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レストピア  作者: 名残雪
17/40

歪んだ世界 二

 鼓膜が震えるような感覚。さらに耳鳴りがして、世界から音が消えた。

 静寂の中。荷台の皆が一様に顔をしかめ、私は背後を見る。

 聞いたことがある轟音は、確かに運転席の方で鳴った。


 でも、どうして銃声が――。


 私は前を見て、フィリップさんと目が合った。

 座席で項垂れるように、こちらへ向けられた、その顔は血塗れだった。

 カッと見開いた両目、鼻、そして眉間の赤黒い穴から血が滴る、凄まじい形相。ほんの少し前まで話をしていた相手はピクリとも動かず、瞬きすらしない。

 なんで? なんで、フィリップさん、死んでるのよ……!

 戦慄しながら事実を認識した瞬間、耳鳴りが消えて、

「くそったれっ!」

 荒々しい怒号が聞こえた。

 助手席で叫んだジムさんが、太股のホルスターより拳銃を抜く。

 その銃口が開け放たれていた運転席の窓に向き、同時に、窓の傍にいたつなぎを着た男が幌の影へ隠れた。

 私は咄嗟に耳を塞ぎ、再度、轟音が響く。

 銃弾を続けざまに二発撃ったジムさんが、鋭い眼光を荷台へ飛ばしてきた。


「全員、伏せろ! さっきの野郎は作業員じゃねえ。持っていた銃で、いきなりフィリップを撃ちやがった! 畜生、畜生がッ」

 悲痛な大声に従い頭を下げながら、私は落ち着くよう自身へ言い聞かせた。

 何もわからないが、とにかく今、このトラックは襲われている。

「いいか、俺が――」

 炸裂音がして、言いかけたジムさんの額が爆ぜた。

 赤い飛沫が散り、私の前で相手が項垂れる。その額にはフィリップさんと同じ赤黒い穴が開いていて、そこから、どろりとした真っ赤な血が溢れ出た。

 嘘、ジムさんまで……。

 信じられない、現実とは思えない光景に頭が混乱する。

「クリス、見えないが、ジムさんは撃たれたのか?」

 背後から鋭くロゼに呼び掛けられたけど、言葉が出ない。

「答えろ、クリスッ!」

「――あ、う、撃たれた。即死よっ!」

 叱咤するようなロゼの声で我に返り、私は叫んでいた。

 そうだ、認めろ。ジムさんも死んだ。


 自分だって殺されるかも知れないのに、呆けている場合かッ。


「い、いや……何が起きてるのっ!」

 私が思考を切り替えた瞬間。アヤさんとわかる悲鳴があがった。

「騒いじゃ駄目だっ」

 振り向けば、低い声を出したディランさんが、アヤさんの口を手で押さえて荷台の床へ伏せていた。

 すぐ近くで、強張った表情のロゼとオーブも姿勢を低くしている。その隣に私も素早く伏せた。


「大丈夫。大丈夫だから、静かにね」

 そう繰り返す私にオーブが頷くも、顔色は青ざめている。

「ふ、フィリップさんと、ジムさんが……」

 少女が、かすれ声をあげた時、

「荷台にいる者、動くなッ」

「全員、大人しくしていろ」

 突然、幌で隔てられた外から、脅すような男の声が二つ聞こえた。

 間違いない、襲撃者は二人いる。私達の存在に気づいているけど、それ以上の指示はなく、荷台に血の匂いと張り詰めた空気が漂った。

 銃を持ち、問答無用で撃ってきた連中が間近にいる。

 その恐怖と緊迫感で、胸がつぶれそうだった。

 でも、同時に言葉にならない感情が込み上げてくる。


 フィリップさん、ジムさんとも、出会って間もない人達だった。

 相手のことなんて、ほとんど知らない。だけど陽気で、優しくて、さっきまで元気に笑ってた。これから、もっと話をしたいと思っていたんだ。それなのに――。

 抱いた怒りで、私は唇を噛みしめた。

「そ、外の人達、荷台へ乗り込むつもりです」

 オーブの上ずった声でハッとし、私はカーテン状に閉められた隙間より、日差しが差し込む幌の後面を見た。

「やつらの会話が聞こえたのか?」

 訊いたロゼに、少女は迷いなく「はい」と答えた。

