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レストピア  作者: 名残雪
14/40

翼の影 四

 岬に建つ孤児院からは、毎日、海へと沈む夕日が良く見える。

 今もまた、遠く水平線付近まで下がってきた太陽が、レンガ造りの建物を鮮やかな茜色に染めていた。

 その影が落ちた中庭の片隅にて、私は対峙した正面のオーブを見据える。


 夕食の準備で建物内へ引き上げている為、周囲に子供達の姿はない。

 身体能力をはかる為とはいえ、はじめは私と打合うことに困惑していた様子のオーブも、現在は提案を受け入れ、軽く身体をほぐしたりしていた。

 それを見ながらワイシャツを腕まくりするなど、こっちも動く準備を整える。……と、二本の木の棒を持ったまま、私達の傍に立つロゼが声をかけてきた。

「オーブのワンピースはまだしも、クリスは大丈夫か? スーツの上着は脱いでいるがヒールでは――」

「まあ、平気でしょ。あんたが言った通り、動きがどんなもんかわかればいいんだし」

 似たような服装の相棒に応じて、私はオーブへ視線を向ける。


 時に危険生物と戦う遺跡調査員(サーチャー)にとって、自分の身を守る力はなくてはならないモノだ。認定試験に合格したオーブも、当然それを備えていることになる。


「試験の実技に護身術があったと思うけど、どんなことやったの?」

 私の質問に、オーブは思案するような表情をした。

「主に、スタンバトンを扱った対人戦を試験官の人とやりました」

 予想通りの答えに「そっか」と呟いて、こっちも少し考える。


 遺跡調査員(サーチャー)になる為の知識は、ほとんど図書館にあった本で学んだらしいオーブだけど……。それだけで必要な技能が身に着くはずもなく、実践的な練習も一応は積んできたという。

 その際、大きな助けとなったのが孤児院の子供達の存在で、「遺跡調査員(サーチャー)になろうとしている、わたしの目的を知って協力してくれた皆さんがいなければ、認定試験には合格できませんでした」と、オーブ自身がさっき話をしていた。


