きちゅね再び
昨夜は十五夜でしたね。お月見の話もちょっと書きたくなりました。
2013/03/17 大幅加筆修正
あれから一週間が経った。直ぐにでも出発するのかと思っていたら、結局ユウスケさんは毎日お店を手伝い、親父さんと女将さんを喜ばせた。仕事のコツも少しずつを教えてくれて、私も随分と効率よく仕事が出来るようになったと思う。余裕が出てくると周りが見えてくるもので、ユウスケさんの仕事をちょこちょこ見ていると本当に無駄がない。注文を取りつつ、食事の済んだお皿があれば下げ、一緒にデザートを勧めたりお水を注いであげたりしてる。一度テーブルの方へ向かうと、複数の動作をやってから戻ってくる。しかも愛想がいいし、お客さんの冗談にもほいほいと乗っかってしまえる。すごいなぁ。最近はユウスケさんが双子の姉だというのが広まり、狐姉妹見たさのお客さんまで来ていて、呼び込みを特にしなくてもお店は大忙し。息つく暇もないという感じ。何かもう、雨が降ってもいい気がしてきた…。そのユウスケさんは、仕事終わるといつの間にかいなくなっていて、いつも姿が見えない。また情報収集をしてるのかな。夜には二階の客室に戻っては来ているみたいだけど。
今日も賄いを食べ終えて自分の分の食器を洗っていると、ユウスケさんが出て行こうとするのが見えた。いつも何してるのか気になる。今日はついていってしまおう。
「どしたんコンスケ」
「今日は一緒に行ってもいいですか?」
別に嫌そうでもなく普通に了承してくれるユウスケさん。
「情報収集ってやつですか?」
「情報収集は大体終わりかな。付近の町とか、少しそれっぽい話を聞けたし。後は秘密兵器待ちだったり、打ち合わせとかしてたんだよ。今日あたり来るんじゃないかな」
どこかから何か来るのかな?他の町から村に届く定期便や、通いの商人さんが来るのはまだ先だったと思うけど。と、考える私を無視してさっさかユウスケさんは外に出てしまった。手をふきふき急いで後を追い掛ける。町の賑やかな方ではなく、どんどん森の方へ向かってる。
「ユウスケさん、こっちは森ですよー。食材の調達でも一緒にするんですか?」
「うんにゃ、もうちょい歩けばわかる。ほら着いた」
そこは森の入り口付近。私が親父さんに発見された例の切り株の所だ。
「ここって…。親父さんに何か聞いたんですか?私、ここで親父さんに出会ったんですよ」
「あ~やっぱりセーブポイント扱いだから、ここからなのか」
せえぶぽいんと?一体何の事だろう。
「俺も今回はここから来たんだよ。前回ログインした時の場所は何かアクセス不能らしくてね」
全く何を言ってるか分からないけど、ユウスケさんにも何か関係している場所なのかな。
「さてと。社長、こちらユウスケ。応答どうぞ」
『Pi』という音と共に、空中に半透明の板みたいな物が現れる。びっくりして、ひゃあ~と変な声が出てしまい、思わずユウスケさんの背中に隠れる。
「大丈夫取って食いやしないから」
『こちら社長。例の物はメンテナンスも完了したから、いつでも呼び出してくれてOKだよ』
板の表面に文字が出ている。これは手紙とかなのかな。
「お~やっとですね。了解です。じゃ早速」
ユウスケさんはいつの間にか持っていた針で指をチクッと刺すと、血を一滴地面に垂らした。ちょっと痛そう。すると、ぼう~んと変な音がして、その場所から何やら白い煙が出て来た。そして煙が晴れた後には…。
「きちゅね久しぶり。お前も完全に回復したみたいだな」
「ユウスケさん、魔法使えたんですか!? そしてなんですかこの可愛いもふもふさんは! ハグしていいですか!」
愛らしい黒い目に、九本の尻尾。そしてふかふかした白い毛皮の狐さんが目の前に。馬程のサイズじゃないけど、そこそこ大きい。
「魔法じゃなくて召喚かな。それと、ほどほどにね。どこかで同じような事を見た事がある様な…」
「く~んきゅーん…コ…コン」
えへへ、ふかふか、もふもふ…。ふふふ、えへへへへ。何かこれやばい…幸せになれる柔らかさ。
「ほらコンスケ、そろそろやめなさい。首締まってるし…」
「はいごめんなさいやめます。ごめんね、きちゅねさん」
きちゅねさんはいきなり抱き締めた私に嫌な顔も見せないで、いいよという風に尻尾をパタパタしてる。
「俺と同じリアクションしやがって…やっぱり俺らは思考回路とか同じなのか…」
『いやぁ、お二人さん笑わせてもらったよ。聞いていた通り、何かしらの繋がりがありそうだね。あぁそうだ、きちゅね君に幾つか装備を持たせておいたから使ってくれ。ただ、やはりかなり制限がかかってしまうから高性能の物は送れていない、日用品や簡単な装備品等を入れておいたよ』
笑っているのか、半透明の板が左右に小刻みに揺れた後に、文章がツーっと表示される。不思議な光景だ。
「了解です、ありがとうございます。丸腰よりは安心です」
『健闘を祈る』
また『Pi』という音がして、半透明の板は出て来た時みたいに唐突に消えていった。ユウスケさんはきちゅねさんから大きな鞄を降ろして自分で背負っている。
「なんか文字が出てましたけど、あれで会話してたんですか?」
「そうだよ。こちらは喋ればいいけど、あちらからは文字で意思を送ってるんだ。あれが社長だ」
しゃちょー?何だろう人の名前かな。
「この世界を創った人だよ」
「それって神様じゃないですか!?」
そんなに凄い板だったの!神様って。あんまり内容見てなかった。もっとちゃんと読んでおけばよかった。
「万能ではないけれど、ある意味そうかもしれないな。そうすると、俺は使わされた【天使】というわけだな」
どうだ、とでもいう様な顔に、私もきちゅねさんもジト目で見てしまう。
「何だよその目は…。きちゅねまで一緒になって」
「トクニイミハナイデスョ」
思わず変な声が出た。だって天使にしては男勝りだし、天使って言ったらもっと、ほらねぇ…。それに私と同じ見た目だし。
「ほほう…お姉さんに話してみなさい。悪いようにはしないから」
「お兄さんでしょー。とにかく、帰りましょうか。暗くなる前には戻りたいです。その荷物も整頓するんじゃないんですか?」
そうだったと、背中の荷物に触れるユウスケさん。明かりも持ってきてないし森の近くだしね。
「あ、そうだ、きちゅねに乗ってもいいぞ」
「え!いいんですか?」
それはきっと素敵な乗り心地だと思う。ふかふかすべすべ…おぉ、天国がきっとそこに。
「俺も乗ったしな。二人で乗っても大丈夫らしいぞ。明日は二人乗りだな」
「お、早速お出掛けですか」
隠者さんに会いに行こうツアーの為にお休みも頂かないと。
「弁当もって、きちゅねに乗ってのんびりと。まぁ気楽に行こう。ほら早速試し乗りしてみ」
ワクワクする私の前で、きちゅねさんは姿勢を低くして乗り易くしてくれた。よいしょっと乗るとゆったりと歩き出す。おぉ、視線が高い。これぞ大人目線。そしてお尻の下にふかもふ…幸せ。
「これは…素敵ですね」
「だしょ?」
きちゅねの頭を撫でながら横を歩くユウスケさんは笑顔で私を見上げる。いつもこういう顔してれば、いかにもお姉さんって感じなんだけどな。
秋めいてきましたね。スズムシの鳴き声聞きながら書いてました。