第1話:滅びの足音
歌が聴こえていた。
穏やかで優しく包みこむような。
切なくて涙が自然と溢れ落ちそうな。
歌が聴こえていた。
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「先生、どうしたの?」
ふと気がつけば、其所は学校の教室。手元を見れば使いふるされた教科書が目に入る。
「あれ?」
「気分でも悪くなった?」
──そっか、アリスの居残り……。
其処は勉強の邪魔になるからといって歌はおろか、自分達のつくり出す音以外全て遮断為れている筈の空間があるだけ。
──空耳…?でもあんなにはっきり……。
「先生大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
──きっと疲れてるんだ。
心配そうに顔を覗きこんできたアリスに微笑んで、それからパタンと教科書を閉じる。
「そろそろ終りにしようか?」
「えっ?でも…」
困惑するアリスの頭をリェンは優しく撫でて窓の外を指差す。
「もうすぐ雨が降る。早く帰った方が良い。」
窓から覗く空の色は蒼。何処からみても明らかに快晴と言える。
「先生、良いお天気よ?」
「うん、そうだね。でも降るよ。」
リェンは妙に自信たっぷりに言うが、空には雨雲一つ無い。しかしリェンは続けた。
「強い風も吹く。あっ、嵐だね。」
勿論今現在の天気は風が吹いてるわけでも無ければ況してや雨の降る気配すらない。空にあるのは蒼だけ。
「さぁ、早く帰りなさい。」
有無を言わせずアリスを椅子から立ち上がらせると、軽く背を押しながら一緒に歩く。
足を踏み出す度に、ギッ、ギッ、と古い校舎が悲鳴をあげる。
「きっと明日はお休みだよ。この子では耐えられないから。」
「えっ?」
言葉の意味が分からなかったアリスは何の事かと問うが、リェンは何でも無いよと苦笑するだけ。
「さぁ、お帰り。でも今日は絶対外に遊びに行っていけないよ?」
「どうして?」
「今日は嫌な感じがするんだ。アリス、先生との約束守れるかい?」
少し挑戦的に微笑んだリェンは、アリスに向かって小指を差し出した。
「馬鹿にしないでちょうだい。出来るに決まってるわ!!」
子供扱い為れるのを何より嫌うアリスはムッとなってリェンの小指を取り叫ぶ。
「そうだったね。」
クスクスと笑いながらリェンとアリスは約束を交した。
「約束だからね。」
「分かってるわよ。じゃあ先生また明日…?明後日かしら?」
「うん、また明後日。今度からは宿題忘れちゃダメだよ?」
「はぁ〜い。それじゃ先生、さようなら。」
「サヨナラ、アリス。気を付けてお帰り。」
*******
ザァ、ザァ、と大きな音を奏でながら雨が降っていた。
アリスが帰ってから1時間ほど後から降りだした雨は今では風を伴い嵐となって街を襲っている。
──嫌な雨……気持ちが悪い。
リェンは自宅の窓から茶色のカラーコンタクトを外した紅い瞳でソレを見ていた。
ガタガタと風が窓を叩く。
激しい雨が窓をうつ。それら全ての音を掻き消すほど今のリェンの耳にはあの歌が響いていた。
「……っつ、何なんだよ!!」
耳鳴りの様に直接頭に響くその歌は、リェンに激しい頭痛を与えていた。
昼間の穏やかな感じは全く無く、まるで鎮魂歌のように唯悲しみをぶつけてくる。
ズキリ
ズキリ
次第に激しさを増すそれらにリェンはめまいすら感じていた。
──何でこんな…。
リェンはとうとう立っていられなくなり床に膝をつき頭を抱える。
しかし、瞳は窓から離れなかった。
──何かが来る…嫌、もう来て……?
リェンが思った瞬間だった。
『滅びが来る』
「えっ?」
ズドン、
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォ!!!!!!!!
「うわぁぁぁぁああ!!!!」
その瞬間世界が崩れた。