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レストピア  作者: 名残雪
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調査員奮闘記 四

 私は遺跡の石壁に仕切られた通路にしゃがみ、硬い甲虫の殻を指でつついた。

 周囲を海に囲まれたロングランド共和国は、魚や貝などの水産物が豊富に獲れる。それらと国の北部で収穫される米、麦といった農産物が国民の主食だ。

 特に水産物の中じゃ蟹は高級品で、普段、お店に売ってるモノも気軽に買える値段ではない。


 そんな蟹と姿形だけはかなり似てる、昨日倒したフライングシザーの残骸を眺める。

 身体の殻、ハサミ、脚などが地面に散乱し、どれも中身の部分は、キレイに無くなってしまっていた。食べ尽くしたのは、森に生息する他の生物だろう。


 死んだモノが、他の糧になるのは当たり前だ。

 ただ、こいつら見る度、思うんだけど、なんか勿体ない。どういう進化したのか知らないが、森でなく海にいれば、きっと立派な高級食材として扱われてたのに。

 いや、でも食べてみたら、意外といけるのかも……。


「――そういえば以前、フライングシザーの肉を食ってみた人が、ひどい食中りになって死にかけたらしいな。味もまずくて、食えたモノじゃなかったそうだ」

「えっ、本当ですか?」

 地面へ視線を向けていた、ジャスティンさんの言葉に驚く。

 私の考えを読んだ訳じゃないだろうが、初めて聞いた。


「ふーん、ダメなのか」

 そう無意識に言ったら「お前、これを食べたいとか思っていたのか?」と、横にいたロゼから心配するような声をかけられ、急ぎ否定する。

「クリスちゃん、お腹空いてるの? お昼には、まだ早いわよ」

「だから、違いますっ!」

 キッカさんにまで変な心配をされ、叫んだ私の声が、森の中に響く鳥と虫の合唱に混じって消えた。


 今日は朝から、うっすらと雲のかかった空模様。

 日差しは弱いけど、風もなくべっとりした蒸し暑さは、つなぎを着てザックを背負った、遺跡調査員(サーチャー)姿に堪える。


 今朝の八時頃。

 何時ものように泊まっている宿をキッカさん達や他の調査員と出発して、遺跡近くに設営された根拠地(ベースキャンプ)へ向かった後……。指示を出す現場監督の調査員から、終わりは見えているので、もうひと踏ん張りするよう頼まれ、各班、気合いを入れ直し、調査の続きへ散っていた。


 私達も、昨日は帰るまで二時間近くかかった道を一時間程で進んで、十時前にはロゼと甲虫を相手にした地点まで戻ってこれていた。


「昨日の傭兵、やはり良い腕だ」

 立ち上がった私の前にいるジャスティンさんが、弾痕の残る甲虫の殻と薬莢を拾い上げる。

 続けて、銃の口径や射程距離を言った相手に、私は口を開いた。


「ジャスティンさんって、銃のこと詳しいんですか?」

「……多少な。銃は高価だが、いずれは護身用に遺跡調査員(サーチャー)へ支給されるかも知れない。そうした時の為にも、扱えるようになっておこうと勉強中なんだ」

 静かに答えたジャスティンさんの隣へ、キッカさんが立つ。

「昨日の傭兵、銃や弾は勤務する警備会社からの支給品だと言ってたわね。本当に支給される場合、私達もそういう形になればいいけど、弾だけ自費とかになったら困るわ」

 倹約家っぽい奥様の意見に私は頷いた。


 スタンバトンなど、今の私達の装備一式も、ほぼ事務所からの支給品だ。それらに加えて、自分で用意した銃を持つ調査員もいたりする。

 ただ、さっきの蟹じゃないが、弾代や整備費とかも含めて、確かに銃は高価な武器なので、今のところ持っている人は僅かだ。逆に言えば、お金さえあれば誰でも買える。

 私は昔、借りた銃を数回撃ったことがあったけど、真面に扱える自信は全然ない。ロゼも銃の扱いに関しては、完全に素人だ。


「まあ、危険生物を駆除したりするのは傭兵の仕事。私達、遺跡調査員(サーチャー)は敵に襲われた時、逃げるのが鉄則だから、銃より煙玉とかの道具を備えた方が合理的だわ」