 ここへきた時に見た打合いも単なる遊びではなく、木の棒をスタンバトンに見立てた護身術の訓練で、それに今まで何度もマッシュがつき合ってきたそうだ。

 他にも、ロゼが言った絶壁を登る動作を海辺の崖で練習するなど、怖いもの知らずな子供達と一緒に、オーブは色々なことをやってきたという。


 ただ、言っちゃ悪いがそんなので、最短一年かけて、養成学校で覚える知識や技能を習得したってんだから凄すぎる。

 そう思いつつ、私は口を開いた。

「じゃ、この打合いも試験だと思って本気で攻めてきて。遠慮はいらない」

 私はオーブが頷くのを確認して、佇むロゼから木の棒を一つ受け取る。


 棒の長さは四十センチ程。

 硬い材質は多分、(かし)で、それなりに重さもある。

 はっきり言って、打ち所が悪ければ大怪我だ。

 身体に当たりそうな時は止めなきゃと考えながら、私は数歩下がる。

 同じように棒を持ったオーブも下がり、足が止まった。


 相手との距離、約六メートル。

 聞こえていた風と波の音に、建物から響く子供達の声が混じる。

 すると緊張した様子のオーブが、右手で握った棒を前に、半身で構えた。

「クリスさん、合図は?」

「もう始まってるよ」

 答えて、私は右手の棒を握り直した。


 オーブが一歩、二歩と、ゆっくり私の方へ足を踏み出す。

 続く三歩目で、膝を曲げた相手の身体が低く沈んだ。

 直後、ワンピースの裾が(ひるがえ)り――、

 地を蹴った少女の姿が、伸び上がるように眼前へ迫った。


 嘘、速い。


 鈍い音がして、繰り出された相手の突きを、私は手の棒で弾き上げる。

 狙いは、みぞおちか。

 僅かでも反応が遅れていたら、多分、直撃だった。


 想像に鳥肌が立った瞬間、考えることなく自分の身体が動く。

 弾かれた勢いで跳ね上がっていた棒をオーブが引き戻すのと、上段から私が打ち込んだのは、ほぼ同時――。


 風を切り、再び鈍い音が鳴る。

 私の一撃を受け止めたオーブが、苦しげに顔を歪めた。

 相手の表情に、マッシュと打合っていた時みたいな余裕は感じない。

 ただ明らかに、全力の私と少女の力は拮抗している。

 ――ここからどうするか。

 浅く呼吸し、思考を巡らせる。

 ……と、何かの割れる音がした。


 突然オーブの棒が、握った手の、上の辺りでへし折れた。

 驚いたように、少女が短い声を上げる。

 そこへ「待てっ」とロゼが叫び、私は慌てて後退した。


 一瞬、場が静まった後。私は息を吐き、持った棒の先を地面へ向ける。

 色々と危なかったが、お互い怪我はない。

「す、すみません、クリスさん。これ、折っちゃいました」

 曲がった棒を持つ少女が、困り顔で言った。

 でも、聞き間違い?

「びっくりはしたけど、折っちゃいましたって、あんたがなんかしたの?」

「えっと、力を入れて握ったら、こんなふうに……」

 私は怪訝に思いつつ、ロゼと一緒にオーブへ近づく。強張った相棒の表情は、ここまでのオーブの動きに対する驚きの表れだろうけど……。


 ――なによ、これ。

 オーブの持つ頑丈なはずの棒を見て、私達は同時に呻く。

 握っていた柄と言える部分の表面に、一見して折れた原因とわかる大きな亀裂が走っていた。


「まさか……。あ、握力で、これを砕いたのか?」

 呆気にとられたようなロゼに、「はい、すみません」と少女が謝った。

「ご、ごめん。オーブの腕、触らせて」

 一言断って、私は相手の片手を取り、じっと凝視する。

 半袖のワンピースから伸びたそれは、確認するまでもなく、細くて柔らかい。重い物さえ持てないようだけど、不意に首を締められた時の感覚が蘇り、思わず身震いした。


 あの力は、やっぱり本物か。


「ロゼ、あんたこれできる?」

 私は折れた棒を見ながら訊いて、

「無理に決まっているだろう」

 相手の短い返事に、「だよね」と同意した。

 たとえ大人の男性でも、こんな真似はできないだろう。

「オーブさ、普段の生活で、力をおさえたりしてるの?」

「……そうなんです。わたし、孤児院にきてから気づいたんですが、なんだか凄く力が強いみたいで。脆いモノを扱う時は、壊さないように注意しています」

 私の問いに、少女が可憐な外見からは想像もつかないことを言った。

 それは、私も気づかなかったけど、力が強いってレベルじゃないわよ。今の打合いで見せた瞬発力も含めて、ちょっと常人離れした子だ。


「あの、わたしの動き、どうでしたか?」

 少女の不安げな眼差しを受けて、思案する私より先にロゼが口を開いた。

「動きは良かったぞ。というか、これ程とは思わなかった。最初の突きなどクリスだから防げたが……。お前のことを何も知らない、一般の遺跡調査員(サーチャー)が相手だったら、反応できたかも怪しい」

「うん、身体能力としては十分だ。正直、びっくりしたわ」

 続けた私の評価を聞いて、オーブが安堵したように微笑んだ。

 その顔を見て、こっちもひとまず気持ちを緩める。

 この子が何者だろうと、協力すると決めたことに変わりはない。

 むしろ、ある意味、頼もしい存在だと思った時。建物の方から漂ってきた、カレーの良い匂いが鼻をかすめた。




「――では、二人とも。明日の朝、オーブさんを迎えにきてください」

「了解です」

 私達を見送りにきた、ミランダさんに応じて外へ出ると、辺りはもう真っ暗だった。

 照明の点いた孤児院の出入り口に、話のオーブの姿はない。

 多分、今も子供達に囲まれて、先程届いた遺跡調査員(サーチャー)の資格証とかを見ていることだろう。


 打合いの後、食べていけと言われた夕食のカレーを御馳走になっている最中。カイント事務所から孤児院あての封筒が、郵便で届けられていた。

 オーブが中身を見ると、入っていたのはやはり採用通知などの書類一式で……。子供達に黙っていた採用決定の話もそれでバレてしまい、夕食の場は、お祝いの大騒ぎとなってしまった。

