玉葱目に染みても…
2013/03/15 大幅に加筆修正しました。整合性を合わせつつ補完です。
「雨降りは嫌だなぁ…」
玉ねぎの下処理という地味で目に沁みる作業を繰り返している私は、涙ぐみながら外を見る。農作業とか、狩り、鉱山のお仕事が基本のリーフタウンの村の人達が常連さんなので、こうして雨が降ってしまうとお店は途端に閑古鳥。いつも忙しいからたまにはいいんだけどね。
「よしっと…終わり」
さすがに一日分の量をずっと玉葱の仕込みとかきついね。皮剥いて刻んで…。厨房の親父さんを鼻声で呼ぶ。
「親父さん終わりましたよーぅ」
「おぉ、コンちゃんお疲れ様。悪いねぇ、女の子泣かしちゃって」
悪い事されて泣いた訳じゃないし、暇つぶしで仕事が終わっちゃうのも勿体ないしね。でもこれは辛い作業だったよ。
「こっちも厨房の掃除も終わったし、この様子だとお客さんも来ないだろうから、上で休んでていいよ。お客さん来たら呼ぶから」
お言葉に甘えて休憩することにする。暇疲れと玉葱疲れで妙にダルい。二階に上がろうと階段に足をかけた時に、入口のベルが鳴った。
「あ、いらっしゃいませ~!」
「いいよ、コンちゃん。こんな雨の中よくいらっしゃいました」
雨を吸ってびしょ濡れになったマントから、ポトリポトリと水滴が落ちる音が聞こえる。あ、また後で拭いとかないと。
「何か温かいものを頂けたら…と」
「あいよ。濡れたマントはそこに架けといてくれ。煮込みシチューの用意があるがそれでいいかい?おきゃ…きゃきゃきゃ」
急に変な声を上げ始めた親父さんに思わず声をかけるけど返事がない。どうしたんだろうと、慌てて入り口へ向かう。
「えぇぇっ!?」
そこで私が見たのは、絶句して口をパクパクしている親父さんと、私と同じ顔をした狐の人だった。
「ご、ごゆっくりどうぞ」
親父さんは何かを感じたのか、料理を出したら店を閉めて2階に上がって行った。私は話しを聞く為にお客さんと同じテーブルに座らせて貰う。あちらも話したがってる雰囲気だったし。
「驚きました」
「俺も驚いたよ」
私とおんなじ顔をしたお客さんは、全く驚いた声も出さずにパクパクと食事をとっている。鏡を見ているみたいにそっくりだこの人。だけど、尻尾が私と違って金色で、目の色も私が薄い赤だけど、この人は濃い赤。ちょっと釣り目気味だし、少しずつ違うみたい。
「あ、お冷のお代わりちょうだい」
「あ…すいません気付かなくて…。はいどうぞ…」
「ん、ありがと」
自分の声もこんな感じなのかな。落ち着いた雰囲気と話し方で私よりも凄く大人に感じる。
「さて…どこから話したもんかな」
少し食べて落ち着いたのか、焼きなおしたいい香りを放つパンを片手に持ったまま、この人は語り始めた。
あの時、俺のログアウトは間に合った。爪が明らかに身体を引き裂く感覚の後に、こちらで意識を取り戻した俺は、社長は平謝りされた。あちらの体験はこちらの身体にダメージはないから関係ないが、身体を真っ二つにされた経験なんて気持ちの良いもんじゃない。念の為、病院にも行かされけど異常はなかった。だが、遅くに帰宅した俺を見るなり、珍しく家にいた親父は開口一番睨みつけながら言った。
「お前、自分をどこに置いて来た」
姉ちゃんも何か感づいたのか、『影が薄い』等と失礼な事を言ってきた。ただいつも通りの口の悪い我が家と、済ませてしまいたかったけど、それでは済まなかった。翌日から珍しく高熱を出し、一週間は寝込んでいた俺に社長から呼び出しがかかった。
「精神が半分ゲームの中に残ってる!?」
「うん…どうやらあの時に二つに分かれてしまったらしい」
一週間後、熱は落ち着いたものの、ひたすらにダルい身体を引き摺り、呼び出された社長の所へ向かうと、調査の結果を話してくれた。その内容がいきなりこれだ。そんな事を簡単に信じられる訳ないけれど、あの場所での経験はゲームの中の事だから、というもので済むレベルを超えていたのは確かだ。
