あいでんてぃてー
2013/03/17 大幅加筆修正
結局デザートのお代わりまでしっかりと平らげたユウスケさんは、満足したのか親父さんを探しに行った。今日はそのまま泊まるつもりらしい。私としては、口では納得してる様な事を言ったけど、考え出すと頭がぐるぐるしてきたから早めに部屋で休む事にした。意外と話し込んでたから、気が付けば外はもう暗くなってきていたし。
レストランが一階、宿屋の客室になってる部屋が二階。そして三階の屋根裏部屋が今の自分の部屋。昔は物置だったらしくてちょっと狭いけど、余ったベッドを入れてくれて、部屋として充分。私がスモールサイズだから…というのではないと思う。多分…きっと。
頂いたお給金(基本日払い&チップ)で、少しずつ買い足した日用品、幾つかの服、そして女の子なんだから…という理由で女将さんがくれたスタンド付きの鏡。ベッドに横になりつつ、その鏡に写っている今日突然現れた人と同じ顔を見詰める。
自分の過去を知りたいと思った事はあったけど、いきなりこれが答えです!って他人が全てを語って、はい君というものはこれだ…って言われても、そうなんだって納得して受け入れられる人なんているのかな。理屈は通るけど、ハチャメチャ過ぎるし、感情的にも納得は難しい。信じられるのは、自分にはほぼ何もないという事実と、あの人の姿形があまりにも私に似過ぎているという事だけ。今の生活に愛着はあるけれど、記憶が戻るまでに仮り暮らしだってのはどこかで思ってた。だけど、いきなり答えの方から『ぽーん』っとやってくるなんて思いもよらなかった。そもそも、自分って何なんだろう?コンスケって名前は多分本当だと思うけど、これも、もしかしたら違うのかもしれない。『狐族』だよって言われても自分以外はついさっきまで見たこともなかったから、そういう種族は実は私達だけなのかもしれない。そうやって全て疑ってしまえば私には何もない。自分で築き上げたものがほとんどないんだ。私には依って立つものがないんだ。じゃあ、記憶さえあればそれは私なんだろうか? 記憶があったら、こうやって考えている今の私はいたのかな…。そんな事をぐるぐる考えながらベッドに横になっていつの間にか眠ってしまっていた…。
「あぁあ! 寝坊したぁあ!」
目が覚めたら外がすっかり明るい。太陽さんがこの部屋に当たり始めたら起きていなきゃなのに、もう通過しかけてるじゃないですか。慌てて乱れた髪の毛と尻尾に櫛を通し、鏡で顔をチェック。ちょっと目の下にクマがいる…。とりあえず大丈夫だと判断して急いで食堂へ。
「おはようございます! すいません、寝坊しました!」
そこで私が見たのは、高速で動く親父さんと女将さん。そして何故か食堂のテーブルの周りを回っているユウスケさんだった。
「親父さん、ポークソテーを後3つ追加で! おかみさん、セットのサラダを5個用意お願いします」
「ユウちゃん! 今のでポークが終了した。チキンかパスタランチに振替えてくれ」
えぇ…何でユウスケさん働いてるの? お客さんじゃないの? 親父さんもおかみさんも何か馴染んでるし。
「コンスケよ…、そこにお客さんがいる限り、走らねばならんのだよ…」
呆気に取られている私に気付くと、一瞬振り返っていい顔で言い放つユウスケさん。水差しを持ってお客さんの間を高速移動していく。速い…むしろ疾い。
「あぁコンちゃん、おはよう! とりあえず洗い場をお願いな。聞いたよ、ユウちゃんは双子のお姉ちゃんなんだって? 言ってくれれば昨日も、もっと豪勢な食事出しといてあげたんだけどな」
「そうだよコンちゃん。昨日は随分話し込んだんだって? 体調悪いみたいだから休ませたってユウちゃんに聞いてたから無理せず寝ててもいいのよ…と言いたいところだけど、今日は大盛況なのよね~。これもユウちゃん効果かしら。呼び込みしたり、新しい段取り考えてくれたり凄いのよ」
「え、あ…。はい…?」
とりあえず混乱したまま洗い物を続ける私を尻目に、三人は見た事もない速度でお店を回し続けるのでした。
「ありがとうございました~!」
「毎度あり! いやぁ、しかし助かったよユウちゃん」
「いえいえ、身体が勝手にー動き出すんだーって、感じですよ」
「でもやっぱり双子の姉妹よね。見た目だけでなくて筋がいいのもそっくり。コンちゃんもちょっと教えたらすぐ覚えたのよ」
直ぐに覚えたといっても、初回から私もこんなに動けなかったよー。しかしこの人凄いなぁ。
「ビクビクしながらですよ。それにあんな速度で動けなかったし、今も出来ないですよ」
「そうよね~。私達も毎日が今日の速さだったら身体が追いつかないわよー」
とかなんとか言いながら、きっちりユウスケさんにデザートまでお客さんへ薦めさせていた女将さんは、充分速さについて行ってると思う。そんな今日の繁盛っぷりの立役者であるユウスケさんは、涼しげな顔でお水を飲んでいる。なんで腰に手を当ててるんだろう。
「さてと…そろそろ賄いにするか」
「二人はゆっくりしてていいからね~」
親父さんとおかみさんは、売上が2倍近かったと、ホクホクしながら賄いの用意を始めた。忙しさも同じく二倍だったけど。
「さて…ユウスケさん…」
「コンスケお疲れ様。どしたん?」
どしたん?じゃないよ。姉妹になってたりとか、一体この人は何を話したの。
「生き別れの姉妹を探して旅をしていたら偶然ここで出会った。昨夜は遅くまで話し込んでたから起きて来ないかもしれないと、手伝いを申し出た。以上」
「姉妹って、ユウスケさんは男だって言ってましたよね?」
いやまぁ、どう見ても私と同じ女の子にしか見えないけど。
「この見た目で男です…とか、実は違う世界から来ました、と言って信じて貰えると思うか?まぁいいじゃないか、二人共喜んでくれたみたいだし」
「まぁ…そうなんですが、なーんか釈然としないような…」
普段釣り上がっている目と眉毛が『ハ』の字を描いて、すまなさそうな顔になるユウスケさん。
「お前の仕事を奪ったのは悪かったよ。それに昨日あんな事話してきっと混乱してるかなと思って、親父さん達にはあんな感じで言って仕事も手伝ってたんだが…、迷惑だったか…?」
「いや、その…。迷惑とかでは、ないです…」
なんか先に全部言われてしまって私がダダこねてるみたいだ。別にいいんだけども、ちょっと悔しいな。
「手伝いがてらに門の事を情報収集出来たし、俺も改めてこの身体に馴染むのにいいトレーニングになったよ。怪しい建造物とかありませんかって配膳しながら聞いて回ったら何人か知ってたよ」
「そんなものこの近くにありましたっけ?聞いた事ないなぁ」
あんまり近くではないけれど、山を一個越えた所に隠者と呼ばれている人がいて、その人がその建造物について知ってるとか。
「で、どうする? 今回ついてくるか? まぁ、朝早く出れば日帰りの予定だから、お店にはそこまで支障ないけど」
「山一個を越えるのにそんなに早いんですか!?」
馬に乗ってでも、山を一つ越えてまた戻って来たら、お泊りコース位になりそうなものだけど。旅行とかもした事ないからなぁ。ちょっと行ってみたいかも。
「何せ俺には秘密兵器があるからな」
「何ですかそれ!?」
見てのお楽しみと、ユウスケさんは不敵に笑った。
やっぱり携帯よりPCで書いた方が早いですね。
次回も早くUPしたいと思います。