ノック・ナ・ニーヴ
2013/05/09 加筆修正
翌朝、全く起きないコンスケを頑張って起こして身支度をさせ、廊下を挟んで反対側のジークさんの部屋に向かう。この人も起きてはないだろうと、ふすまをノックするがやっぱり返事がない。
「おはようございますー。ジークさん起きてますかー? 入りますよー。」
返事はないが人の気配…というかいびきが二人分聞こえる…二人分!? ふすまを開けると、ジークさんとF.Dが雑魚寝していた。なんで二人共に布団から遠く離れているんだ…。風邪ひくぞ…。F.Dはどうでもいいからジークさんを起こそう。
「ジークさん、朝ですよー。起きないと間に合いませんよー」
「…ん…」
「ちょっと…!」
いきなり問答無用でハグされた。寝惚けてる…な。
「ほら寝惚けてないで起きて下さい…ってコラ!」
ハグ…いや羽交い絞め状態から、そのまま唇を突き出してきた。それは駄目だから…マズイカラ!!
「…ん~…」
「ほあぁ!」
首だけ動かして必死に回避!キツツキの様な連続攻撃を避け続ける。一度でも当たったら何か…ホラ…最期だからね…。
「ん~」
ガシッと尻尾を掴まれそのままにぎにぎされる。何か変な声が出た…。そして、力が抜ける…やばい…本当にヤバイ…。さよなら最後の砦…。
「なんて…絶対嫌じゃあ!!」
気合いで無理矢理頭を後ろに逸らし、キスを迫る不埒な頭を狙って振り下ろす!
ゴィーーーーン
「痛ぇぇぇ…」
犠牲は大きかったもののジークさんを気絶させることに成功した…。絶対たんこぶ出来てるよ。石頭め。しかし絶対絶命であった。我が砦は陥落寸前でござったよ。力の抜けた腕を振り払い、息も絶え絶えに立ち上がると背後からお尻の辺りに視線を感じる。
「…苺…」
振り返って、ほわっといい顔しているF.Dに問答無用で枕をフルスイングしたのは言うまでもない。
「ふぁ~ぁ。気をつけていってらっしゃいましー」
パンと魚と味噌汁と納豆という不条理極まりない朝ご飯を終え、やる気のないF.Dに見送られて乗合馬車で王宮へ向かって出発する。お客は俺達で貸切状態だから気楽だ。女の敵ジークを馬車の隅に押し込め、俺・きちゅね・コンスケと、きちゅねを二人で挟んでジークさんの反対側の座席に座る。ちょっと狭いがハレンチ隊長の隣に座る気はない。
「ユウスケさん機嫌悪いですね…」
「機嫌がいいわけがあろうか、いやない…」
「何かあったんですか? ご飯の前に隣の部屋から悲鳴が聞こえたけど」
「痴漢でも出たんだろう…。悪党には天誅が下されるのが世の定めなのだよ…」
これで話は終わりとばかりに俺が腕組みをして黙って窓から外を見ると、コンスケも追求を諦めて同じく外を眺めた。馬車には電車の窓の様な嵌めごろしのガラスが付いていて、景色を眺めながら旅を満喫出来る。今はまだ森しか見えないけど。ツリータウンから王宮までは、長い長い一本道になっていて、森の横を真っ直ぐに通っている街道をひたすら走るだけらしい。非常に単調な景色で眠くなる。案の定コンスケはすぐに飽きてしまった様で、きちゅねをハグして寝始めた。ジークさんもとっくに高いびきかいてるし、俺も少し寝るかな。
太陽が真上に来る前に馬車を止めて、人間と馬の休憩となった。眠っているジークさんを放置して簡単に食事を済まし、馬に草をやったり塩をあげたりするのを手伝ってまた出発した。手についていた塩まで舐めようとしてきた馬に手が食べられかけたのはご愛敬。汗かいた状態で近づいてたらもっと危険だったから気をつけないと…。
ポクポクという馬の足音と、サスペンションが効いていても少し揺れる馬車のガタガタという音がのんびりしていて気持ちいい。デジタルの世界でアナログのこういうものを味わうのも贅沢だなぁ。乗馬のライセンス取りに行って以来、馬にも乗ってないし。きちゅねもいいけど久々に馬にも乗りたいなぁ。ぽや~っとそんな事を考えていると、突然馬車が停止した。馬が棹立ちになったのが見え、興奮したいななきも聞こえてくる。
