表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レストピア  作者: 名残雪
13/40

翼の影 三

 着ているワンピースの裾がつくのも構わず、地面にしゃがんだオーブが両手で目を拭う。そんな相手を前に私が慌てていると、周りから子供の声が押し寄せた。


「ああっ、オーブが泣いてるぞ!」

「ホントだ。クリスとロゼねーちゃんにひどいこと言われたのか?」

「えー、お姉ちゃん達は、そんなこと言わないよ」

「クリスが泣かせたんだろ? この女たらしっ」

「だっ、誰が女たらしよっ。私も女だっつーの!」

 私が咄嗟に言い返した時、

「み、皆さん。待ってください」

 顔を上げたオーブが、泣き笑いのような表情を浮かべた。

「わたし、クリスさん達と会えて嬉しいんです。なのに、どうして……」

 涙で頬を濡らす少女を見て、キュンと胸が締めつけられる。


 この子、嬉し泣きしてるの? どんだけ純情なのよ。


 相手の背後から、まばゆい光が差したような気がして、私は言葉に詰まる。同時に、中庭の奥に位置する事務室の扉が開き、何時ものエプロンをつけたミランダさんが顔を出した。




 ミランダさんの執り成しによって子供達の騒ぎから解放され、通された事務室内のソファーに、私とロゼは並んで座る。

「すみません、連絡もなしに突然きちゃって」

「あら、今まで連絡してきたことなんて、ほとんどありませんでしたよ」

 私に笑って応じたミランダさんが、机を挟んだ対面のソファーに座った途端。

「あの、わたし、二人に大事なお話があるんですっ」

 ミランダさんの横に腰を下ろしたオーブがそう切り出したのを、私はやんわりと手で制した。部屋に入ってからずっと緊張した顔をしている相手には、こっちから話をした方がいいだろう。


「ちょっと待ってね。私達、ここに来る前、仕事の用事でカイント事務所に寄ってきたの。そこで、エイミーさんにオーブのことを色々聞いたんだ」

 息をのんだような少女に、私は笑顔を向ける。

「おめでとう、オーブ。遺跡調査員(サーチャー)資格認定試験合格で、カイント事務所に採用決定だ」

「それは、本当ですか?」

「うん。さらに私達、なんと三人で組むことになりました。これからは一緒に仕事する仲間なんで、よろしく」

「一緒に、仲間……」

 大きく目を見開いたオーブが、噛みしめるよう呟いた。


「オーブさん、おめでとうございます。頑張った甲斐がありましたね」

 ミランダさんが、シワのある顔を笑みでクシャクシャにすると、ソファーからロゼが身を乗り出した。

「ミランダさんは、オーブが受験したことなどを知っていたのですね?」

「ええ。この子が遺跡調査員(サーチャー)になりたいと言い出した時は驚きましたけれど、理由を聞いて応援してきたのです」

 答えた相手の隣に、私は視線を移す。

「オーブ、その理由って訊いてもいいかな?」

 問うと、静かに息をついた少女が口を開いた。


 孤児院に入って約一ヶ月半の間。

 共同生活を送る子供達で唯一学校に通っていないオーブは、孤児院の雑務の手伝いをしつつ日々を過ごしてきたそうだ。

 そんな中、病院へ通院したり、警察の調査に応じたり、私も利用していた図書館で本を借りて勉強したりするなど……。自分が何者かわからない不安から、自由になる時間は全て記憶を思い出す為に費やしてきたという。

 その行動の中心にあったのが――。


「ソニア帝国?」

 私は、話に出た単語をオーブに確認した。

「はい。わたし、前にクリスさん達の話を聞いてから、ソニア帝国のことがずっと頭に残っていて。自分でも不思議なくらい、帝国を知りたい気持ちが強くなったんです」

「しかし、オーブ。お前、帝国のことは記憶になかったのだろう?」

 ロゼが訝しむように眉をひそめると、相手が少し顔を俯ける。

「今も思い出せたことはないんですが、どうして気になるのかを考えて……。わたしは、自分が帝国にいた人間かも知れないと思ったんです」

 真面目な顔で言ったオーブに、私は思案しつつ頷く。

「本当なら、あんたの家族や知り合いがいるのも、帝国ってことになるね」

「はい。それで、できるだけ、あの国のことを調べてみようと決めたんです」


 続くオーブの話によると、遺跡にいた理由も含め、いまだ身元は不明なままだけど、警察が自分をロングランド国内で生まれた混血児(ハーフ)などではないと断定したことも、帝国を調べるきっかけになったという。

