歪んだ世界 一
「――中空構造かつ、不要な骨が融合したと思われるフェザーの骨格は、飛翔の為に軽量化した鳥類のモノと類似しています。それでも小型種で推定体重、数トンを超える個体が何故、高速飛行可能なのかはわかっていません。また、フェザーの骨は通常の脊椎動物などの骨と成分が異なっていて、あの黒い物質が何であるか解明できていない。今回の骨格のように、偶然発見された鱗や金属的な翼の部分も、骨と同様の物質で形成されてんでっ!」
……あ、やった。
トラックの車体が揺れ、幌つきの荷台に流れていた声が不自然に途切れた時。車を運転する金髪の中年男性が、私達のいる荷台の方に目を向けた。
「この辺り道が悪いんで、しばらくは揺れますよっ」
傭兵であるフィリップさんが叫ぶと、助手席に座る相棒のジムさんがこっちを向いて、茶髪の頭をかいた。
「すみませんね。舌噛まないよう、気ィつけてください」
「は、はーい。わかりました」
荷台で傭兵さん達に一番近い私は、苦笑しながらそう言った。
現在、時刻は午後三時を過ぎたところで……。太陽の日差しを受けてできた木陰の中、ミヤノ町へ続く舗装なんかされていない森の道を走る車は、さっきからずっと揺れっ放しだった。
そんな状態で長々と喋っていれば舌を噛みかねないことくらい、荷台にある長椅子へ並んで座った、私、オーブ、ロゼの三人とも理解していた。
だからこそ、反対側の長椅子に座った男女の一人、話題となっていたフェザーについて話し続ける女性のことを、少し心配してたんだけど……。口を手で押さえ、痛みと恥ずかしさに耐えるような表情を浮かべた相手は、間違いなく舌を噛んだのだろう。
やっぱり注意すれば良かったかな、と思いつつ、私は改めて男女を見る。
私達、遺跡調査員と傭兵さんが着ている、つなぎに似た作業服を身に着けた二人のうち、私よりやや身長の高い女性は、細い身体つきの割に豊かな胸のふくらみがはっきりとわかった。
比較するのも虚しい自分はもちろん、ロゼ以上に大きい胸の他、ウェーブのかかったセミロングの赤毛の髪も目を引く。銀縁眼鏡をかけた灰色の目から、知的で優しげな印象を受ける美人の名前は、アヤ・フォスター。
年齢は二十歳という、この年上のお姉さんこそが、今回フェザーを調査する為、ソニア帝国内にある帝国大学付属フェザー生態研究所とかって場所からやってきた研究者だった。
「ごめんなさい。話の途中で……」
辛そうな顔で言ったアヤさんに、どう対応していいものか困る。
「あ、謝ることなんてないですよ。アヤさん」
「ええ、それに今は喋らない方がいいです」
とりあえず優しく声をかけた私の後に、ロゼが言葉を続けた。
「うぅ、ありがとうございます。ロゼッタさん、クリスティアさん」
そうアヤさんが答えると、隣の男性が眉を寄せた。
「夢中で喋っているから、恥をかくことになるんだよ。第一、研究内容を簡単に漏らしていいの?」
「ディラン君は冷たいわね。話しちゃいけないことは言ってないわ」
唇を尖らせたアヤさんを見て、名前を呼ばれたディラン・キングさんが、呆れたように首を振った。
アヤさんと同い年で、同様に研究所からきた、もう一人の研究者。
ロゼより背が高く、ひょろりとした体型をしているディランさんは、眉にかかるくらいの明るい茶髪に私と同じ淡褐色の瞳を持つ、中性的な顔立ちの男性だ。
オーブと買物へ行った翌日――。
私達三人は事務所に出向き、エイミーさんからフェザーの調査にくるソニア帝国の研究者が、三日後の午後にカイント市へ到着することなどを聞かされていた。
その際、相手の人数が二人のみとわかって驚いたりしたが……。ロングランド側からも十人近い研究者が参加し、傭兵などの関係者を合わせれば、最終的に現場へ集まる人は三十人を超えるという。
そうした人員の大半は、すでにミヤノ町へ集合している。
本日の午後、研究者二名と合流し、車で町に向かうことになっていた私達は、ロングランド政府に雇われて護衛などの雑務をこなす傭兵のフィリップさん、ジムさんと共に船が到着するのを港で待っていた。
予定通り船が着いて、調査用の機材や自分達の荷物がトラックに運ばれる中。スーツで決めたアヤさん、ディランさんと初めて挨拶を交わした時はさすがに緊張した。
なんとなく帝国の人は真面目で気難しいイメージがあって、私を含めた全員が、失礼な態度は取れないと考えていたからだ。
でも、挨拶の後。名前で呼び合うとか、気軽な言葉で話してほしいと二人から頼まれたこともあり、今やそんなイメージはどっかいきつつある。