「今のままだと精神、いや魂と言えばいいのか。そのバランスを崩してユウスケ君は弱り、あちらの残っている半分、コンスケ君も弱って最後には二人共どうにかなってしまうかもしれない。何故かコンスケ君がログインした状態になってしまっていてね。強制コマンド等を色々試してみたんだけれどゲーム自体が、こちらからのアクセスをほとんど受付なくなっているんだ。単純にウイルスやハッキングという問題でもないみたいなんだ」
あの時、間一髪でどうにかログアウト出来たと思ったのに、あの身体はあの場に残ってしまったのか、そして精神の半分を残して。確かに戻ってからこっち、普段病気を一切しないはずの身体がおかしい。俺が寝込んでるのに、気配をまるで感じないと姉ちゃんも良く言ってたし。
「何者かの意識的な妨害を感じるよ。こちらから何人かがINしようと試みたんだけど、全て弾かれた。ユウスケ君のキャラクターだけは選択が可能だ。まるで呼んでいるみたいだよ。あの中の誰か、何かが」
それこそ、あのドラゴン。ラスボスなりが意思でも持っているとでも言うのだろうか。
「ともかく、あれからコンスケ君は稼働を続けてる。モニタリングは出来ないけれど、まるで自らの意思としか呼べない物で動いているみたいなんだ」
「こんな事態は予想がつかなかったにせよ、何かリセットなり、保険を掛けておいたとかなかったんですか?」
その言葉に、溜め息をつきながら社長が答える。
「あるには有る。あのゲーム内の再起動の鍵である【天国の門】を発見出来れば大丈夫のはずだ。7つの用意してある地獄の門の内の一つがそうなる様に設定してはあるんだけど、ランダムなんだよね。メインシナリオとして配信する予定だったんだ。今ではその流れも変わっているかもしれない。でも、糸口は必ずそこにあるはず」
つまり、もう一度あそこに行って、俺があの半身を目覚めさせ導かないといけないという訳か。いつから勇者の母親役になったんだろうか。
「受け入れるでしょうかね?こんな現状」
「未知だね。そもそも、行ってみたらユウスケ君そのものがあっちで動いているのかもしれない。とにかく可能な限りのサポートはする。…行ってくれるんだね」
自分の身の為でもあるし、自分の半身の為でもある。恐らく放置すれば、この身体の状態は悪化するという予感…いや直感がある。それに…手を貸した作品が最後まで終わらないのもしゃくだしな。
「とまぁそんな感じで、俺がユウスケだよ。と言ってもいきなりこんな事言われて、全然分かんないよな。とりあえず俺と君は同じ魂を持った兄弟みたいなもんだ」
「姉妹と言いましょうよ」
どうみても女の子の身体ですからね! そこはしっかりと主張する。
「だって俺は男だもん」
「見た目も身体も女の子なんですよね? と、言うか私と同じ身体なんですよね。釈然としないんですが」
頭を掻き毟りたくなってきた。記憶もないのに、身体だけ増えたって事? あれ、一体何が何だか。
「他は信じるのか?」
「信じるも信じないも、私は昔の事なんて何も覚えてないんですもん。別に信じてもいいんじゃないですか。とりあえずは信じて動くしかないかなと。証拠ぽいのも目の前にありますし」
いい心掛けだと、スープを飲み干しながら満足そうに笑う。
「とりあえずだ、君はこのままここで働いててもいいし、俺についてきてもいい。まず最初にする事は」
「はい…」
スプーンを置いて真剣な顔で私を見詰める同じ顔。その赤い瞳は妙に真っ直ぐで引きこまれる。
「なんかデザートちょうだい」
盛大にずっこけた私を見て、してやったりという顔をしたこの人…ユウスケさん。絶対わざとやってるでしょ!
料理描写の強化を少しずつ心がけています