身体が資本のお仕事です。
ちょっとこの辺りから毛色が変わります。
「ユウスケ早く起きて支度しな!」
「…わかってるからデカイ声出さないでくれよ姉ちゃん…」
今日も姉ちゃんに叩き起こされ、俺は夢から強制的に覚醒させられる。
「ふぁ~あ。…今日はなんだっけ…?」
「あんたがこの前やったモーションのやつ。あれの最終調整でしょ?遅れたら許さないわよ!もう入り時間迫って来てるんだから早く行きなさい!」
「んー」
割と身長が高めの俺をさらに超える姉ちゃんは、声も態度に身長に…と全部でかい。あ…胸もデカイな。モデル並の顔してんだから、黙ってりゃいいのにって言ったら、黙ったら窒息しちゃうでしょと平気で返してくるぐらいだ。手が口の先に…ではなく、手と口が同時に出るから注意も必要だ。多分本来の意味の戦う大和撫子を地でやれんだろうな…。この前の舞台でも振袖を着て戦ってたし…。
うちは【ブルー】という何の捻りもない名前のアクション事務所だ。といっても元自衛官の親父が立ち上げて、俺と姉ちゃんとが所属しているだけの小さな物だけど。ヒーローショーをやったり着ぐるみを着て野球場でバク転したり、舞台でのアクション部分を担当したりと色々な仕事がある。最近はゲームのキャラクターの動きを撮影…いわゆるモーションキャプチャーの仕事なんてのも増えてきた。寝起きに姉ちゃんから言われた『モーション』というのもコレの事だ。さっさか着替えて昨夜のうちに用意しておいたリュックを担ぎ、玄関に傘と一緒に置いてある愛用の木刀を持って用意完了。
「じゃあ、行ってくるよ」
「はいよ、ご飯はちゃんと食べてから現場入りすんのよー」
今日は時間ないから食わないで出発してしまったけれど、身体を使うのがメインの仕事だから、食事は本当に大事だ。朝飯でもちゃんとご飯を二杯はおかわりする様にしている。何があってもいいように腹は満たしておけというのが親父の口癖だ。
『株式会社神無月』誰もが名前位は聞いた事のある大手ゲーム会社だ。格闘ゲームから、流行りのハンティングアクション、さらにはRPGまでと手広く作っている。都心の一等地に本社を置き、支社も幾つかある。この会社は早い段階で、ゲームにモーション技術を取り入れて滑らかな動きのゲームを作った事でも有名である。俺も幾つか参加していて、うちの家計は大助かり。自分が参加したゲームは発売後に貰えるから、家で暇な時は自分の動きのチェックを兼ねて遊んでいたりもする。ビルに入ってすぐ、受付嬢さんに声をかける。
「すいません、社長と約束していた【ブルー】のユウスケですが」
「はい、伺っております。少々お待ち下さい」
椅子に腰かけるまでもなく、社長がエレベーターから降りてきた。
「お、丁度よかった、このまま行こうか」
「はい」
最上階まで直通の高層エレベーターの無重力感を味わっていると、素敵バリトンの社長の声が狭いエレベーターの中で響いて来る。
「実はね…、ユウスケ君にやってもらいたい最終調整というのは…、実際にゲームプレイの部分なんだよ」
「この前のあれ、もう完成してるんですか?」
「一応一通りデバッグは済んで、動作も最適化は進んでるだけどね…。実際に動かそうとすると、何か引っ掛かるんだよな。テスターが出払ってるし、実際にユーザー目線でもゲーム出来る人が欲しくてね」
社長はプログラマーから会社を興した人だ。ここぞという部分の勘所も鋭く、ツボを押さえた丁寧なゲーム作りで業界で定評がある。俺も直感で生きてる気がするけど、社長のは天啓みたいな感じだ。おかげで今まで出したゲームも常に高い評価を得ている。
「今回の作品は、バグなんてあったら洒落になんないですからね…」
「そんなんだよ、だからユウスケ君を呼んだんだ」
嬉しそうに頷く社長に、やんわりと返す。
「でも、俺プログラムなんてまるっきりわかりませんよ」
「大丈夫だよ、頭よりも身体使ってもらうから。」
顔が疑問で埋まる俺をそのままに、到着したエレベーターは俺と社長を吐き出すと地上へと帰っていった。
【モーションキャプチャー技術】
昔は全身に色々貼付けて動きを取り込んでいましたが、最新式は壁にカメラが埋め込まれていて、体育館みたいな所で動くだけでいいそうです。一度撮影すれば、ある程度流用出来るけど作品毎に結構取り直したりしたりするそうです。
2013/03/15ちょっと修正