F.D
コーヒー飲むと酔っぱらうのはコンスケだけです。
2013/04/17 加筆修正
「そいつは、うちの看板商品の一つフルーツ牛乳だぜ」
ロビーで休んでいる俺達の所に、さっき案内をしてくれたお兄さんが声をかけてきた。コンスケが喜んで返事をする。
「美味しいですね、フルーツ牛乳」
「そうだろう、そうだろう。うちの他の売りとしては、温泉卵に温泉まんじゅう、川で取れた新鮮な鮎の塩焼きなんてのもあるぜ」
「素敵です!」
何だか渋いラインナップだ。この世界だと斬新なんだろうか。
「お、そっちのお嬢ちゃんは何も飲んでないじゃないか。ホラ、これを飲みな。俺の驕りだぜ!」
そう言って渡されたのはコーヒー牛乳。イチゴ牛乳とかはないのかな。そう思わず漏れた俺の声に、額に手を当てて少し仰け反り、やってしまったという雰囲気を全開で出してくるお兄さん。
「イチゴ牛乳…! おぉ、忘れてたぜ。パックのは見た事あったけど、瓶では見た事なかったなぁ。それなら扱えるな。ありがとうよ」
「あぁ…ハイ…」
何だこのテンションは…芸人さんを見た気がする。呆気に取られている俺の手元の瓶を見たコンスケが目を光らせる。
「ユウスケさん、なんですかその素敵な気配がする物は」
「あぁ…うん、コーヒー牛乳だよ。飲むか?」
「もちろんです!」
言葉と共に、手元から瓶が消滅した。目で終えなかっただと! こやつ…やりおる。
「っておい! そんなに一気に飲むなよ。俺の分も残しといてくれよ」
「ぷはぁ~。御馳走様です」
あー飲み切られた。少し飲みたかったのに。と、一回シャキッとしたコンスケがまたもや、ぐにゃぐにゃとしてきた。
「おいコンスケ大丈夫か?」
「だーいじょーぶれ~すー」
なんか耳も尻尾もくたりとして、まるで酔っぱらってるみたいにだ。もう溶けて動かないからきちゅねの背中に乗せとこう。
「きちゅねゴメンな、頼む」
「コーン」
体を乾かしてたきちゅねへ、ぐんにゃりしたコンスケを乗せる。さてどうしよう。
「おいおいそっちの嬢ちゃん大丈夫か? すっかり湯当りしてるみたいだな。宴会場に寝かせてお
いていいぞ」
「ご丁寧にありがとうございます。きちゅね行くよー」
「ココン」
外装・内装共に洋風のホテル風なのに、宴会場は畳…、なんでやねん。突っ込んでしまった。座布団を枕代わりにして、コンスケを寝かせる。
「ユウスケさんが4人に増えてる~。分身の術覚えたんですか~?」
「そんな高度な技を覚えてたらランチタイムは便利だな。ほら寝てなさい」
「ひゃ~い」
素直に眠り始めた。こいつは酒癖も悪そうだな…。
「なんかすいませんね、お兄さん」
「いいって事よ。それだけうちの風呂が気持ち良く堪能してくれたって事だろ、ありがてぇよ。あぁ、俺の事はお兄さんじゃなくて気軽にF.Dと呼んでくんな」
F.D…。この前の隠者のH.Dと同じか。でも、自分から速攻で明かしたし、まさかね…。俺をヒトではなく、女の子扱いしてるし、そういう気配もないし。大丈夫かな。
「それでよぅ、お客さんが増えたのはいいんだが、ご年配ばっかりなんだよ。コンセプト自体は間違ってはないと思うんだけどな」
「はぁ…。悪くはないとは思いますけど」
何故か俺はそのままF.Dに捕まって宴会場でクダを巻かれている。といっても二人とも飲んでるのはフルーツ牛乳とかコーヒー牛乳のはずなんだけど…。雰囲気酔いってやつなのかな?F.Dはこの温泉旅館のオーナーをやりつつ、このツリータウンの温泉協会の顔役みたいなものもやってるらしい。で色々PRを頑張っているそうなのだが、若い客層が来ないと嘆いてる。確かにこういう温泉街ってご年配多いよね。
「お隣のリーフタウンから若い衆がまとめて来る時あるんだけどよぅ、季節の変わり目毎にしか来ないからなぁ」
「あぁ鉱山で働いてる人達の慰安旅行ってここなんだ」
「おぉ、嬢ちゃんリーフタウンから来たのか。いつもありがとよ! 後でお土産に饅頭持って帰るといい」
「あぁ…ありがとうございます」
やっぱりあれか、レジャー施設化しないと駄目なのかな。そもそも定期便が少ないのと、馬持ってるお宅が少ないし旅は気軽に行けるものでもないだろうなぁ。送迎バスとかないし。後はあれか、美容とか名所で売り出すとか…。そんな事を現実世界の事を伏せつつ軽く話してみる。
「定期便…専用の馬車で温泉行きとのとかを作るか…。後は名所といったらあれだな! 嬢ちゃんちょっとついて来てくれ」
「え? あぁ…はい」
何かあるのかな。コンスケを放置するのは怖いけど、きちゅねが横にいるから大丈夫だろう。
温泉旅館の裏側、山を少しだけ分け入った所に野ざらしにされてそれは存在していた。
「これなんて、いかにもご利益ありそうだろ!」
「………えぇ……」
もう突っ込む気も起きない。二つ目の地獄の門でございます。この人守護してるとかのH.Dのお仲間じゃないのか?適当過ぎる…。しかもご利益とか言ったら尚更ご年配向けの感じじゃないか。
「この黒光りする石! ちょっと裏手にあるというワクワク感! いいだろう!」
「ちょっと触ってみていいですか?」
「おぅよ」
警戒する気も沸かないな、ペタペタと触ってみる。黒曜石の様な肌触りで冷たくて気持ちいい。上の方に赤く塗られたドラゴンのレリーフがある。案の定何も起きない。これもハズレみたいだ。じゃあもう観光名所でも何でも好きにして下さいな…。
「せめて若者向けにするならパワースポットとか言いましょうよ」
「お、それ採用! 流行りそうだな」
「朝焼けや夕焼けも綺麗に見えそうな場所ですし、それを見た後にうちの温泉へどうぞ~的なPRでいいんじゃないですかね…?」
「いいねいいね!」
温泉旅館へ戻りつつ、テンションがまた上がっていくF.Dさん。俺のテンションは…言うまでもない。
後日、早速始まった温泉直行便(もちろん馬車)が大熊亭にチラシを置いてった。曰く、「パワースポットでご来光を眺めよう! その後は温泉でしっぽりと!」「美容と健康に素敵なひとときを」等々と沢山書いてある。うたい文句が古いのはもう突っ込むのすら諦めた。しかし一つ言いたい。チラシのイラストに狐娘を使っているのですけど許可取られてませんよ!今度行ったら、文句の一つでも言って温泉入り放題券を奪ってやるのだ。
お風呂でお酒飲むと美味しいらしいですが危険なのです。