竜と龍と、竜と。
S.Dの声にも、氷の塊の下から動揺もない声が聞こえて来る。
「我が眷属が増えた所で、何が変わるというのだ」
「やってみなくちゃ、分からないと思うわよ」
不適に笑った真珠色の竜H.Dが、大きく羽を広げると辺りに清浄な香りがたちこめる。その香りに包まれたB.D、M.D、F.D、そしてユウスケは身体が楽になるのを感じる。
「ハーブの効能を高め続けただけだから、快癒とはいかないけど、これで大分いい感じかしらね。動ける様になるには少し時間がかかると思うけど」
「すまない…H.D、恩に着る」
「ありがてぇ」
「グラッツェ、セニョリータ」
三々五々に、礼を述べる傷ついた男達。
「預言者よ、排除せよ」
「御意」
未だ氷の塊の下から出て来れない【彼】が、物を取って来いとでも言う様に言葉を発する。しかし、預言者…九尾の狐にとってそれは命令と等しい。例え自分の命が尽きようとも。
「やめておけ…。主の言葉としても、貴殿は既に身体が持つまい」
「我に命令をしていいのは我が主のみ。我が主の命であれば命を賭すのは必定」
氷の彫像の様な形をした竜、I.Dが宙に浮かびながら諭すが九尾の狐は聞かない。
「また氷の塊にしてやろう、I.D」
「早々この前の様にはいかぬぞ、預言者」
残っていた尻尾二本に炎をまとうと、鞭の様に振り回す九尾の狐。氷を尖らせ、羽の先を剣の様に伸ばしてそれを払うI.D。その間に少しずつ回復してきたユウスケにコンスケが寄り添う。
「ユウスケさん大丈夫ですか!?」
「…う、身体は楽になってきたけど、まだちょっと動かないな」
「コンコン」
赤と青の煌きが、すぐ横を通過する。慌てて、ユウスケを担いで移動するコンスケ。
「よっと。あ、軽いですね」
「ふふ…、だからお前も重くないんだよ」
「コン?」
背中から優しい声がかかる。ちょっと顔を赤らめて、自分は重くないんだという事を力説するコンスケを見て、さっちゃんが寂しそうな羨ましそうな顔をする。自分達もこうであれば、もっと沢山の事が容易だったのではないだろうか…。いや、きっとそれもまた夢の一つでしかないのだろう。今は、悪夢を広げない為に頑張らないと。そう、さっちゃんは決意して辺りを見回す。まだ氷の塊の下から出てこない【彼】の方を見詰めると、氷が先ほどよりも小さくなっている気がする。いや、気のせいではない。九尾がI.Dに攻撃を入れる隙に、伸ばした尻尾で氷にもダメージを与えていたのだ。
「氷が解ける! C.D水晶の盾を展開!」
「させぬ」
氷を見張りながら、回復しているF.Dを守っていたC.Dに、一気に九尾が向かう。慌てて止めようとするS.D、I.Dを無視し急旋回すると、身体ごと氷の塊に突っ込む。止めようと勢いのついたI.Dも巻き込まれ氷の塊に激突する。しこたま氷に身体をぶつけたI.Dが倒れ、直撃を受けた上に挟まれる形になった九尾の狐は、真っ赤な液体を口から吐きながら呟く。
「全ては主の為に…」
倒れた九尾の狐の後ろで、氷の塊が砕け、【彼】が動き出す。
「良い働きであったぞ、預言者よ」
「有難き幸せにござ…」
倒れた九尾の狐を見やる事もなく、【彼】はゆっくりと這い出る。
「さて、見せて貰おうか。その力とやらを」
「みんな、行くよ…」
まだ完全には回復しきってない、ユウスケの前に全ての竜が並ぶ。7体の竜と10の頭を持つ竜が対峙する。
「参る」
B.Dが肉薄して爪を振るうのと同時に、S.Dが小さな隕石を降らせる。左からF.Dが炎を吐きかけ、右からはC.Dが水晶の盾で援護する。M.Dがさらに、全員分の分身を生み出し、それが一斉に襲い掛かる。【彼】はそれをいなし、捌き、時に食らいながらも、首が別々の生き物の様に激しく動いて迎撃していく。炎には炎を、爪には爪を、飛んでくる物は尻尾で叩き落とし、近付く者は身体ごと使って吹き飛ばし嵐の様に暴れる。傷つき後退した者は、H.Dが傷を癒し、そしてまた前へと出る。傷が少し癒えたI.Dも加わっていく。幾度となくそれは繰り返され、少しずつ【彼】の傷は増えるが、こちらも皆傷つき磨耗していく。
どれほど繰り返されたのだろうか。例え時間をかければ傷が癒えると言っても精神は削れる。そして血は回復しない。ひたすらに繰り返される惨劇に、遂にコンスケが悲鳴を上げる。
「もう辞めましょうよ! 傷ついて、いつまでもぶつかりあって…。これじゃあ何も解決しないです」
「そうだ…。管理者を、権限を移すと言うなら俺がその戦いを代わる」
7体の竜と【彼】の止まらない戦いを見て二人は言う。追いつかない回復に、死力を尽しても通じない想いに、膠着した事態に、順番に動きが止まる。【彼】が静かに喋る。
「面白い、よかろうヒトよ。なればこそ、貴様らに合わせてやろう」
闇が凝縮し、【彼】を覆うと、10本の首の竜は大柄な人間の身体になる。見覚えのある姿に愕然とするユウスケ。
「何で…よりによってその姿をとるんだよ!」
「ここで人間として一番強力なものとして登録されていたからな」
「ユウスケさん、まさかあの人って」
拳を握り、食いしばる歯の隙間から搾り出した声が応える。
「あぁ…。俺の親父の姿だ」