 私には全然聞こえなかったけど……。オーブは本当に耳が良いらしく、指示されたことも考えれば、その言葉は信用できる。

 乗り込んでくる目的はわからないけど、こっちが怯んだと思っているのか? 銃を突きつけられたらどうしようもなくなる以上、動くなら今しかない。


「――ロゼ、あいつら倒すよ」

 囁いた私に相棒が頷き、太股につけたケースよりスタンバトンを抜いて立ち上がる。

 考えは同じだったか、話が早い。

「皆、じっとしていて。オーブは絶対に……前の席を見ないで」

 中腰で喋りつつ、私もスタンバトンを握り、柄の安全装置を解除した。

 私達の行動にアヤさん達が驚き、オーブも何かを言いかける。ただ、議論している時間も余裕もなかった。アヤさん達は当然、オーブだってこんな状況で戦えるとは思えない。

 少女の唇に指を一本当てて、黙っているよう小声で言いつけた後。私はロゼと幌が開けられた際、陰になる後面の脇へそれぞれ移動した。

 数瞬のうち、薄い布の向こうで動く人の気配を感じ取り、私はふっと息を吐く。


 その時、勢いよく幌が左右に開かれた。


「手をあげろっ!」

 昇降用の足場に立って叫んだ男が、陽光に照らされた荷台へライフルを向ける。

 つなぎ姿は同じだが、最初の作業員じゃない。

 恐らくジムさんを撃った男は、ほぼ真横の幌の影で足を振りかぶる、ロゼの存在に気づいていなかった。

 ロゼのブーツの爪先が跳ね上がり、両手で構えられたライフルを蹴る。

 銃口が腕ごと天を向き、引き戻した足の踵で、ロゼが男の顔面を踏みつけた。

 鼻のあった箇所に踵のめり込んだ男が、奇妙な声を発して仰け反る。

 そのままよろめき、体重を乗せていたロゼも荷台から飛び降りた。


 折れた歯と鼻血をまき散らした男が、白目を剥いて地面へ倒れる。

 その傍に着地したロゼを、ぎょっとした顔で最初の作業員の男が見た。

「き、貴様ッ」

 男が右手に持つ黒光りする拳銃を、ロゼの背中へ向けようとした。

 それで、お前がフィリップさんを撃ったのか。

 荷台から飛び出した私は、男の手首に金属のバトンを振り下ろした。

 硬いモノ同士がぶつかって、一方が砕ける。

 苦悶の声を漏らした男の右手が、有り得ない方向に曲がり、拳銃を取り落とす。それを確認し、私はバトンの先端を男の脇腹に接触させた。


 低出力の電撃を受けて痙攣した男が、先の男の横に倒れる。

 どちらも死んでいないけど、しばらくは目を覚まさないはず。

「こいつら、何者だ?」

「わからないわ」

 私は、憤激するロゼに答えつつ、バトンを握りしめる。

 男達に対して怒りの感情しかないが、殺さずに無力化できて良かった。殺していれば、襲ってきた理由もわからなくなるし……。何より、人を殺したくはない。


 突然、道の近くの草むらがざわめき、作業員風の男が二人飛び出してきた。

「――仲間か」

 唸るように言ったロゼ。その言葉で、私は事態を把握する。

「あんたは左ッ」

 私はロゼに叫び、左右に分かれて向かってくる男達を睨む。

 相手は共に大柄だ。手に銃は無いが、長さ一メートル半程の鉄パイプみたいな物が握られていた。あれを思いきり振られたら、私の力じゃバトンごと弾かれる。

 私は地面に落ちている拳銃へ視線を向けた。

 拾うか。いや、拾っても扱う自信が無い。

 僅かに迷った後、覚悟を決め、私は右の男との間合いを詰めた。


 一瞬前まで自分の頭があった位置を、水平に振られたパイプが通過する。

 身を屈めて横薙ぎの攻撃を避けた私は、伸び上がりつつ、バトンを突き出した。

 しかし、後ろへ跳んだ男には届かず。確実にリーチの差を把握している相手が、パイプを頭上へ振りかぶる。

 空振りしても、こっちの反撃に対応できる有利な距離。

 その空間を、私の放った銀の光が貫いた。

 太股のケースから引き抜いて投げたナイフが、男の二の腕に突き刺さる。 悲鳴をあげ、体勢を崩した男へ再度、私はバトンを突き出す。