 また、相談した病院の先生から、「思い違いでも関心のあることを調べるのは、記憶を取り戻す上で有効だ」と話をされ、少女の気持ちを後押ししたそうだ。

 オーブの心境はわかる。

 私が同じ立場でも、気掛かりであれば帝国を調べようとしただろう。

 ただ、思った通り、それは簡単なことではなかったらしい。

 帝国の情報が新聞などで入ってくることはほとんどなく、図書館にある帝国関係の本だって、数が少ない上に歴史書が大半を占めている。そんな状況で、オーブのような身の上の子が、個人で調べられることには限度があったという。


「それで、遺跡調査員(サーチャー)に目をつけたの?」

 話がわかってきて、問いかけた私に、

「ええ。遺跡管理機構(ミスリル)に所属する遺跡調査員(サーチャー)なら、ソニア帝国の情報を色々知り得たりできるのでしょう?」

 そうミランダさんが言って、ひとまずロゼと頷いた。


 世界各地に存在する、古代文明(ババロン)の遺跡と遺物(レリック)を管理している遺跡管理機構(ミスリル)だけど……。発見された遺物(レリック)の技術を解析してきたのは、ソニア帝国の技術者であることなど、遺跡管理機構(ミスリル)と帝国の間には複雑な繋がりがある。

 一介の遺跡調査員(サーチャー)である私達が、次の仕事で帝国と関わることになったのも、ミヤノ遺跡やフェザーの死骸が、遺跡管理機構(ミスリル)ロングランド共和国支部の下にあるからだ。


「――そうしたことを知った上で、遺跡調査員(サーチャー)にどうしてもなりたい。年齢などの問題も、なんとかなるかも知れないとオーブさんが言い出しましてね。子供の自立を支援する孤児院として、応援しない訳にはいかなかったのですが、当初は流石に困難だと思っていました。でも、オーブさんは毎日必死に、遺跡調査員(サーチャー)のことや学校で習う勉強をして、その困難を自らの力ではねのけたのです」

 ミランダさんは、穏やかな笑みを浮かべて話をした。

 その横で、唇を引き締めていたオーブを、私は改めて見やる。


 身体能力はともかく、オーブの実年齢ってわからないから、学力とかの面で驚くことはおかしいのかもしれない。

 ただ、記憶の手掛かりである帝国を調べたい故に遺跡調査員(サーチャー)になったって……。理屈は単純だけど、確かにエイミーさんから聞いた通りの強い意志と、とんでもない行動力の持ち主だ。

 それだけに、確かめなきゃいけないことがある。


「う、ん。オーブが遺跡調査員(サーチャー)になりたかった理由はわかったけど、あんた、実際に帝国へ行ってみたいと思ってる?」

 私の問い掛けに、少女は迷いを見せながらも首肯した。

 ――やっぱりか。

「私とクリスも行ったことは無いが、帝国までは船に乗って十日程かかる。お前が帝国へ行くには人を頼るしかないが……。行きたいという話は警察などにもしてみたのだろう? その時、なんと言われた?」

「……行くこと自体は問題ないと。ただ誰からも、すごくお金もかかるから、気になる程度の理由でつれて行くのは難しいと言われました。それも当然ですし、わたし自身、帝国と関わってる確信なんて無いので、今は遺跡調査員(サーチャー)の立場から色々調べたいとしか考えていないんです」

 状況を確認したロゼに、オーブは残念そうに答えて小さく笑みを浮かべた。

 警察とかの対応はもっともだ。それに、本人も納得している様子で、こうなってしまうと非常に言いにくいが……。


「あのさ、私、よければ、オーブが帝国へ行くのに必要なお金出すよ」

「――えっ」

 明るい表情をつくって提案した私を、オーブばかりか、ロゼとミランダさんまで唖然とした顔で見てきたが、これは冗談じゃない。

「それで記憶が戻ったりすれば全然安いモノだし、もちろん、あんたを一人で行かせたりはしない。できれば、私が一緒に行きたいんだけど……。仕事があるから無理なんで、誰かに付き添いとかを頼むとして、その人の分のお金も私がなんとかする。一応、それくらいの蓄えはあるんだ」