港で出発の準備を整える間に、「私、船に乗っている時、電報で同行する遺跡調査員が皆、女の子だって聞いて、会えるのを楽しみにしてたんです。絶対、格好いい子がいると思ってたんですが、想像以上でした」と、アヤさんから言われた時点で、なんか違う感じはしてたんだけど……。
とにかく、まだ出会って二時間程で、お互いのことなどほとんど知らないものの、二人が気さくな感じの人物だったのは、色んな意味で良いことだったと私は思っている。
自分の隣で、黙ったまま座っているオーブも、きっと同じ気持ちだ。
「アヤさん、フェザーの話は後でいくらでもできるよ。それより僕は、クリスティアさん達に興味があるな」
不意に言ったディランさんが、私へ爽やかな笑顔を向けてきた。
美形なのも相まってか、相手の印象は悪くない。
「あら、奥手なディラン君にしては積極的なアプローチ。まあ、これだけ素敵な女の子達が目の前にいれば、大胆になるのも当然かな?」
からかうようなアヤさんの言葉に、ディランさんが焦った様子を見せた。
「ぼ、僕は仕事をする上で、彼女達のことを知りたいと思ったんだ。よこしまな気持ちなどは持っていないし、アヤさんと一緒にしないでくれ」
「なっ。失礼よー、ディラン君」
よくわからないまま、口げんかとしか言えないやり取りを二人が始めてしまった。
本当にいい人達っぽいんだけど、色々大丈夫かな。
頭の片隅に若干、不安がよぎった時、
「でも正直に言って、私も興味があります。良ければですが、貴方達がどうして遺跡調査員をやっているのか、教えてもらえませんか?」
そうアヤさんに質問されて、私は既視感を覚えた。
それが以前、キッカさんに訊かれた際のことだと思い出し、ロゼに視線を向ける。……と、相棒も自分の方を見ていた。
「質問に答えるか否か」を目線で訊いた私へ、ロゼが頷いて応じる。
当然、ここは答える一択だ。
事前の予想通り、今回の調査で私達のやれることは特にないらしく、何時までつき合えるのかもまだ不明だが……。アヤさん達と帝国の話をすることが一番の目的である以上、打ち解けられる好機を逃す手はない。
――それぞれ、亡くなった家族に遺跡調査員だった人がいた。
その人達の影響もあって遺跡調査員になったという、私とロゼの話を聞き終えたアヤさん達、さらにオーブが深く息を吐いた。
以前、キッカさんにもした話を大ざっぱにまとめた内容だったけど……。私の両親がいないのは知っていたが、初めて経緯を聞いていたオーブも、何か感じ入ることがあったようだ。
「あの、本当にごめんなさいね、クリスティアさん。知らなかったとはいえ、ご両親のこと……」
「ああ、僕も謝ります。すみませんでした」
「いいえ、全然気にしないでください」
話の途中でも出た謝罪に、私は明るい口調で応じた。
今、自分のことはどうでもいい。問題にしたいのは、オーブだ。
どう見ても未成年かつロングランドの人間ではない黒髪の少女のことは、アヤさん達や傭兵の二人も出会った時から注目していた。
その際に伝えた、「外国の生まれだけど、事情があって遺跡調査員として働いている」という説明に納得したわけじゃないだろうが……。ここまで特に、突っ込んだことは訊かれてこなかった。
何はともあれ、可能ならば、研究者の人に記憶喪失のことを話してみる。
それが今回の調査にあたってオーブと決めていたことで、この分なら望みが叶いそうなんだけど、タイミングや言い方が難しく、どうしたものかと考えた時。身を屈めたアヤさんが、オーブの前で口を開いた。
「オーブさんは、どちらの国の出身なんでしょう? 黒髪や紫色の目を持つ方は帝国内でもたまに見ますけど、皆さん生まれは様々なんです」
「そう、なんですか。えっと、わたしは……」
問われた少女は口ごもったが、いいチャンスかもしれない。
「あのですね。これは、お医者さんも認めていることなんですが、オーブは今、自分自身が何者かわからない、記憶喪失の状態なんです。皆さんに言った事情というのは、そういうことで」
私が切り出すと、アヤさん、ディランさんとも驚いたように目を見開いた。
「――記憶、喪失。では自分の生まれがどこかということなども、わからないんですか?」
心配そうなディランさんの質問に、私は頷く。
「はい。実はそのことで、二人に相談がありまして……。今すぐにとは言いませんので、時間のある時に話を聞いてもらえませんか?」
私が静かに問い掛けると、アヤさん達は顔を見合わせた。
間違いなく困惑している相手の様子に緊張する。
勢いで喋ってしまったが、ちょっと早まったか?