 キッカさんの言葉はもっともだ。

 昨日みたいな状況もあるけど、遺跡調査員(サーチャー)の仕事は戦うことじゃない。

 何より、人を襲う生物の中には、銃などまったく効かない正真正銘の化物も存在する。

 そんな相手と遭遇したら、どんな武器があっても無意味だと思った時。殻を戻したジャスティンさんへ、キッカさんがウインクした。


「ねっ、相手がどんなに危険な生き物だろうと、貴方は私を守ってくれる?」

「必ず守ってみせるさ、キッカ。昨日は助けられてしまったが、俺達は命を無駄に散らす訳にはいかないからな」

 返事をしたジャスティンさんが、精悍な顔に笑みを浮かべる。

 命は大事だと、上手くまとまったところで、そろそろ先へ進みたい。

 しかし、見つめ合った夫婦の様子から、嫌な予感をビシビシ感じた。


「ありがとう、ジャスティン」

 言葉と一緒に、キッカさんが惚れ直したような眼差しを相手に向けた。

 まただよ……。

 始まった二人だけの世界に、私は肩をすくめて下がり、並んだロゼへ声をかけた。

「毎度、本当にお熱いよねぇ。近頃の猛暑って、この人らの所為じゃないかな」

 ぼそっと皮肉を言った私の耳元へ、ロゼが顔を寄せてきた。

「私は理想的なパートナー同士の姿で、素敵だと思うぞ。一方的に見せつけられることが気に障るのならば、こちらも対抗して、じゃれ合ってみるか?」

「どういう思考すりゃそうなんの? あっ」

 返事をする間に、ロゼに手を握られる。

 だあー、暑いつってんのに、こいつは――。

 振り解こうとしたけど、昨日もらった薬を塗った相手の肩口が、私の肩に触れた。


「ねえ、ロゼ。どうせなら仲良く腕組みたいから、一度手を離して?」

 優しく言うと、驚いたような表情でロゼが手を離す。

 同時に、私は相手の傷口の辺りへ、しっかり自分の腕を絡めた。

 その途端、ロゼが一瞬顔を歪める。

 当然、痛いはずだけど「こうして歩いていい?」訊きながら、私はわざとらしくニヤリと笑う。

 流石に「離してくれ」との返答を予想した。

 だけど、「もちろん、一日中でも構わないぞ」と、多少ぎこちないものの、涼しげな顔で返してきたロゼに呆れるを通り越し、ちょっと感心する。

 あんた、良い根性してるわ……。




 バカなやり取りの後。ようやく進行再開して、昨日、休憩した場所を通り過ぎた。

 ここからは未調査区域になるので、ザックから測量ロープを取り出し、全員で手分けしつつ通路の長さなどを測り、地図へ記録していく。


 遺跡の構造を把握する為の全体図製作(マッピング)は、遺跡調査員(サーチャー)の重要な仕事だ。でも、真っ直ぐ伸びる単調な通路に溜息が出た。

 ここに限らず、発見された遺跡の地上部分は大抵、損傷や風化がひどくて、遺物(レリック)などの機械類も見当たらないことが多いから仕方ないんだけど、あまりに退屈。

 ……かと言って、なんか襲ってくるのは嫌だが、未調査区域だってのに心ときめかないのは苦痛だ。


 そもそも、この建造物がなんなのかは、未だに不明。

 形は長方形で、大きさも相当なモノ。恐らくビルのような階層構造だったが、一階部分の壁のみを残し、上階は全て崩れ去ってしまったと言われている。

