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追撃戦

ユウスケさんが…食べられた…。


ユウスケさんの攻撃で目をやられた大きな蛇…ワームは、そのままユウスケさんを口の中に入れてしまった。きちゅねさんも急いで方向転換したんだけど間に合わなかった…。


嘘…。


ついさっき一緒に帰るって約束したのに…。これでもう会えない…?


こんな時に、こんな時だからこそ気付いてしまった。突然現れて、私の分身だと私の生活に入り込んできたあの人が、何となく私の毎日に馴染んでいって、いるのが当たり前で、きちゅねさんと二人と一匹でいる生活に慣れて…。親父さんとおかみさんとユウスケさんとみんなで毎日を過ごして…。当たり前だと思ってたけど、きっとそれは私にとって家族というものだったんだ。それが無くなる…。


いや、まだだ。戦う力もない私だけど、ユウスケさんも言っていた。同じ能力はあるはずと。少しずつでもやれることをやればいいと。今やらなくて、いつやるんだ私は。ここであの人を本当に無くしては失くしては亡くしては絶対にいけない。笑ってみんなで大熊亭に帰るんだ。私に出来る事を全部やって。




 ワームは左目にユウスケさんの剣を差したまま、しっかりと口を閉じて、ゆっくりと森の奥に向かって動き始めた。


「垂れ目の嬢ちゃん無事か。釣り目の嬢ちゃんはどうした。俺達の周りにはいなかったから、こっちに飛ばされて来たんじゃねぇのか?」


鎧の顏の部分(面頬というらしい)が壊れて、帽子を被っている様な状態のジークさんが足を引き摺りながらこちらにやってきた。結構ダメージがあるみたい。


「ユウスケさんは…あのワームに食べられました」

「はぁ!? 何だと!」

「すいませんジークさん、今から私は最大級の我儘を言います。今からユウスケさんを助けに行きたいんです。だから私を助けて下さい!」

「お前さんは戦えねぇんじゃねぇのか」

「はい、未経験です。でも…どうしても助けたいんです!」


私はしっかりとジークさんの目を見る。ジークさんも私の視線を受け止めて外さない。


「随分といい顏する様になったな嬢ちゃん。いやコンスケ」


フッと息を吐き表情を緩めたジークさんはそんな事を言った。


「分かった。今動ける人間を確認するが…多分壊滅的だ。俺の馬も動きやしねぇ。こうなったら…」

「はい」


少しだけ考える間があった後に、ジークさんは重々しく語った。


「今度は俺らでアレに奇襲をかける。俺とお前でだ。やれるな」

「やります。出来なくてもやってみせます!」

「その意気だ。武器を持て。直ぐにやつを追うぞ。早くどうにかしないと消化された釣り目の嬢ちゃんなんてお互い見たくねぇだろ」

「はい!」


 ジークさんの見立てたとおりに、まともに動ける人は皆無だった。クロスボウもほぼ全て壊され、怪我の軽い人でも隠密で動ける様な状態にはない。本当は衛生兵と任命された私は残って傷の手当てをしないといけないんだけど、今は命に問題がありそうなのはユウスケさんの方だ。比較的動ける人達で手当ては代わってくれるとジークさんが請け合ってくれた。私はうなだれて戻ってきたきちゅねさんの背中を撫でながら、ベルトに差している守り刀を強く握る。絶対助けますユウスケさん。




鎧を脱いで、その下に着ていた鎖帷子のみの状態になったジークさんと私ときちゅねさんは、ワームの後を追う。他の人達は体勢の立て直しを最優先させるそうだ。もし私達が万が一にも戻らなかった時は、王宮に引き返し残してある兵も併せて全軍で攻撃に当たらせるという。でも、もしそうなったら終わりな気がする。木がなぎ倒されて道の様になっているから、後を追う事自体は簡単だった。緑色の液とまだ湯気を上げている真っ赤な血が付いている所を避けながら足早に進む。しばらく行くと沼地が見え、その奥の丘には洞窟が見えた。這いずった跡はそこに続いている。