 今も収まらない騒ぎの中、フェザーや仕事の話を切り出すわけにもいかず……。私達とオーブは明日、どこか落ち着いて話ができる場所へ出掛ける約束をして、本日は帰る事となっていた。


 町へ行くとして、どこで話そうか。

 久し振りの休みで買物もしたい、っと、そうだ。


「その、オーブのことで。警察の身元調査や通院は今後も続くと聞いてますけど、成人扱いされて仕事も決まったあの子って、まだ孤児院に居られるんですか?」

 私は気になったことを、ミランダさんへ訊いた。

「ええ。現在のところは、これまでと変わりません。ただオーブさんは、すでに保護の状態ではないので。お給料が出たら、そこから居住費などを頂く形となっています」

「そうなんですか。いえ、これで一人暮らしとか始めるのは大変すぎるから、取り敢えず良かったです」

 私が納得した時、「クリス、ロゼッタさん。オーブさんのことを頼みます」と、口調は穏やかだが、どこか憂いを感じる表情で、ミランダさんが言った。


「オーブさんは、本当に強く賢い子です。でも記憶が無く自分が何者かわからない不安を、常に抱えているのも事実でしょう。そんなあの子の心の支えとなっているのが、二人の存在なのだと私は思います」

 続く言葉に、私とロゼは無言のまま頷く。

 すると、ミランダさんが自身の首につけているネックレスを見た。

 相手の胸元で革紐に繋がれた、小さな金属の飾りが揺れる。

 円の中心に、十字の刻まれたそれは、太陽を表したソニア教のシンボルマークだ。

「ソニア帝国のことを知りたいと望んだオーブさんが、貴方達と一緒に働けるようになったのも、きっとソニア様のお導きがあったからです。私はあの子が正しいことをしていて、この先、必ず記憶も戻ると信じていますので、どうか二人とも、力になってあげてくださいね」

「……わかりました。それじゃ、また明日きます。お休みなさい」

 一瞬、躊躇った後、私はそれだけ言ってミランダさんに背中を向けた。

 確かに、オーブは正しいことをしている。

 対して自分はどう? 私は正しいことをしているのかな……。




 孤児院より少し離れた、灯台の光が見える岬の岩場――。

 そこに駐車された、ロゼの車のドアへ背中を預けて、私は溜息をついた。

 夜空に浮かぶ三日月や星々の輝きに、うっとりしたわけじゃない。

 単に疲れただけで、今日起きた数々の出来事が脳裏をよぎる。


「一人で抱え込むなよ」

「……ロゼ」

 傍で聞こえた声の方へ首を巡らせる。

 ……と、同じくドアに背中を預けた相棒が、微笑しながら私を見ていた。

「オーブの問題は、私の問題でもある。私は今日あったことを、全て受け入れた。その上で今、間違いのない行動をとっていると信じている。クリスがそうではなくて、何か悩みがあるのなら、話をしてくれ」

 自分へ向けられた、ロゼの真っ直ぐな視線。

 何時もだけど、相手の頼もしさを意識した途端、声が詰まってしまった。

 それを誤魔化して、私も笑みを浮かべつつ口を開く。


「ううん、悩みとかは無いよ。オーブの記憶さえ回復すれば、一応、何もかも解決する。その為に今、自分は正しいことをしているって、私も信じてる。ただ、今後は色々大変だと思うから……」

 私は言葉を切ってロゼに近づき、相手の肩へ自分の頭を預ける。

 オーブのことを投げ出さないと誓ったが、正直、不安はあるし心細い。今だけは、自分にも支えてくれる人が存在することを、触れ合うことで確かめたかった。

「力かしてね? ロゼ」

「ああ、もちろんだ」

 相棒の答えに、私は小さく頷く。

 そのまましばらく寄り添った後、私達は車に乗って家路を目指した……。

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