 建物の中央には、大広間のような空間があって、そこから外周へ向かう通路が幾つも伸びていた。

 今の私達がいる北側の通路も、その一つだが、別の調査班の話から通路の構造はどこも似通っていて、最後に行き着くのが同じ場所だと聞いていた。




 しばらくして両側の壁が途切れ、視界に生い茂る木々が広がった。

 さらに進んで周囲を見渡し、聞いていた情報通り、外へ出れたことを地図で確認する。

 現在地は、遺跡の敷地を囲む森との境目だ。外周の壁が境界線のようになり、鬱蒼(うっそう)とした森と建物の間には、三メートル程の距離がある。

 元々、森の中に壁があったような遺跡なんで、景色は代わり映えしないけど……。見える範囲に、もう遺構はないし、この先は完全な普通の森だ。


「皆、お疲れ様。北側通路の調査完了よ。うーん、改めて言うのもなんだけど、何も無かったわね」

「何階建てだったのかわからないが、以前は巨大な建造物だったのだろうな。ともかく、俺達の調査すべき範囲は全て調べた。どうする? 一旦、報告に戻ろうか?」

 後ろで喋るキッカさん達の方を向いた時、不意に湿った風が吹いた。

 強まった風に、木の葉や草がさざめく。

 見上げれば、何時の間にか黒い雲が現れていた。

 次の瞬間。ゴロゴロと低い音が響き、慌てたような鳥などの鳴き声が周囲を乱れ飛ぶ。……と、見る間に空が暗くなり、小さな雨粒が私の頬を叩いた。

「雨がくるぞっ」

 ジャスティンさんが言って、全員、背負ったザックより、緑色のゴム製のレインコートを取り出す。

 それを、つなぎの上からかぶった直後。滝みたいな、大粒の雨が降り出してしまった。


 今日は湿度が高く蒸し暑かったから、雨が振っても不思議じゃない。

 でも、この遺跡、何も無くても、せめてどこかに屋根くらいあってほしかった。決して高望みではないだろう。壁しかないとか、少し厳しいわ。

 私は内心ぼやき、それでも風を避ける為、背中を壁に預けて身を低くする。全員横一列だが、その中で気になっていた隣のロゼの様子を窺うと……案の定、顔色がよろしくない。


「えっと、大丈夫?」

 小声で訊いた私に、滅多にない弱気な表情を見せ、無言で頷いた相棒は雷が苦手だったりする。

 なんでも光ではなく、あの独特な雷鳴の音が怖いらしい。私も、あの音が好きではないけど、怖いという感覚はよくわからなかった。


 そう思った瞬間。空が光り、大砲でもぶっ放したような轟音が響いた。


 上体が仰け反って、伝わってきた音の衝撃に、地面さえ揺れた気がした。

 私は咄嗟に塞いでいた両耳から、手を下ろして口を開く。

「び、びっくりしたあっ。今の雷、かなり近くに落ちたたっ、痛っ」

 右腕に痛みが走り、見ればロゼが思いっきりしがみついていた。

 文句を言いかけたが……。目を閉じて、身体を震わせる相手の様子に、そっと溜息をつく。しょうがない、このままにしといてあげるか。


 幸い、驚いて森の方を見ているキッカさん達は、ロゼの異変に気づかず。その後、すぐに雨も上がった。レインコートを脱ぎつつ、「醜態(しゅうたい)をさらした」と凹み気味で言った相棒が、妙に可愛く思えた。