「まぁまぁ待ちなさい、クリス。オーブさんの為とはいえ、なにも貴方がそこまでやらなくてもいいでしょう」

 気まずい思いで本音を出した私に、ミランダさんが笑いかけてきた。

 相手の諭すような口調に何も返せず、

「そうですよ、クリスさん。気持ちは嬉しいのですが、わたし、そんなことまでしてもらって、帝国になんて絶対行けませんっ」

「あー、うん、わかった」

 オーブにもきっぱりと断られ、私は苦笑しつつ頭をかく。

 予想はしていたが、こうなるよね……。


「行く行かないはともかくだ。帝国を調査するのに、遺跡調査員(サーチャー)になる以外の方法はなかったのか?」

 気づけば渋い顔をしていたロゼが、そう言ってオーブの方を見やった。

「別に、オーブの行動を責めているわけではない。だが、お前が自ら、それも性急な感じで遺跡調査員(サーチャー)になる必要はなかったのではないかと思ってな」

「ああ、それはあるわ。例えば帝国の情報を、私達に訊くことなんかもできたんだし」

 私はロゼに同意して、目を伏せている少女の反応を窺う。

 ……と、困り顔になったミランダさんが、オーブに何事かを話すように促した。


「わたしが遺跡調査員(サーチャー)になりたかったのは、帝国を調べる為だけじゃなくて……クリスさん達と一緒にいたかったこともあるんです」

 躊躇いがちに言ったオーブが、私に真剣な眼差しを向けてきた。

「わたし、最初に会った時から今まで、クリスさん達のことを忘れた日なんて一日もありません。孤児院の生活はすごく楽しいのですが、二人に会えないことがとても寂しくて、同じお仕事ができれば、少しでも近くにいられると思ったんです」

「オーブ……」

 言葉にじんと胸が熱くなって、私は少女の名前を呟いていた。

「勝手なことを言ってすみません。でも、わたし、本当に遺跡調査員(サーチャー)になれた以上、迷惑をかけないように一生懸命がんばります。だから、どうか二人とも、わたしのこと……きらいにならないでください」

 言い終えると同時に、オーブは深く頭を下げた。

 ……参ったわ。今のは完全に殺し文句だ。


 私は、もう何があっても、オーブのことを投げ出さない。


 そう気持ちを新たにして、私は少女に笑顔を向けた。

「バカね。あんたのこと、嫌いになんてなるわけないでしょ」

「――クリスさん。ありがとう、ございます」

 ハッとした様子で顔を上げた少女、その目には涙がにじんでいた。

「泣かないで。ここまで言われたら何も言えないし、あんたにとって遺跡調査員(サーチャー)の仕事をすることが記憶の治療と同じなら、こっちは協力するだけさ」

 そう言って、また私は笑う。ただし、今度は悪戯っぽくだ。

「んふふ。同姓のあんたはもう家族みたいなモノだから、遠慮なく私を頼ってね」

「な、名前のことも聞いたんですか? すみません、ライト以外考えられなくて……」

 頬を赤らめた少女が、恥ずかしそうに俯く。

「別にいいってば」

 私が軽く応じた途端、身じろぎしたロゼが長く息を吐いた。

「……オーブの思いはわかった。私も協力しよう」

「まあ、ロゼッタさん、ありがとうございます。クリスも立派なことを言うようになって。オーブさん、二人が優しい人で良かったですね」

 微笑むミランダさんにオーブが頷くのを、私は心苦しく見つめる。


「しかし、オーブよ。一つ確認したいことがある」

 おもむろに言ったロゼに、「なんでしょうか?」と少女が緊張気味に答えた。

「お前の身体能力について、だ。凄いと聞いてはいるが、私はまだ信じられん」

 そうきたか。まあ、私も気になっていた。

「後で詳しく話すけどさ。実は私達、次の仕事がすぐにあって、そこからオーブも現場へ出ることになってんの。で、そうなった以上は仕事に関わる色んな事態に対応する為、仲間の知識はもちろん、身体能力ってのを一番に把握しておかなきゃいけないわけ」

「もうお仕事が……。いえ、わかりました。クリスさん達の懸念(けねん)は当然です。それで、どうすればいいんでしょうか?」

 私は、得心した様子のオーブの問いに少し考え込む。

 ……と、ロゼが小首を傾げた。


(ハーケン)やロープ使って絶壁を登る動作なども見たいが、大袈裟なことをせずとも、お前の動きがわかればいい。先程、子供同士でやっていた棒の打合いなんかはどうだ? 手軽で適度に様々な力量もはかれると思うぞ」

 ロゼの提案に驚くオーブを前に、私はパチンと指を鳴らした。

「それいい、私が相手になるよ。一つ勝負だ、オーブ。あんたの力を見せてみて」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