そんな思いがよぎった瞬間――。
「わたしからも、どうか、お願いします!」
そう言い放ったオーブが立ち上がり、深く頭を下げた。
突然のことで、自分も入れた全員が息をのんだような顔をしている。
ただ、その必死な気持ちは十分伝わってきた。
「――帝国の兄ちゃんと姉ちゃん。どうするんだ?」
揺れるトラックの車内に突然、ジムさんの声がして、私は助手席を見る。
……と、相手が憂い顔をこっちへ向けていて、さらに横のフィリップさんも荷台に視線を送ってきた。
「俺達は部外者なんで、ずっと黙ってたが……。クリスティアさん、そのオーブって子の記憶が無いってのは本当ですか?」
「は、はい。その通りです」
答えると、傭兵の二人が呻くような声をあげた。
「おかしいとは思ってたが、大変どころの騒ぎじゃねえな……。ともかく、そんな状態の嬢ちゃんがこんなにして頼んでんだから、話だけでも聞いてやっちゃどうです?」
そう言ったジムさんに、アヤさんがゆっくりと頷いた。
「え、ええ。……わかりました。私達でよければ、相談に乗ります」
「本当ですかっ?」
咄嗟に出た言葉が、オーブとかぶった。
「皆さんにここまで言われたら断れませんよ」
笑顔のディランさんの一言に、オーブが安堵したような息をつく。
「ありがとうございます。ジムさん、フィリップさんも……」
もう一度、頭を下げた少女に続き、私も改めてお礼を言った。
まだ何も解決してないけど、アヤさん達と話すらできない状況も考えていた側としては大きな前進だ。
「私からも感謝を。アヤさん、ディランさん、貴方達のような人がきてくれて、本当に良かったです」
「そんな、ロゼッタさん……」
ロゼの言葉を受けて、アヤさんがじっと相手を見つめる。
それを横目に、私は立ち上がり、傭兵の二人の方へ身を乗り出した。
「援護、助かりました」
私が小声で言うと、ジムさんは照れたように笑った。
「なに、こっちが言わなくても、あの二人なら引き受けていたさ。余計な口出しして、すみませんでした」
「そ、そんなことありません」
慌てて応じた私を見やり、フィリップさんが笑い声を漏らした。
「ジムは子供好きなやつでして、最初からオーブさんを気にかけてたんですよ。しかし、記憶喪失なんてなぁ……。あの子も一緒にいるあんたらも、色々苦労してるんでしょう」
同情するような反応に、ただ頷くこともできず、私は曖昧な返事をする。
その時、「なんだ、ありゃ?」と、ジムさんの訝しげな声がして、私は伏せていた目を上げた。
見れば緩いカーブが終わって、見通せた道の先に、人が一人立っていた。
つなぎを着て目立つ赤い旗を持った姿は、どう見ても道路工事の作業員か何かで……。若い男性が、両側に木々の迫った道の中央にて旗を振り、トラックへ停止するよう求めている。
「んん、なにかあったのか?」
呟いたフィリップさんがブレーキを踏み、男性の五メートル程前で車が止まった。
後続車や他に停車している車とかはないけど、一体、なんだろう?
「すみませんっ。崖崩れがありまして、ここから先は通行止めなんです」
「ええ、嘘でしょ?」
近づいてくる作業員の人の言葉に驚く。
前に通った時は、そんなの全然なかったのに……。
「クリス、どうしたんだ?」
「崖崩れがあって、この先、通行止めらしいです」
背後から聞こえたロゼの問いに、オーブが答えて、私は荷台を振り返る。
――次の瞬間、耳元で轟音が鳴った。




