現場で気を抜いてはいけない
モーションキャプチャーをやる場合、アクション俳優さんがやる場合がほとんどです。ご新規さんはあまり入らないで、結構同じ人が毎回呼ばれるそうです。
「おい、ユウスケ!何ボサッとしている。気を抜くんじゃない」
「え…?」
目の前にいるのは俺も所属しているアクションチームの社長であり、自らもスタントもこなすガタイのいい男性…、そう俺の親父の姿。ファイティングポーズを取っていた腕を見れば、日焼けした浅黒い俺自身の見慣れた腕。何だろう…、長い夢を見ていた気がする。ぼーっとしていたみたいだ。本番中に気が抜けるなんて俺らしくもない…。
「もういい、今日は仕舞いにしてもらおう。汗を流して来い」
親父はこちらにタオルを投げると背中を向けスタジオから出て行った。
「どうしたんだいユウスケ君。今日はらしくないね?」
「あ、社長…すいません…」
顔いっぱいで心配を表現している、クライアントであり昔からお世話になっているゲーム会社の神無月社長。申し訳ない…。しかし…さっきまで何か違う事をしていた気もするけれど、全く思い出せない。
「今日は疲れてるみたいだね。とりあえずまた明日頼むよ」
「そうそう。疲れてる時は危ないよお兄ちゃん」
そう言って小柄な女の子が声をかけてくる。妹のコンスケだ。
「そうだな…。何か今日はおかしい。疲れてると危ないって、いつもは俺が言ってるのにな」
着替えの終わった俺はコンスケと二人歩く。親父は打ち合わせがまだあるようなので、先に帰れという事だ。今日は新作ゲームのモーションを撮る為に、俺と親父と付き添いのコンスケの三人で朝からスタジオ入りしていたのだが、急に俺が気が抜けたみたいになってしまい、とりあえず止めになってしまった。
慣れている…というか、相当懇意にして頂いている会社だからまだよかったけど、余所でやったら大問題だった…。ちなみに、30回位に分けて動きをキャプチャするのだけれど、その都度ギャラが発生する。一度でも気を抜くなんて許されない。支払いは全部終わってからだけどね。普通の仕事の三ヶ月分位が貰えるから、最近は他の事務所とも取り合いになってるし、うかうかしていられない。しかし、仕事モードにようやく考えが追いついてきたけど、何か忘れている気がする…。凄く大事な事のはずなんだけれど…。
電車に乗って、我が家へ。姉ちゃんはまたどこかへ出かけたらしい。今は舞台の仕事はないからこの前競演した人とお茶でもしてるんだろう。見た目だけはいいからモテるんだよな。飲みに行ったら直ぐに化けの皮が剥がれるから、普段は頑張って猫被ってるかんなー。コンスケが靴をぽいぽいと脱ぎ捨てて、キッチンへ一直線。お茶の用意をしてくれる。
「コンスケー。靴は揃えろっていつも言ってるだろー」
「何か言ったーお兄ちゃん?」
「何でもないですよー。そんなんじゃ彼氏も出来ないぞー」
「残念ながら、そこそこモテるんですー」
知らなかった…モテタノカ…。ただのボケボケだと思ってた…。と、つぶやいていたらキッチンに入ったとこで足を踏まれた。凶悪な妹だ、全く。
出してもらったお茶を飲みながら、何か忘れている事を思い出そうとしていると親父と姉ちゃんが帰宅した。が、帰宅早々二人共雰囲気がおかしい。そのまま俺とコンスケが座っているテーブルに来ると、そのまま話し始めた。
「ユウスケ…今日のあの無様な動きは何だ?あんな程度で金を貰おうなんて、どういう了見だ」
「そうだよユウスケ…仕事に穴開けて、何のうのうとお茶なんて飲んでるのあんた…」
正論なんだが、いつにも増して言い方がきつい。どうしたんだ二人共。確かに今日の俺は何かおかしかったと自分でも思うけれど…。何せ、声かけられた辺りからしか今日の記憶がないし。
「お前はいつもそうだ…。俺の期待に応えられない…」
「もっと、もっと頑張りなさいよ。そんなんだから駄目なのよ!本当あり得ない…」
二人の説教…もとい、攻撃は止まらない。矢継ぎ早に俺の内面を徹底的になじってくる。やめろ…止めてくれ…。俺だって頑張ってるのに…俺だって…。確かに親父にも姉ちゃんにも勝てないけど、期待に応えようとしてるじゃないか。
「そんなんだから…」
「その程度だから…」
二人がにじり寄ってくる。何か黒い気配の様なものがチラリと後ろに見えた気がした。誰か…誰か助けてくれ…。
★★★
気がつくと、私は暗闇の中にいた。身体は動かない。ふと、呼びかける声の方向に意識をやると、そこだけポッカリと明るくなった。そこにあるのは金色の長い尻尾と金色の髪…私?…いや、ユウスケさんの身体が無残な状態で置いてあった。声が聞こえてくる。
「あーだから、何でいきなり攻撃しちゃったのよ!私が離れている間にさー」
「あの神などを信奉しているヒトなど、滅びるが必定…」
大きな大きな体…10本の頭を持つ影に向かって、黒い羽の生えた小さな女の子が怒ってる。あれは…さっちゃん?
「我を封印せし、あの神を信じるモノ共など、皆敵だ…」
「あーーもう!この国はあそこと違って一神教じゃないんだし、色々なヒトがいるんだよ!私たちだって受け入れてもらえるはずなのに!」
巨体に向かって全く怖がらないで話しているさっちゃん。
「仕方ない…でも、これも運命なのかもしれない…。狐ちゃん…生きなさい、息なさい、そして行きなさい。ささやいて祈って念じて…うぅぅ、ホイ!」
「何を…する…」
ユウスケさんの身体の傷が治って、その代わりに尻尾と髪が銀色になった。そして私の意識がそこに吸い込まれる。
「生きて、この世界を見て。君達なら託せるはず…頑張って狐ちゃん」
………………………ああ…これは…わたしが…うまれたときの……だから…きおくもなかったの……
撮り方は昔ながらの全身に色々付けるのやら、そのままいきなり動くのまであるそうです。