表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/56

M.Dの場合。

今回、演劇一本なお話です。ずっと書こうと思ってましたが、色々調べていて難航していました。結局ほとんどを想像で補完。

「生きるべきか、死ぬべきか…それが問題だ。やるべきか、やらぬべきか、それが命題だ。行くべきか、行かぬべきか、それこそが問題だ」


伸ばした手の先も見えない程の濃い霧。さらに深夜ともなると月明かりが無ければ辺りは完全な闇。そんな森の中を一人の男がブツブツと呟きながらランタンを片手に歩いている。足元も獣道で草は生い茂り、いつ引っ掛かって転んでもおかしくはない。心配する者も誰もいない…はずだった。




今宵も妖精達と歌って踊って過ごし、そろそろ休もうかと、木に設置したハンモックでうとうとしていた彼の元に、大人の拳程度のサイズの羽が生えた生き物…妖精の女の子が慌てて飛んで来た。


「…そんなに慌ててどうしたというのだファータよ」


身振り手振りも加え、高速で話す彼女の言葉も彼には問題なく伝わる。


「迷い人か、世捨て人か…。まぁいい様子を見てくるか」


一言断りを入れ、ファータを優しく持ち上げた彼は、彼女のやってきた方向へと歩き始めた。ほぼ無音で。




「尼になれ、俗世間を捨てよ、教会へ行け、出家せよ…」


確かに怪しいニンゲンが歩いている。寧ろ発した言葉の通り、このニンゲンこそ教会入りした方がいいのかもしれないと思った彼だったが、暫し発する言葉を耳にすると、それが韻を踏もうとしているのに気付き、思わず声が出てしまった。


「人の世という劇場の出演者よ。今宵はまた暗闇のシーンか、はたまた独壇場のシーンかね」


それを聞いたニンゲンも、こんな時間に声をかけられたというのに、街中で挨拶された程度の反応で返して来る。


「いっそ、私が書く戯曲全て、私が出演し、全て演じられたらどれ程に完璧だろうか。我が哀しき頭蓋は左様の事はまかり通らぬ」


戯曲家…脚本家か。今まで絡んだ事の無い種類のニンゲンに、彼はファータに胸ポケットへと入ってもらうと、草木の開けた場所へ、まるで俳優の様に月明かりのスポットライトと共に姿を現す。


「私が、君のその頭の中を完璧に再現すると言ったら君は満足するかね?」

「あぁ。あなたが神だろうと悪魔だろうと、この私の頭の中の戯曲を、題目を、完璧に再現してくれ私が満足するというなら、何だって差し出そうじゃないか」


自身は神ではないが、悪魔と言われる事もあったかもしれない…そんな事を思いつつ、彼は口笛を吹くと旋律を奏で、そして霧を操り目の前のニンゲンの頭の中の一幕を自らの動き、そして霧という舞台装置でもって、表現し芝居を始めた。




主人公は亡き父の亡霊に伯父が王位を奪う為に、父は暗殺されたという事を聞かされ、狂ったフリをしながら復讐の時を待つ。心配した幼なじみも主人公が狂ってしまったと自らもおかしくなり、最後には川へと身を投げる。それでも復讐の為、主人公は全てを捨て、最後の晩に見事成し遂げ…そして自らも死ぬ。


その目の前で繰り広げられる物を見つつ、ニンゲンは取り出した洋皮紙にメモを取りながら、ああでもないこうでもないと呟き続ける。無事に終えた彼が見ていると、何やら納得したのか凄い勢いで走って森から出て行こうとする。慌てて後を追うと、礼を言われた後に今度これこれの劇場で上演するから見に来てくれと、サインを渡された。そしてニンゲンとは思えない速度で去っていった。


「シェイクスピアーレ…変わったニンゲンもいたものだな…」


自らも変わり物かもしれないとファータによく言われるが、あのニンゲンも大概だと思ってしまった。




後日、劇場に向かいサインを見せると、2階席の一番前、しかも周りに客が入らない状態の場所に案内された。特等席である事に感謝し、こっそり胸ポケットから見学しようとしていたファータに、自身の帽子で椅子を作って座らせてやる。程なくして前口上の後、舞台は幕を開けた。




終演後、楽屋へと通された彼に、シェイクスピアーレは、自らも出演していた舞台の感想を求めた。


「君の先日の理想の形とは随分と細部が違っていた様だったが、あれでよかったのか?」


水差しからグイと水を煽ると、彼は答える。


「あれは脚本としての完璧さだった。役者の力がさらに上乗せされて、幾らでも上がる。完璧なんて物はまだまだ先だ」


そういう彼の目はギラギラと抜き身の剣の様に光っていた。これが役者・表現者という人種なのかと、彼の方が驚く程であった。


「というわけで、私は満足などしていない。だから君が悪魔で私の魂を奪おうとしても契約は不履行だな」


そのぎらついた視線に自らの目を合わせ彼は言う。


「では、その代わりといってはなんだが、私もお願いがある」

「なんだ」

「私に芝居を教えてくれ。そして彼女には楽器を」


胸ポケットから顔を出したファータはニンゲンに見られる事よりも、舞台への興奮で頬を染めていた。




「生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ」

「…トゥビーオアノットトゥビー、ザットイズ、ア、クエスチョン…」


久しぶりに立ち寄った大熊亭の酒場で、彼…M.Dは居眠りをしていらしい。狐の姉妹が酒場の外で練習しているのか、聞こえてきたその懐かしいその台詞に、思わずあの時聞いた言語で呟く。あのニンゲンとは随分長く一緒にいたものだった。彼が引退するまで、幾つの舞台に携わったか。こちらに来てからも、ずっと興行をうっている。ファータも、自身と一緒に、こっちに来る事を厭わなかった。既に普通の妖精とは感性の違う者になっていたし、ファータも表現という物を知ってしまった。それは甘美な毒。一度知ってしまえば辞める事など出来ない。あの時、彼の前に姿を現さなかったら、今自分はここにいなかっただろうか。彼の最後の芝居の台詞を思い出す。



-我らは夢と同じ材料で作られており、そして短い一生は眠りと共に回る。そして霧は霧に、夢は夢に帰る-



初めての時にしか霧を操る姿を見せなかったが、彼は気付いてたのだろうか、M.Dが霧の眷属だという事を。ただ彼は人として生を終えたが、竜の一族であるM.Dと妖精であるファータの人生はいつ果てるともなく続く。完璧なる作品を目指し、それが満ちたのならばさらに先を。


「人生は劇場だと、彼は言ったが…終わらない旅だな」


再び、外から狐姉妹の声が聞こえる。あれから相当な年月が経っても、彼の戯曲は生きている。名を残している。人は死んで夢に帰るかもしれないが足跡そくせきは残る。それは新たな夢なのだろうか、この今自分の周りにある物も夢なのだろうか。考えても仕方が無い。ただ、自身はこれからもファータと歩もう。彼の意思を継いで。霧から始まった物語は、霧に帰るのだ。そう納得すると、彼は水差しの水を煽った。あの時のあの燃える様な目をしたニンゲンと同じ様に。

劇中の台詞は原語から訳していたり、追加したりしています。日本語になると非常に固い文章なのですが、本来は英語で韻を踏んでいる台詞が多いです。

読みづらくなるので、M.Dさんはイタリア語を封印させてます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