 すぐに暑さがぶり返すだろうけど、雨のお蔭で涼しくなった森の中。

「雷の落ちた辺りを見てみよう」と言い出したジャスティンさんに続き、周囲を警戒しながら進んで行く。

 私とキッカさんは興味があったから、反対しなかったけど……。

「まったく、雷など、どうでもいいじゃないか。森は危険で、何時また雨になるかもわからないのに。ああ、早く帰りたい……」

 前の夫婦には聞こえてないが、横を歩くロゼは、さっきから愚痴ってばかりいる。


「まあ、すぐそこまでだしいいじゃん。まだ怖いなら、握っててもいいよ?」

 私が訊きながら手を出すも、「クリスは意地悪だ」と拗ねたように言ってロゼは目を逸らした。その様子がおかしくて、小さく笑った時。森の奥に、巨大なカシの木が見えた。

「高い木だわ。落ちたのって、あそこかしら?」

 木を指差したキッカさん達へ、私とロゼも同意する。

 周りと比べて頭一つ高く、苔生した幹は大人が数人いても抱えきれないだろう。太い根が地面を這い、複雑に枝が伸びて、木の上の部分は茂った葉で覆われている。


 そこに、奇妙なモノが見えて、私は目を凝らした。

 葉の間から、なにか黒くて長い、棒が一本突き出ている。

 それに、全員気づいて立ち止まった。

「あれは、一体なんだ?」

 訝しむジャスティンさんへ、「枝にしては変ね」とキッカさんが応じた。

「明らかに人工物だが、遺跡の一部だろうか?」

「私、ちょっと傍で見てくるよ」

 ロゼに答えつつ駆け出して近づくと、黒い棒の形状がわかってきた。

 長さは多分、六メートル以上。全体的に丸太くらいの太さがあるけど、弓なりに湾曲していて、突き出た先端にいく程、細くなっている。表面に苔が生えてて、でも木の枝じゃない。硬そうな黒い石、黒曜石みたいな見た目だ。

 そんなことを考えた時。正面に見た木の左側にも黒い突起物が出ているのがわかり、急いでそちらへ向かう。


 なによ、これは。

 視界に映ったモノの姿に、私は呻き声を漏らした。

 以前、カイント市内の博物館に飾られた複製品(レプリカ)や、本とかで見たことがあった生物の顔の骨が、枝葉の間からこちらを見下ろしている。

 大人を一飲みにできそうな、鳥のクチバシに似た口を半開きにしたそれは、頭部だけでも二メートル程の大きさがあった。最初に見えた長い棒は、広げた翼の骨だったのか。


「――フェザー」


 重そうな骨を見ただけじゃ、信じられないけど……。現在も世界中の空を自由に飛んでいる、この生物につけられた総称を呟いた瞬間、押し寄せた疑問に頭が混乱した。

 どうして、こんなモノがここにあるんだ。


「そんな、嘘……」

 かすれたキッカさんの声がして振り返る。

 すると、後ろにきていた皆が、呆気に取られたような顔で立っていた。

「て、天の導きだ。まさか、さっきの雷に打たれて落ちてきたのか?」

 動揺しているのか、なにか意味不明なことを、ジャスティンさんが口走った。

「いえ、雷は関係ないでしょう。推測するに、これは死んでから、相当な時間が経っています。しかし、何故こんな場所に……」

 眉を寄せて言ったロゼに、答える人はいなかったが、誰もわからないだろう。

 空以外にフェザーがいて自然な場所など、少なくとも私は知らない。

 その死骸へ、再び視線を向ける。


 木の正面に顔と首の一部、左右に翼が見えるけど、胴体は葉で完全に隠れていた。裏に回れば、尻尾や足の部分が見えるかも知れない。

 博物館にさえ、頭部の骨の複製品(レプリカ)しかないんだから。完全な骨格が残っていれば、かなり凄いことのはずだ。でも……。


 興奮してくるのと同時に、心の中へ冷たいなにかが流れ込み、胸が突然苦しくなった。

 頭に両親の顔がちらつき、よろめくよう屈んで息をつく。

「クリスっ、どうした?」相棒に訊かれたが、「大丈夫。少しびっくりして、足が震えてるだけ」と笑って誤魔化し、言葉を続けた。

「取り敢えず、根拠地(ベースキャンプ)へ報告に戻ろう。きっと皆も、ぶったまげるよ」




 ――その後、私の台詞は現実になる。

 フェザーの姿を確認した現場監督は、すぐさま事務所へ連絡し、異常事態に気づいた遺跡調査員(サーチャー)達は大騒ぎとなった。夜には事務所から遺跡の調査中止が言い渡され、さらに数日の内。町で待機していた私達、調査員へ撤収命令が下されてしまった。


 慌ただしいままに、ミヤノ遺跡を離れる中。簡単な別れだけを済ませたキッカさん、ジャスティンさんとは、今回の報告のこともあって、今後も会う予定になっている。


 色々あった調査だけど、こんな終わり方になるとは本当に予想外。骨とはいえ、実物のフェザーを目にした驚きは想像を超えていた。

 それに、同じく予想外だったのは、フェザーに対する自分の気持ちだ。

 遺跡を調査中の、とびきり不運な事故だったと納得していたが、両親を殺した相手を見て、あんなにショックを受けるとは思っていなかった……。

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