「ねぐらにしているようだな…」

「みたいですね」


沼地を気をつけて移動しながら、念の為、ささやき声で会話する。洞窟の近くは地面があちこち割れていて、隠れる場所には困らなかった。私が立ち上がっても平気な、ジークさんなら腰をかがめれば完全に外からは見えなくなる位深い亀裂ばかりだ。


「…コンスケ、お前の方から洞窟の中は見えるか…?」

「えっとですね…。あまり…奥は深くないみたいです。そもそもあのワームが大き過ぎるからそう見えてるのかもですけど」

「そうだな…。中に入って寝込みを襲うにしても、腹を地面に接して寝ていたら鱗に攻撃が弾かれるだろうな。腹や顎以外は硬すぎる」


二人して覗いていた亀裂の端から手を離し、しゃがみこんで打ち合わせる。


「よし、…俺がオトリになる。クロスボウで攻撃した後にヤツをおびきだす。この割れ目の上に誘導するから、お前さんが下からズブリって感じはいけるか?」

「じゃあその剣を置いてって下さい」


私はジークさんが背中に装備していた両手剣を指さす。


「こちつじゃ重くて持ち上がらねぇだろう?」

「私が地面に寝そべって身体で支えて無理矢理突き上げます。私の体重と、きちゅねさんの力も借りたらどうにかなると思います。私の守り刀だと、細すぎて通らない可能性もありますし」

「なるほどな、分かった。結構行き辺りばったりの作戦だがこれで行くぞ。時間も無いしな。無理はするなよ」


既にかなり無理はしてるんだけど、そんな事は言ってられない。やらないとユウスケさんは助からない。そんな私の様子を見て、ジークさんは息を吐くと、優しい目で言った。


「まっ、皆まで言いなさんな。やっこさん倒して吊り目の嬢ちゃん助けたら…美味い酒を飲もうや。王宮の飯も悪くないぜ。フェリング並の腕のやつはいないがな」

「いいですね。約束ですよ」

「あぁ約束だ。さぁて、行くぜ」


私が無言で頷くと、ジークさんは亀裂から飛び出すと、洞窟の入り口に近付き、わざと乱暴にクロスボウの弦を巻き上げるハンドルを回して矢を装填し始めた。

あれって丁寧にやらないとあんなに大きな音が鳴るんだ。


キリキリキリ…と静かな沼地に音が鳴る中、もう一つの音が混ざる。ズ…ズズズズズ…動いた! 私は急いで亀裂の中で寝そべってお腹の上に剣の柄を置き、真上に向けて真っ直ぐ剣を構える。きちゅねさんが身体で剣の柄に巻き付く様に支えてくれてるからどうにか固定は出来た。後はここをワームが通過してくれれば。


「おい出てこいよ化け物蛇さんよ! てめえのぬるい攻撃でこっちはピンピンしてるぜ。長いだけでおおざっぱだな化け物よー!」


意味を理解したのか、単純に大きな音に反応したのか、ゆっくりとワームが出てくる気配がする。緊張で手が汗でぬるぬるするし、鼓動も速くなって息を吸うのもきつい。身体も震えて来た。私が包丁以外の刃物をまともに握るのは今が初めてだし、誰かを攻撃するのも初めてだ。私は自分とユウスケさんの為に今から他の生物の命を奪う。お店で鶏を親父さんが絞めるのとは違う。やらなければ、負ければ私達がご飯にされる…。それでも、ユウスケさんを助けるためなら、私はやれるはずだ。


「おいウスノロ! そんなんでよく攻撃出来たなぁ。そうしたほら、目ん玉もう片方も潰してやるから出てこいや!」


言葉が通じなかったとしても、クロスボウが当たったのか動き出した気配が強まった。見えはしないけど、振動と音が大きくなったので分かる。私の心臓の鼓動もうるさ過ぎて外に聞こえるんじゃないかと心配になる位だ。何度も唾を飲み込み、無理矢理息を吐いてしっかり吸う。やれる大丈夫。ジークさんなら大丈夫。

今は信じて私は私の仕事をするだけだ。


そこからはあっという間だった。ジークさんが私のいる亀裂の上をジャンプして、振り返りざまに矢を放った。亀裂の上を矢が飛んで行くのが見えた後に、何かが刺さる音が生々しく聞こえ、ワームの絶叫が響く。そしてズリズリズリと亀裂の上を顔が通過して、喉が見えた。今だ!


「うわぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁ!」


身体を思いっきり地面に突っ張って、全ての力で剣を持ち上げる。鱗がない部分は相当肉が柔らかいらしく、ワームのお腹に刺さった剣は持ってかれそうにはなるけど、そのまま肉を斬り裂き続けてくれる。ずれそうになる剣をきちゅねさんと一緒に無理矢理支えて、さらに力を込める。


「私の…私の大切な人を……返せぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」




すごく長い時間が過ぎたのか、思ったよりも短かったのか…。気が付くと私の真上は防がれて辺りに音が無くなっていた。力を込め過ぎて剣から離れない手をどうにか頑張って剥がすと剣は肉に刺さったままになった。煙と一緒に血が沢山流れてくる。亀裂が広いから、まだここまでは流れて来てはいないけれど時間の問題だ。きちゅねさんと、隙間を見つけてどうにか亀裂から這い出る。


「作戦…成功だな…」

「えぇ…」


外に出て私の目に映ったのは、ワームの横で、座り込んでるジークさんと地面に長々と横たわるワーム。ワームの左目にはユウスケさんの剣と、ジークさんの放ったクロスボウの矢が一緒に刺さっているのが見えた。


「さて、急いで腹を切り開かねぇとな」

「…ここです…」


私が指さしたのは横たわったワームの身体の中程、少しだけ何か違和感を受ける。明らかにそこからワームとは違うものを私は感じる。


「おいおい、わかるのか。すごいな」

「双子の勘ですかね」


私の守り刀と、ジークさんの持っていた短刀でお腹をザクザク斬る。血が熱いし、その煙で見えなくなりそうな物凄く辛い作業だ。と、何か感じた通り、開いた所の奥からユウスケさんの頭が見えた。でも、動いていない。


「ユウスケさん!」

「こりゃ…ちょっとやべぇな…。急いで取り出すぞ!」


身体の中はましなのか、煙は上がってなかったけど、なんだかネバネバしたものがくっついててすごく嫌だ。ユウスケさんの顔を拭ってあげるとぐったりしている。地面に寝かせて顔を近づけると、ごくわずかだけど呼吸がある。でも少しずつ弱くなってる。


「嘘…折角助けたのに…」

「マジかよ…。おい! 吊り目の嬢ちゃん。ほら、外だぜ。目ぇ開けろよ!」


ジークさんが軽く頬を叩いても反応もない。まずい…まずいよ。どうしよう…傷薬位しか持ってない。


「…コン…」


横で見ていたきちゅねさんが、私の服の裾を引っ張る。振り向くと、きちゅねさんは口で私の手を尻尾に誘導すると、何といきなり尻尾の一本を噛みちぎった。


「え、ちょっと! きちゅねさん?」


何やってるの! と言葉を続けようとした私の目を、きちゅねさんはしっかりと見つめる。と、その眼は私の手元に残った尻尾に落とした。すると私の手の中の尻尾は白く淡く光ったと思うと、形を変えて白く輝く綺麗な玉に変わった。きちゅねさんはそのままユウスケさんの所に行くと、座り込んで私をじっと見つめてくる。


「この玉を使えばいいの?」

「…コン」


そうだといわんばかりにきちゅねさんは残った八本の尻尾を振る。なんだか分からないけど、その球をユウスケさんに近付けると、珠はそのままユウスケさんの身体に静かに吸いこまれていった。何が起こったのかと見ている私とジークさんの目の前でユウスケさんの瞼がピクピクと動き、呼吸が落ち着いてきた。そしてゆっくりと目を開けた。


「また僕のそばにいてくれたんだね…。狐のお姉ちゃん」


そう言ってやけに幼い顏で私を見たユウスケさんはまた意識を失った。心配して抱き寄せた私が聞いたのは、快復に向かう安らかな寝息だった。

書いてて消耗したのは初めてです。

後二話位この章は続きそうです。

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