 今度はとらえた身体に先端部を押しつけ、作動スイッチを押した途端。電撃を受けた男が、声もなく地面に転がった。


「――ぐおッ」

 呻き声がして、背後を見ると……。そこには肩口に振り下ろされた男のパイプを、バトンで受け止めたロゼの姿があった。

 ほぼ密着した状態。懐へ潜り込むことでパイプを十分振らせずに、攻撃の威力を減じたらしい。さらに、その足は相手の股間を蹴り上げている。

 悶絶した男の首筋へ相棒がバトンを押し当て、止めとばかりに電撃を食わらせた。


 前のめりになって倒れる男を横目に、ロゼが深く息をついた。

 私も呼吸を整えながら、相棒に近づいて口を開く。

「怪我はない?」

「お前もだな」

 互いに無事を確認して、傍のトラックを見る。……が、他の草むらから、またしても仲間と思われる人影が出てきて、私は驚きに目を見張った。

 囲まれた、数は六人もいる。いずれも作業員の格好をした若い男で、鉄パイプやスタンバトンらしき武器を手にしているやつもいた。

 私達を、どうしたいのかわからない。ただ、この人数に襲われたら勝ち目はないだろう。今倒した男だって、決して弱くはなかった。


遺跡調査員(サーチャー)の二人、抵抗を止めろ」

「――だ、誰っ?」

 不意に、抑揚(よくよう)のない、それでいて良く通る男の声が響いた。

 反応した私は、聞こえた十メートル程先の木立を凝視する。

 間を置かず太い樹木の陰から、黒いローブみたいな服をまとった人物が三人、姿を見せた。

 フードをかぶっていて顔などはわからないが、草木の緑の中、浮いてるどころじゃない異様な服装には見覚えがある。

「貴様らは、何だ?」

 ロゼは黒衣の相手に疑問をぶつけた。


「我々は、黒き翼という」


 名乗ったのは三人のうち、中央にいる長身の人物だ。

 多分、抵抗をやめろと言ってきた男だが、やっぱり、こいつら――。

「黒き翼ッ!」

 狼狽(ろうばい)したようなディランさんの声がして、見ればトラックの荷台から、アヤさん達とオーブが顔を覗かせていた。

「テロリストが、狙いは僕達かっ?」

 相手を知っていたらしいディランさんが、険しい表情で問う。

「半分は正解だ。我々の目的は帝国の研究者二名、及び同行している遺跡調査員(サーチャー)三名の確保にある。その障害となる傭兵は排除させてもらった」

 淡々とした口調で答えた中央の男が、両手でフードを除ける。

 ……と、オーブと同じ黒い髪が現れて、私は驚いた。

 彫の深い顔に顎髭を蓄えた男、年齢は三十代くらいか。

 ボロ布を思わせる無造作に伸びた長髪が風に揺れ、無表情のまま暗い濃褐色の瞳を、どこか遠くへ向けている。そんな男の姿に、私は不気味な印象を持った。


「お、お前は、ブラッド・グレイか?」

 ディランさんにブラッドと呼ばれた男が、片眉を上げて応じる。

「ほう、俺を知っているのか」

「何者なの?」

 声を震わせて、アヤさんが隣のディランさんへ訊いた。

「世界各地で反帝国のテロ活動を行ってきた、黒き翼の中でも過激派の一人として知られる男だ。しかし、それが何故ここに……。どうやって、こちらの情報を知ったんだ」

 疑念を吐き出すようにディランが言った。

 本当にわけがわからない。黒き翼、テロ、過激派……。数日前にデモを見て、多少知識もあるとはいえ、普段あまり耳にしない言葉の連続に私は困惑していた。

 それでも、黒髪の男……ブラッドと黒衣の二人。さらに、じりじりとこっちへ近寄ってきている、作業服の男達を牽制するように睨んだ時――。


「貴方達のことや今日の行動を調べたのは……私達よ」


 聞き覚えのある女性の声がして、黒衣の二人がフードを除けた。

 あらわになった相手の顔を見て、私は愕然とする。

 そこにいたのは、確かに、キッカさんとジャスティンさんだった。

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