はじまりの遺跡 一
ああ、なんてこった。
私は浮遊感に襲われながら、驚愕の声を漏らす。
このまま死ぬかもしれない恐怖。
助かることへの期待。
発見に対する興奮。
胸の中で様々な感情が渦を巻き、私は頭上に輝く白光を見つめる。
その直後、全身に強い衝撃を受けて、一瞬視界が暗転した。
――私は呻きつつ、瓦礫の中に漂う埃を手で払う。
続けて、あちこち痛む仰向けの身体を起こし、顔を上げると、落ちてきた穴が見えた。
頭上五メートル程の高さのところにぽっかりと口を開けた、大人二人は余裕で通れる大きな穴。
そこから差し込む光……上階に設置された照明のおかげで、本来は真っ暗な周囲の様子がどうにかわかった。
私達は、石のような壁に囲まれた、三メートル四方程の小部屋に落下したらしい。
「ロゼ、大丈夫?」
私の問い掛けに、相棒が頭を振って立ち上がる。
その動作に合わせて、首の後ろでまとめられている彼女の長い髪が揺れた。
「こちらは、問題ない。クリスは?」
「私も大丈夫かな」
ロゼに明るく答えて、私は自分の身体に大きな怪我がないことを確認する。落ちた時の衝撃はかなりのものだったが、あれくらいでどうにかなるほどやわではない。
「ん、あんた。そこ泥ついてるよ」
私が顔を指差すと、身に着けているつなぎのポケットからハンカチを出したロゼが、教えた箇所を適当に拭った。
全部取れてないけど、構わないみたいね。
普段はポニーテールにしている豪奢な金髪、すっきりとした切れ長の目、筋の通った高い鼻等々……。まるで彫像のごとく整ったロゼの容姿からは、例え泥に塗れていようと美人は美人だという事実がこれでもかと伝わってくる。
頭部を覆う、ヘッドライトつきの革のヘルメット。
手には手袋をはめ、足には動きやすいブーツ。
調査に使う道具を入れたザックを背負い、厚手の布のつなぎを着た典型的な遺跡調査員姿なのは、ロゼも私も同じだ。
しかし、そんな洒落っ気の無い格好でも、私より背が高い相棒の抜群のスタイルにかかれば、なんだか洗練されたファッションにも見える。
やっぱり、美人は得だな。
一応、私だって白金の髪が綺麗な美人だと言われたりもするが、ロゼとは比ぶべくもない。
ともかく、互いの無事を確認した私達は、部屋の壁際に座り込んだ。
「調査の完了に伴って公開された地図によりますと、この遺跡の下層はどこも地下二階までしかない」
私はザックから出した遺跡の見取図を、同様に取り出した懐中電灯で照らしていく。
「けど、ここは間違いなく三階に相当する場所だ。ってことは――」
「未調査区域を見つけた可能性が高い、か」
「だね」
静かなロゼの呟きに応じて、私は軽く身震いした。
周囲を海に囲まれた、ロングランド共和国。その地方都市の一つ、ラバー市近郊の山中に位置する遺跡が、今の私達がいる場所だ。
宅地造成の為に業者が山へ入り、偶然、地上一階、地下二階からなるこの遺跡が発見されたのが、一月前の五月のこと。それから、遺跡調査員による調査が行われてきた結果。遺跡はほとんど価値が無いモノと判断され、近々取り壊しが決定していた。
別の仕事を終えて地元であるラバーに帰ってきた後、次の仕事先にと考えていたここの調査が終了したと知った時は、私とロゼも驚いた。
遺跡の規模を考えると、とても一月で調査が済むなんて思えなかったからだ。
恐らくは、工事を進めたい業者の意向など、色んな事情があって雑な調べ方をした。であれば、その過程で見落とした部分……未調査区域と呼ばれる場所が残っているかもしれない。
そう見当をつけてこの遺跡にやってきたんだけど、どうやら私達の予想は当たっていたようだ。
とはいえ、地下二階を調べている最中に突然、足元にひび割れが走り、床の一部が崩れ落ちてしまうとは想像もしていなかった。
「楽しそうだな、クリス」
からかうようなロゼの言葉に、私は緩んでいた口元を引き締める。
「あんただって、面白くなってきたと思ってるでしょ?」
「まあな」
返事は短かったが、輝いて見えるロゼの青い瞳から、秘めた気持ちが感じ取れた。
男性口調に冷ややかな美貌とかも相まって、私の相棒はとっつきにくい印象を持たれやすい。でも、その性格はわりと熱血系でノリも良く、気ままな私とは、出会ってペアを組んだ養成学校の頃から気が合ってきた。
今回も、現状を楽しんでいるのは一緒。ただ、それは当然のことだ。
私達、遺跡調査員は、その名の通り、遺跡の調査を仕事にしている。
そんな遺跡調査員にとって一番の功績は、世界各地に存在する新たな遺跡を見つけ出すことだが、未調査区域の発見も相応に価値がある。
私達の年齢は、十七歳。
去年、遺跡調査員養成学校を卒業し、仕事を始めてまだ一年ちょいの新米であれば、今の状況に浮かれるなって方が無理だ。
「壁に釘を打っていけば、上に戻れそうだね。帰り道の確保ができたら、調査を続けるよ」
私は喋りつつ、ザックから今度は金属の釘とハンマーを取り出す。
「急ごう。今、他の遺跡調査員がきたりしたら面倒なことになる」
ロープなどを用意するロゼが、険しい表情を見せた。
「調査を手伝うので共同発見したことにしようとか、言われかねないもんね」
私は真面目に応じて、ポケットから出した懐中時計に視線を向ける。
そういう最悪の事態を避ける為、人がこないであろう早朝に遺跡へ入ったかいあって、現在この区画には私達だけしかいないはずだけど……。自由に調査できる遺跡なので、いつ誰がくるかもわからない。
「この発見は、天から降ってきたような幸運よ。他人の功績になんて絶対させないわ」
強い口調で言い切った私は、頷いたロゼと小さく笑い合う。
そして、ゆっくりと息を吸った後、手の釘を壁に打ち込んだ。