっているのかもわからない。


 緊迫した空気の中で思案していると、

「無論、犠牲を払ってでも、帝国の支配を変えなければならない理由はある。それはまた後で話そう。今は一つ確認したいことがあってな」

 呟いたブラッドが、右手に持つ拳銃のシリンダーを振り出し、手早く弾が込められているのを確認する。

 そして、そのまま銃をオーブの眉間に当てた。


「な、何をッ!」

 私は咄嗟に立ち上がる。

 動かそうとした手首へ、手錠の食い込む痛みが走った。

 同時に、ブラッドが左腕を引く。

 ――殴られる。

 直感した私は、腹筋に力を込めて歯を食い縛る。

 次の瞬間、下腹部を男の拳に突き上げられた。

「あぐッ」

 重い衝撃で身体が揺れた。

 胃のせり上がるような感覚があって、息を吸えなくなる。力が抜けて両膝を着き、涎を垂らしながら荷台の床の一点を見つめた。

 直後、私は逆流してきたモノを吐き出した。

「貴様! よくもクリスを、ぐッ」

「ああっ、ロゼッタさん!」

 苦しさに涙が滲む中。ロゼの怒声、アヤさんの悲鳴、大きな物音が聞こえた。

 ちくしょう、何が起きた……。

 内臓が捻じ曲がったみたいな痛みを堪え、私は胃液の(たま)りから目線を上げる。


 黒衣の下に隠していたのか、スタバトンを持つジャスティンさんの前で、ロゼが長椅子へ寄り掛かるように倒れていた。

 アヤさんが必死の形相で、ロゼの名前を繰り返す。その傍で強張った顔のキッカさんが、腰を浮かせたディランさんにバトンを向けていた。

 ぐったりしたロゼは、バトンの電撃を食らって気絶したのだろう。

 微かに身じろぎしたのを目にした時、また込み上げてきたモノがあって、私は嘔吐しながら激しくむせた。


「く、クリスさん。だいじょうぶ、ですか」

 途切れ途切れの言葉が聞こえた方を向くと、オーブが眉間に銃を突きつけられたまま、蒼白な顔で私を見ていた。

 この子、人の心配してる状況じゃないのに。

 ブラッドへの怒りや自身の情けなさを、苦い胃液と一緒にのみ込む。

「あんた、なんのつもりよ」

 私は問い掛けて浅い呼吸を整える。……と、ブラッドが鼻を鳴らした。


「帝国の関係者二名。遺跡調査員(サーチャー)で、ネレイース商船を経営するバーンズ家の身内でもあるロゼッタ・バーンズ。その相棒で、両親がフェザーの生贄となっているクリスティア・ライト。ここにいる人間で我々にとって重要なのは、以上の四名のみだ」

 生贄ってなに? どうして全員のことを知ってるの?

 私が男の言葉に困惑した時、

「ネレイース商船、フェザーの生贄?」

 アヤさんとディランさんが声をあげ、ブラッドは撃鉄に指をかけた。


「クリスティア・ライト。我々にしてみれば、素性もはっきりしないオーブ・ライトは傭兵と同じく邪魔な存在だ。外見は可愛らしくとも、遺跡調査員(サーチャー)の女は油断できない相手だしな」

「……オーブまで撃つつもり?」

 足に力を入れてどうにか立ち上がった私に、男は薄ら笑いを浮かべた。

「さてな。訊くが、お前にとってオーブ・ライトとはどういう存在だ? 姓が同じ、ただの他人ではないそうだが……。例えば、この娘を撃ち殺すと言った場合、お前は自分が身代りになれるか?」


 こいつ――。


「身代りでもなんでもなるから銃を下ろせッ。その子傷つけたら、あんた殺すわよ!」

 私は、反射的に叫んだ。

 本当に頭にきて、もうわけがわからない。

 嗤ったブラッドが、私に銃口を向けてくる。

 それを睨む視界の端で、オーブが目を見開いた。


「やめてっ! 危害は加えないと約束したのに、あれは嘘だったの?」

「う、嘘じゃないわ。クリスちゃんとロゼちゃんが動いたから、こちらもやむを得ず……」

 不意にアヤさんとキッカさんの会話があって、私は視線を移す。

 すると、動揺したようなキッカさんが、躊躇(ためら)いがちに口を開けた。

「ブラッド様、その子達を撃つのですか? 交渉に支障が出かねませんし、クリスちゃんは――」

「キッカ、ブラッド様に意見するのか?」

 ジャスティンさんに話を遮られ、相手が表情を曇らせる。

 ただ、交渉って? 私が何なの?

 聞こえた言葉を訝しむと、様付けで呼ばれた男が銃を下ろした。


 一瞬、安堵した自分に腹が立ち、私は再びブラッドを見据える……と、

「落ち着け。同志、キッカ。全てはオーブの立場を知る為の芝居だ」

 そんなことを抜け抜けと言い放ったブラッドが、唇を引き結んだオーブを見た。

「良かったな。クリスティア・ライトは、本気でお前の身代りになるつもりだった。その程度の価値があるならば、生かしておいた方がいいだろう」

「――何様だっ。勝手なこと言ってんじゃないわよ!」

 私が叫んだ瞬間、運転席と荷台を仕切るカーテンが僅かに開いた。


「そろそろ、街が近くなってきます」

「了解したわ。気をつけて」

 助手席より顔を出した男へ、キッカさんが短く応じて……。すぐにジャスティンさんが、足元にあった袋から、タオルみたいな布の束を取り出し始めた。

 街って単語を反芻(はんすう)していた私だけど、布で何をする気なのか察して顔をしかめる。

「ここからは騒げないよう、しばらく口を塞がせてもらう」

 予想したことをブラッドが言って、水筒のような物と布を持ったキッカさんが、立ち尽くす私に歩み寄ってきた。

「クリスちゃん、床は私が片付けるから、こっちで口をゆすぎなさい。喉を詰まらせるといけないわ」

 キッカさんに促されるまま、一緒に荷台の後方へ向かう。

 感謝なんてするものか。罵声の一つでも浴びせてやろうと思った。けど、歩く度にお腹が鈍く痛んで、べとつく汗が全身に滲む。

 ついに耐え切れず、私は呻きながら、その場にしゃがみ込んだ。


「ごめんなさい……」

「な、に?」

 突然、ぽつりと声がして、私は横に屈んだキッカさんの横顔を見つめる。

 ただ無言で、水だった水筒の中身を飲ませてくる相手から、それ以上の言葉はなく、「早くするんだ」とジャスティンさんに急かされる中、私はわけがわからない苛立ち共に口内の水を吐き出した。

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