「おじさんどうしました?」
御者のおじさんに声をかけると、馬を落ち着かせながら答えてくれた。
「おぉお嬢さん、街道の先を見てみて下さい」
「えっ…何これ…」
これから通る予定だった道の先を分断する様に、地面がいきなり大きくえぐれてる。何か巨大なものが通った様な跡が、横の森から街道を貫き反対側の森へと続いている。そして、その何かが通った跡らしき所から煙が上がっている。
「あんなものはわしも見た事がない…。馬も怯えるわけだ…」
ようやく少し落ち着き始めた馬に手をあてたおじさんの後ろからジークさんがぬっと出てくる。
「こりゃ、俺の出番の様だ」
「ジークさんあれがなんだかわかります?」
さっきまで寝ていたのに、既にしゃきっとして緊張感を漂わせながら辺りを観察するジークさん。
「いんや、わからねぇ。わからねぇが、良くないもんだってのは感じるな。おいおっさん」
「は…はい」
「悪いけど、頑張って馬をあの先まで行かせられるか?」
「手綱で引っ張ってやれば無理にでも動くとは思いますが…」
「それで頼むわ。駄目なら押してやるし。はぇぇとこ王宮に戻って、うちの守備隊の総動員かけるわ。こりゃ守備隊の初めてのデカイ仕事になりそうだぜ」
そう言ったジークさんの横顔は、不覚にもちょっとドキッとする引き締めた表情だった。いつもこういう顔してたら本当にモテるんだろうに。
馬車は速度を落としつつ、謎の跡に近付いて行く。煙は大分おさまってはきているものの、臭う。よく見ると、周りの木々も煙を上げながら枯れているものまである。
「こりゃ毒かなんかだな…。相当やべぇぞ。出来るだけ早く通り過ぎちまおう」
「はい…。蹄鉄と馬車の車輪が溶けないといいですが…」
「とりあえず俺らと馬と、念の為口元覆った方がいいな。吸って身体にいい煙じゃなさそうだ」
「わかりました…」
こんな状態なのにぐっすり寝ていたコンスケときちゅねを起こしてタオルやハンカチで口を覆わせる。俺は和装セーラー服のスカーフでいいや。
どうにか馬車は無事に通過。金属も長時間触れていると溶けるのか、若干煙を上げかけていてビビったがすぐにおさまった。
「ちょっと待っててくれや」
ジークさんが馬車を降りて、先ほどの跡の場所に向かう。俺も気になるので後に付いて行く。
「しかし馬鹿でけぇなこれ…。こんなサイズの生き物見た事ねぇぞ」
確かに…。トラック…いやタンクローリーが暴走してもこんな被害は発生しないと思う。そんなサイズの何かが、ミミズが這った様に蛇行しながら森の奥へ進んだ形跡がある。ビルの2階位の高さがある木々の、上の方の葉まで煙を上げているから横幅・高さ共にクジラ並みじゃないのかな…。陸上を蛇行しながら移動出来るクジラがいればだけど。多分象でもない。
「ん…なんかあそこ、道の端に落ちてますよ」
「なんだぁ?」
ジークさんが愛刀を使って器用にこちら側に弾く。素手で触るのは危険だからって自分の剣使っちゃうんだ…。いいのか?
「緑色の鱗みてぇだな。蛇か何かだとしてもこの鱗のサイズなら、人間数人を一息でに丸のみ出来んな」
濃い緑色、ビリジアンというのかな。そんな色をした鱗はH.DやF.Dにもらったサイズよりも何周りも大きく、俺やコンスケの顔位ある。
「とりあえず持ってかえるべ」
あ…この人で素手で掴んだよ。平気そうだし。厚いのは面の皮だけじゃないんだな…。
馬は汗をたっぷりかくので塩分補給が大事です。
塩をなめさせないと危なくなります。
汗かいた手を近づけるとマジ噛みされるので注意しませう。
私はカジラレマシタ。馬刺し美味い。